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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第4章 新人探索者パーティ対抗戦

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中層13階層の洗礼 Ⅱ




 くるりとロッドを回した流霞の身体から、魔力が噴き出すように放出された。

 赤い靄のようなものが出てくると同時にロッドが赤黒く染まり、その先端部分に赤黒い刃が生み出され、大鎌へと変わる。


 かつて奏星に触れてもらい、強化された流霞の魔装。

 今は流霞の魔力に呼応して姿を変える代物へと変化している。


 意識的に【凶禍酔月(きょうかすいげつ)】をイメージし、そんな言葉が似合う存在――吸血鬼を思い浮かべる。

 ただそれだけで、ロッドは大鎌に代わり、【潮汐破断】が自由自在に操れるようになる。


 にぃ、と口角をつり上げた流霞が、ゆらりと身体を揺らしたかと思えば、異常進化個体――〝【霊長王】プリマトゥス〟へと向かって駆け出した。


 しかし、それをさせまいと数匹のケイヴタイラントが一斉に襲いかかるべく飛び出した。

 まずは小手調べだとでも言いたげなプリマトゥスは、動かずにその光景をじっと見つめている。

 それでも、流霞は足を止めない。


 プリマトゥスの知性を感じさせる瞳に、一面の赤が映り込んだ。



「――テメーらの相手はウチらだっつーの!」



 プリマトゥスの瞳に映ったのは、奏星から放たれた炎だ。

 流霞に向かって飛びかかっていたために空中で身動ぎも取れずに炎に巻かれたケイヴタイラントが耳障りな叫び声をあげながら、その場で転がり回る。


 奏星がやると言ったのだから、こうなることは必然だ。

 心の奥からそう信じていたからこそ、足を止める必要なんてなかったのである。


 プリマトゥスが驚愕に目を剥く姿を目の当たりにしながらも、大鎌を回転させながら、獰猛な笑みを浮かべて襲いかかる。

 そんな流霞に対し、プリマトゥスが表情一つ変えずに腕を振るって対抗した。



『きひ子ちゃんいけえええ!』

『いった!』

『え』

『今金属同士を打ち鳴らしたみたいな音鳴ったよな』

『腕に当たったはずなのに!?』



 結果にコメントが困惑するのも無理はなかった。

 流霞が振るった大鎌が、プリマトゥスの腕に直撃し、斬り刻む――かと思いきや、プリマトゥスにぶつかった刃が完全に静止し、動きを止めていたのだ。


 直接ぶつかり合い、押し合いになってしまえば、体重も重く筋肉量も多い上に発達しているプリマトゥスに軍配が上がる。

 流霞の身体はそのままプリマトゥスの腕に押し出されるようにして片手で投げ飛ばされた。

 重力を操り、離れた位置でくるりと回転してから着地した。


 自慢の一撃を正面から打ち砕いてみせるというのは、プリマトゥス、ケイヴタイラントという魔物の力の証明のようなものだ。


 ――おまえの攻撃など通用しない、と。


 そう言わんばかりに格の差を見せつけるのである。

 多くのケイヴタイラントは、その一度の応酬だけで実力の差を感じ取り、そこで終わる。


 だが、流霞はケイヴタイラントではない。

 弾き飛ばされたことに対して気負うこともなく、いっそ「それがどうした」と言わんばかりの獰猛な笑みを湛えながら、トン、トン、とリズム良く片足ずつでステップを踏んで、飛び出した。


 先程よりも速く、流霞が肉薄する。

 無駄なことを、とでも言いたげなプリマトゥスの視線を受けながらも、躊躇わずに進み、さながら羽虫を払うように振るわれた巨大な腕を、地面を滑るようにして潜り抜けて懐へと飛び込んだ。


 そうして一閃――しかし、ジリッ、と奇妙な音を立てて大鎌は傷一つつけられずに横へと流れていった。


 ――攻撃が、効かない……?


