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〝金銀花〟は止まらない  作者: 白神 怜司
第4章 新人探索者パーティ対抗戦

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新事務所商談




《――こちらが、今回私の方で選ばせていただいた新事務所候補地です》


「……マ?」


《えぇ、マジ、です》



 夏休み明け初日の休み時間。

 ARグラスをかけてイヤホンマイクで会話をしていた雅が、オンラインミーティング画面上で共有された画像を見て思わず呟く。


 この学校からタクシーで一時間ほど。

 多摩川近く――つまりは神奈川県寄りの地域であることもあってか、住宅や商業ビルなども減った場所にあるという《《候補地》》は、ずいぶんと敷地を広く取っているようだ。


 その外観と間取り図を見る限り、どう見ても普通の建物とは言い難い代物であった。

 


《はい。元々は『桜華前線』というクランが出資していた建物だったのですが、主力メンバーの同時妊娠からの泥沼展開で解散となってしまい、《《ガワ》》だけが完成したまま使われなくなってしまった元研究所予定であった《《物件》》です》


「……待った。その泥沼展開ってチョー気になるんだけど」


《クランリーダーがトップとナンバー2の女性に二股をしていて、しかも両方一緒に妊娠させてしまった結果、関係が明るみに出てしまったそうです。さらにナンバー3の女性にも手を出していたようで――》


「ごめん、やっぱナシ」



 夏休み明けの最初の休み時間にしては、あまりに胃もたれしそうな内容であったため、雅がストップする。

 別に愛だの恋だのに夢を見ている訳ではないし、酷い話はSNSを見ていれば嫌というほど溢れている。だから、そういう話があるのも驚きではない。が、朝っぱらからそれは少々カロリーが高すぎる。


 しかし、映像に映る女性の顔はきょとんとした顔をしていて、小首を傾げた。



《探索者協会にいると、色々な探索者の話が入ってきたものですが、比較的『桜華前線』はまともな部類に入りますよ?》


「……マ?」


《はい。一番強烈だったのは、お付き合いしているお相手の母親とその妹を妊娠――》


「うん、分かった。いいから」



 何が悲しくてそんな後先も何も考えていない盛りのついた猿のような話を聞かなくてはならないのか、と雅がこめかみに指を当てながら制止し、改めて通話相手を見やる。


 ――霧島(きりしま) 紅音(あかね)

 元探索者協会、綜合マネジメント部門所属の若手エリートと言われていた女性。

 黒髪の前髪なしのワンレンボブに少し鋭いつり上がった目に泣きぼくろが特徴的な女性で、口調はどこか冷たく、近寄り難い美人タイプ、とでも言うべきだろうか。


 彼女こそ、雅の様々な社会経験不足を補うに相応しいと傑に紹介された人材であり、流霞が眠っていた8月の中旬から正式に〝がちけん〟で働き始めた女性である。


 面倒な年功序列的な組織形態や、〝会社の歯車の一つ〟になるだけのような働き方がどうしても合わずに退職した彼女であったが、〝がちけん〟の在り方に強く感銘を受け、是非にと入社。無論、雅の宣言通り給料は探索者協会就労時の2倍である。


 そんな紅音には〝無から有を作り出す才能〟はない。

 あくまでも紅音が得意とすることは〝目の前の問題、想定される問題に対する解決、処理能力〟でしかないため、自分は起業する側には向いていないと理解している。


 そんな紅音だが、雅に会い、その在り方と心意気に惚れ込んだ。


 与えられるのは、のびのびと能力を発揮しても、誰からも疎まれずに感謝される環境。

 代表である雅の「生活犠牲にして仕事するとか頭おかしくね? 仕事のために生きてんじゃねーぞ」という謎の強気残業ゼロ宣言。

 やり方は任せるという、無駄な慣習も意味の分からない二度手間や三度手間もないという現実。


 ――ここは私の楽園、私の居場所になる。

 天啓のようにそんなことを感じ取り、早速働き出した彼女は精力的に様々なタスクを解決し始めている。


 そんな彼女が、探索者協会にいた元同僚たちからも情報をもらい、どこが〝がちけん〟の新事務所として、そして自分にとっても都合がいいのかを考えて紹介したのが、この研究所であった。



《セキュリティ面でもかなり注力していたようですし、少人数での運用も視野に入れていたようで、全てがシステムによって統括されるよう、繋ぐことを前提に工事も行っていたようです》


