選択授業の免除制度
「――さて、我が東京第三区画探索高校だけではなく、探索高校と呼ばれる高校には特徴があるな。んー、三枝ぁ、言ってみろー」
ロングホームルームが始まり、クラスの担任である三十代中盤の男性教師――織方 勝己が無精髭の生えた顎を擦りながら名指ししたのは、かつて流霞の推しグッズを使って奏星に声をかけようとしたお調子者男子だった。
当てられるとは思っていなかったのか、びくっと身体を僅かに震わせてから、三枝がへらりと笑った。
「あ、っす。二学期になると選択授業として『探索科』と『支援科』に分かれるアレっすね」
「んー、アレって答えは微妙なとこだが、まあ正解だ。というか三枝ぁ、そろそろ先生相手に敬語ぐらい使えるようになれよー。おまえのそれ、敬語になってねーぞ」
「え、マジっすか?」
「それもだ。ったく、体育会系の男子ってのはなんでもかんでも〝ッス〟をつけりゃあ敬語だ、みてーに考えるヤツ多すぎだろ。そんなんじゃ社会に出たら恥かくぞー?」
「センセーが言っても説得力なくないー?」
「俺はいいんだよ。オンオフ切り替えてっからなー」
「えー、ずりー」
「大人だからな、俺は。出来るけどやらない俺と、出来ないままやらないおまえとじゃ話がちげーの」
織方という教師はどちらかと言えば緩いタイプの教師であるが、高校生相手となるとそれぐらいがちょうど良かったりもする。
多感な時期、子供と大人の境界に立つような子供たちは、締め付けすぎれば反発を招き、かと言って中途半端に緩めてどっちつかずだと思われれば《《ナメ》》られる。
だからこそ、ちゃらんぽらんな態度を見せかけているぐらいの方が、親近感が湧いて親しみやすいと感じてもらいやすく、助言しても〝説教された〟と曲解されることもない。
ある意味では扱いが難しい年代のそういった機微を、狙っている訳ではないが上手く躱せるタイプ、それが織方という男であった。
子供というのは特に、感情を割り切れず、好悪によって分かりやすく差が出る生き物だ。
相手に対する第一印象が良ければ、話を聞く。
好意的であれば、真面目な生徒でなくとも噛み砕いて理解しようとしてくれる。
故に、織方の授業ややり取りで寝てしまうような生徒も少なかったりする。
そんな織方が続けた。
「ま、さっき三枝が答えてくれた通りだ。ウチは三学期制で、二学期――つまり夏休み明けからは授業に『探索指導』の授業が入る。で、何をすんのかってーと、最寄りのダンジョンへのアタック研修と、あとは『探索科』と『支援科』によって課題が異なる。『探索科』に入って高校卒業後、プロのダンジョン探索者を目指したり、あるいは『支援科』に入ってどんなもんが探索に必要なのか、ダンジョン素材の価値、知識なんかをつけて将来の仕事でどんなもんが売れんのかを考えたり、って感じだな」
ホワイトボードに画像を映し出して、織方が説明を続ける。
「で、だ。『探索科』の場合はある条件をクリアしていれば単位免除になるんだが、ぶっちゃけコイツは普通じゃ早々該当しないもんだ。だから気にしなくていい――と言いたいとこなんだが、このクラスに3人ばかり、その普通じゃないモンに該当する生徒がいるんだよなぁ。あー、姫屋、八咫島、それに川邊」
「んー?」
「ういー」
「ぁぃ」
「『探索科』の単位免除条件――『レベル3以上の探索者』に合致するおまえさんら三人は、入る前から免除決定だ」
「え、マ?」
「ぇ?」
「やりー」
「レベル2でも大幅な免除対象になるような授業だからな。レベル3――探索者として一人前とも言えるような実力者には、いっそ時間の無駄だろう? 要するに、おまえさんたちは自由時間になるっつーわけだな。他の生徒があくせくしてる間に先に帰れるぞー」
「おおぉぉ!?」
「マジ!?」
「すげー!」
「いや、レベル3ならそりゃそうなるわな」
織方から告げられた言葉に唖然とする流霞と奏星であったが、そんな3人の免除を聞いて教室中が盛り上がる。
もっとも、これはほぼほぼ有り得ない免除制度ではある。
ダンジョンに入り始めて半年足らずという状況で、レベル3――つまり死地を二度も超えて戦いに身を投じるというのは、普通に暮らし、普通に活動している探索者ではほぼほぼ有り得ないのだ。
過去にそういった特例があったために設けられた、いわゆる〝出番のない前例に倣う特例〟という代物ではあるが、これに流霞と奏星、そして美佳里の3人は該当するのである。
ちなみに、レベルアップした場合は、探索者協会の各支部にてレベルアップ登録を行わなくてはならない。
身体能力のテストなどが設けられており、およそ30分程度で終わるものだが、流霞や奏星もレベルアップの度に、このテストを受けていた。