 今回ばかりは確実に斬りつけられるだろうと考えていた流霞の思考に、一瞬の空白が生まれた。

 そんな流霞にプリマトゥスの拳が迫り、流霞が後方に飛びつつ重力の向きを後方に向け、咄嗟に受け止め飛びながら下がる。



『きひ子ちゃん!?』

『衝撃を逃がした?』

『音がしなかったから多分後方に飛んだはず』

『あの一瞬でそれができるのは普通にすげえわ』



 配信を観ている視聴者のコメント。

 それらが見えない流霞は、今の間一髪の場面を乗り越えられたことに安堵――ではなく、ただただ思考を巡らせていた。


 ――もうちょっと情報がないと、足りない。試さなきゃ。


 大鎌での攻撃が、何故か全く効いていない。

 剛毛に、硬い表皮に守られたのとはまた違う手応えが、どうにも気になって仕方がなかった。

 だから、思考し、試行し、その答えを探ることに舵を切っていた。


 プリマトゥスはまだ、流霞を〝敵〟として認識していない。

 自分の命を屠るに値する相手として、見ていないのだ。


 それは知性があり、理性があるからこそ生まれる余地だ。

 だから、流霞はそこに付け入る隙があると考えている。


 ――今だからこそ、本気で攻撃を仕掛けて正体を見破る。


 トン、トンとリズムに乗るように跳ねる流霞を、プリマトゥスが一瞥する。

 静かに、観察するような動きで。


 そうしてプリマトゥスが無警戒に、無造作に瞬きをした――――刹那、流霞の姿がふっとその場から消え、プリマトゥスは目を瞠った。


 直後、プリマトゥスの腹部に飛び込んできたらしい流霞の蹴りが真っ直ぐ突き刺さり、プリマトゥスの身体が曲がる。


 予想だにしていなかった華奢な見た目には似つかわしくない、あまりにも重く鋭い一撃。

 その一撃は身体の芯まで衝撃をしっかりと伝えていた。


 静かな攻防はここで終わりだ。

 プリマトゥスが反撃に苛立ったように拳を握り締めて叩き潰すように振り下ろし、地面を陥没させ、周囲に罅を走らせた。


 だが、流霞はその一撃を予測していたかのように【朧帳】を展開しており、すでにその場にはいない。

 舞い上がった砂塵を貫くように肉薄しながら大鎌を横に振りかぶる流霞と、そんな流霞に気が付いたプリマトゥスの視線が交錯した。



「――きひっ、楽しいねぇ!」



 振り抜かれた大鎌が纏う赤い霧――【潮汐破断】。

 その存在に気が付いたプリマトゥスは、野生の勘を働かせ、今度は油断せずに咄嗟に身体を起こして回避した。


 咄嗟の判断は功を奏した。

 幸い、大鎌はプリマトゥスの身体に触れずに素通りした――かに思えたが、赤い霧がプリマトゥスの首に触れ、ジジジジジッパンッ、と奇妙な連続音を奏でてプリマトゥスの首の表皮を削り取り、鮮血を撒き散らした。


 滑るように着地した流霞と、自らの首の表皮が削り取られ、手で首を押さえながら下がったプリマトゥスの視線が、再びぶつかり合う。


 プリマトゥスは今の攻防で完全に意識を切り替えていた。

 今こそ明確に流霞を〝敵〟と認めたようで、怒りを顕に表情を歪ませ、牙を見せるようにくしゃりとした顔つきで流霞を睨めつけていた。


 しかし、対する流霞は――どこか《《ハイ》》になったまま首を傾げていた。



「おかしいなぁ? やっぱり、なんか変だよね?」



 使った【潮汐破断】が遮られたような奇妙な感覚。

 大鎌を振るっているあの時と同じだった。

 真っ直ぐ直撃していたのであれば首を確実に破壊しきっていたはずの一撃だというのに、何かに干渉されて弾かれたような、そんな感触があったのだ。


 ――さっきの大鎌の時もそうだけど、何かが邪魔した……?