「……つまり、下地ができているってことね?」


《はい、その通りです。現在の〝がちけん〟の経営状況を考えれば、資金面でここの入手はそう難しくないでしょう》


「……え? そんなにあったっけ?」


《……そんなにありますよ、〝がちけん〟の収入は。特に情報料、使用料といった諸々が大量に入ってきていますし、トドメとも言えるのは、探索者協会からの迷惑料や慰謝料ですね。9桁台のお金が入っていますので》


「ガチ?」


《はい。あの老害共が溜め込んでいたお金の一部でしょう。遠慮なく受け取りましょう》



 逆に言えば、そこまでのお金を受け取ったのだから表面上は《《手打ち》》にしろという話でもある。

 しかし〝がちけん〟としても探索者協会と関係性を悪くし続けるというのは望むところではない、というのが雅の決断でもあり、紅音もその決断を支持し、処理を進めた形だ。



《それに、どうやら『桜華前線』も資金繰りに困っているようでして、即金を欲しているようです。このままだと不動産屋を介して一般公開され、企業に買い叩かれる可能性もあります》



 金額的には、支払える。

 今のところ〝がちけん〟は収入ばかりで出費が少なすぎるような状態ですらある。

 だが、「じゃあ買っておこう」と踏み切るには、あまりに高すぎる買い物であるのも事実であり、それが雅の判断を鈍らせていた。



「……高すぎる買い物じゃないと、あかねぇは思うの?」


《はい。〝がちけん〟の収入は安定している、いえ、収入が大きすぎる状態です。購入後少しの間は自重する必要はありますが、これまでの『魔力水の水差し』や各種技術に対する料金は莫大です。そして今後入ってくるであろう『魔導防具(マギア・ギア)』の技術料、さらに〝金銀花(カプリフォリオ)〟の活躍によって新たなものなども入ってくることを考えると、使うべきところで使っておかなくては損をすると言ってもいいでしょう》


「あー……、税金とか?」


《その通りです。賃貸でランニングコストを増やし、他者の介入の余地を残すよりも、いっそ余裕のある今だからこそ一括購入を推奨します》



 身も蓋もない言い方ではあるが、税金というのは純利益にかかってくる。

 そうであるなら、利益はしっかりと投資に回してしまった方がいいのは確かであり、余裕がある間に資産としておいた方がいいのもまた事実である。


 そんなことを言下に訴えてきた紅音に、雅の決断が揺れたのを感じ取り、紅音が畳み掛けるように続けた。



《社長、〝がちけん〟はこれからも人材が増えていくでしょうし、新しいものを生み出していくと、私は確信しています。確かにキャパも大きい建物ではありますが、今後の成長によっては部門毎に業務を切り分けていく必要が出てきます。そうなった時に改めて引っ越す、という形にするよりも、研究所と他の部署、あるいは事務所を切り分ける可能性を視野に入れ、予め研究所に応接スペースがある物件を手に入れておいた方が、色々と効率がいいかと》


「……そっかぁ。んじゃ、買うかぁ」


《よろしいですか?》


「……ん! 悩んでたってしゃーなし! あかねぇ、購入確定でよろ!」


《承知致しました。では、これより直接『桜華前線』のマスターと商談してまいりますので、また後ほどご連絡いたします》


「任せた!」



 それだけ言って切れたオンラインミーティング。

 ARレンズを外した雅が「だはー……っ」と大きく溜息を吐き出して机に突っ伏す姿に、声が離れないように離れていた美佳里と雪乃、流霞と奏星が近づいていく。



「だいじょぶ、雅?」


「なんかめっちゃ疲れてんじゃん」


「……うちの新事務所、決めた」


「おー、マジ?」


「どんなん?」


「……言っとくけど、ビビるよ?」



 美佳里と雪乃に声をかけられた雅が、机に突っ伏した状態で顔をあげ、力なくへらりと笑い、スマホを操作し、一件の物件情報の画像を出して美佳里に手渡した。


 受け取った美佳里と、それを覗き込む雪乃と奏星、それにちらちらと混ぜて欲しそうに遠慮がちに離れていた流霞が奏星に引き寄せられ、全員で画像を見て――固まった。



「……は?」



 そこに映っていたのは、白を基調とした建物で、ガラス張りのロビーが外から見えている、そんな建物。

 高さは地上3階建てで、地下に研究スペースが4部屋、さらにその下には訓練室とモニタールームがあるらしい、どう見ても研究所風の建物である。


 そんな建物の金額を見て、一同が全員目を丸くして固まった。



「……さすがにJKで2桁億の買い物なんてするとは思わないじゃん……」



 雅の力なき呟きが、その場所に小さく漏れた。


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