レベル3にもなると、探索者協会の協力事業者によるサービスや商品が定価より割り引いて購入できたりという特典もある。
それに加えて、レベル3以上の探索者には『魔物氾濫』対策の参加要請なども発生することがあったり、特殊ダンジョンなどの攻略部隊への招集なども入ってくる。
割引目的で虚偽報告をしていたがために作戦に呼び出され、実は嘘であったと現場で判明し、命を落とす者などもいたため、こうしたテストが必須となったのだ。
そんな背景はともかくとして、レベル3以上の探索者は名前が公開されるのだ。
学校側はその名簿に該当者はいないかを調べ、そこに該当している者を確認している。
ただ、〝金銀花〟の場合、すでに探索者協会からの公式謝罪において、彼女たちの名前と、レベルの表記がされていたために世間に大きく知られている、という実状があった。決して自分たちが自慢した訳でもない。
しばし歓声が上がって騒がしくなる中、織方が手を二度叩いて黙らせる。
「んで、『支援科』にも同じく免除条件っつーのがあってな。こっちもまあ普通なら無理と言いたいとこなんだが、なぁ……」
「かーらーのー?」
「宮野、その流れウザいからやめとけー。盛り上がるどころか冷めるヤツもいるぞー」
「マジで!?」
「マジだ。ま、今回はその流れが割としっくり来るんだが……あー、東、矢ノ沢。おまえら免除な」
「あー、やっぱそういう感じかぁ」
「え、なんでウチら?」
雅が納得した様子で呟き、雪乃も続く。
一方、雪乃はピンと来ていないようで、雪乃と同様に周りの生徒たちがざわめく。
混乱が大きくなろうとする前に織方は改めて続けた。
「こっちの免除条件は『すでに正式なクランに所属し、活動を行っていること』だ。その点、そっちはそれに該当しちまってるから免除っつーわけだ」
「えっ、雅たちマジ!?」
「はいはい、落ち着けー。その辺は本人らの活動の自由だから、言うも言わないも本人次第だ。聞きたかったら後で個人的に質問するように」
「えー、先生代わりに訊いてくれよー」
お調子者の三枝が声をあげて、その言葉に織方が溜息を吐いて頭を掻いた。
「あのなぁ、三枝ぁ。おまえ、学校に人間関係って授業とかがあって、俺がその専任教師じゃなくて良かったって感謝しとけよー?」
「え、なんすか、それ?」
「敬語もダメ、デリカシーもないときたら、そりゃあ赤点だろー?」
「えぇ!?」
織方の言葉に三枝という男子が声をあげ、周りの生徒たちが笑う。
下手に言及されても面倒だと考えていた雅だったが、どうやらそれを避けるよう配慮してくれたらしい織方と目が合い、ふっと目を逸らされた。大人の余裕を見せつけるような対応である。
雅としても、正直なところ、親しくない相手に〝がちけん〟のことなどは伝えたくないのだ。
いくら同じクラスメイトとは言っても、所詮は学校側の都合で組分けられ、同じクラスにいる他人に過ぎず、付き合いがない相手だって当然いる。
そういう人間から、同じクラスなのだから、という意味の分からない繋がりを強調して自分も雇ってくれと言われたりするのは、ハッキリ言って煩わしい。
雪乃や美佳里、奏星や流霞が関係していると聞けば、だったら自分も入れてもらってもおかしくないじゃないか、と言い出す可能性は否定できない。
引き受けても面倒で、断ったら断ったで奇妙な噂が流れたりと、何しろ面倒臭いことが目に見えているのだ。
だから、雅たちは〝がちけん〟のことは言わないようにしている。
カバーストーリーとして、将来のために『明鏡止水』の下部の下部クランに、見習いとして研修させてもらいながら、〝金銀花〟のフォローをしている、というものを雪乃や美佳里、奏星や流霞に共有している。
もっとも、流霞はクラスで話しかけられること自体が少ないため、カバーストーリーを忘れてすらいたりもするのだが。
「免除されるとしてもちょっとした技術を知りたいとか、一般的な授業の流れを知りたいとかなら、『探索科』でも『支援科』でも授業参加申請は出せるんだが……あー、おまえたち、出さないだろ?」
「まあ、出す理由は……」
「……ない、かなぁ」
「おう、だよなぁ。ま、必要だったら申請してくれー。フォームURLだけ送っておくからなぁ」
「はーい」
「で、そういうちょっとおかしな奴らは置いといて、普通の学生向けの説明するから、よぉく聞いとけよー。これから各自に送るURLのフォームから、それぞれ希望の――」
織方が説明を続ける中、自分にはそれが関係のないものだと理解した流霞は、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
だが、そんな時だった。
「――それと、免除組5人にゃ、ちょいと話があるから終わったら残ってくれー」
織方の唐突な一言に、流霞の意識が引き戻された。