 これまでに経験したことのない違和感。

 だが、そればかりに思考を割いている程の余裕はなかった。


 流霞が動かない代わりという訳ではないだろうが、プリマトゥスが唐突に動いたのだ。


 巨躯を活かした、たった一歩の踏み込みでの突進。

 その速度は見た目の大きさとは裏腹に凄まじく速く、常人はもちろんだが、通常のレベル3探索者では反応する間もなく轢き潰されるような、そんな速度だった。


 しかし、プリマトゥスは流霞のいたその場所を通り抜けると、即座に流霞の居場所を探した。

 轢き潰したはずの流霞が、再び触れた瞬間に消えたように思えたからだ。


 周囲を見回し、僅かな空気の流れを感じ取ってプリマトゥスがはっと振り返れば、そこにはすでに流霞が肉薄していた。

 大鎌を再びロッドに戻し、プリマトゥスの膝に横から痛烈な強打を叩き込んだ。


 凄まじい衝突音はあったが、しかしダメージはなかった。

 確かめるように自分のロッドを一瞥して、流霞がプリマトゥスの伸ばした腕から逃げるように下がっていく。


 プリマトゥスは己の身体に傷をつけた流霞を、もはや侮ってはいない。

 ここで追いすがり、流霞の身体をどうにか捕らえようと伸ばす手は必死なものであることが窺える。


 しかし一方で、流霞はそれらをひらりと避けてはロッドで殴りつけ、逸らし続ける。

 殴りつけて返ってきた感触を思い出しながら、プリマトゥスの腕と自分のロッドを見比べていた。


 ――やっぱり、《《何かがある》》。


 プリマトゥスの皮膚に触れる瞬間に感じる、何かが挟まったような感触。

 大鎌ではその感触を貫けず、ロッドで殴りつけて衝撃を届けるだけならばしっかりと届くが、それでも邪魔されているという感覚は拭えない。


 ――むしろ蹴りの方がしっかりと届いたような……うん?


 大鎌が防がれ、ロッドはダメージが入らずに衝撃で押し出すだけ。

 どんな相手にも有効であった赤い霧【潮汐破断】もしっかりと届かずに、触れる前に干渉されて消えていった。

 それに比べて蹴りでは、しっかりと肉体そのものに突き刺さった。


 ――邪魔するものは……私のスキル、あるいは魔力に由来するもの?


 流霞の【潮汐破断】は、スキル拡張によって手に入った力ではある。

 ロッドも自分にとっては極端に軽いものの、他の者たちが持てばかなりの重さであるということも分かっている。

 だから、それらを無力化、あるいは限定して防ぐような何かがあるのではないか、と流霞は思う。


 ――試してみるのも悪くないかな。


 そう考えて、流霞が再びプリマトゥスから大きく距離を取りつつ、プリマトゥスの周囲の重力を一気に加重させる。


 しかしプリマトゥスの身体の周り、皮膚の僅か上あたりを僅かに光の膜のようなものが覆っているようで、加重の効果など一切浴びていないかのようにプリマトゥスが流霞を睨み、前足を地面につけて飛び出してきた。


 そんな光景を前に、流霞は驚愕するではなく、獰猛に笑みを深めた。


 ――やっぱり、魔力やスキルが触れると急速にその力が弱くなっている、って感じかな。


 確信を抱きながらも、突進しながら迫ってくるプリマトゥスを相手に流霞が「きひっ」と喉を鳴らす。

 そして直後、【朧帳】を使って姿を隠す。


 またもや空振りに終わった突進攻撃。

 そのことに苛立った様子でプリマトゥスが咆哮をあげて、地面を両腕で殴りつけた。


 そんなプリマトゥスの顔の横に、滲み出るように流霞が姿を現した。



「――きひひっ! ねえ、これならどうかなぁ!?」



 流霞の手には、何も握られていなかった。

 先程まで手に持っていたはずのロッドもなく、ただただ拳を握り締めたまま振り被って、飛びかかりながらプリマトゥスの頬に突き刺すように振るう。


 ――私の身体能力は、魔力で強化されている。さっきの蹴りはしっかり入ったのに、ロッドや大鎌、【潮汐破断】が通用しない。つまり、《《身体強化能力は消せない》》。


 ここまでの応酬から情報を整理しつつ、流霞は思い出す。

 雅の家族、瑤子と冴香によって教えてもらった、流霞の身体能力の強さは、『常態魔力放出数値』――通称『常魔値』の上昇によって高い水準を維持しているおかげのものだ、ということ。


 であれば、さらに魔力を体内で集め、注ぎ込めば、どうなるか。




 ――――瞬間、ズドンッ、と凄まじい音を奏でて衝撃を周囲に走らせながら、プリマトゥスの顔が勢い良く横を向いた。





『ええええええええ』

『殴ったあああああああ!?』

『まじかああああ!?』

『は?』

『え』

『なぁにそれぇ!?』

『何そのパンチ……』

『きひ子ちゃんのパンチ力がクソデカゴリラ並って、コトォ!?』



 なんだかコメントでちょっとばかり失礼な物言いをされているようではあったものの、しかしようやく突破口を見つけ、流霞は笑った。


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