第4章 プロローグ
夏休みが終わったとは言っても、夏の暑さはまだまだ健在だ。
外にいればじりじりと肌が痛み、何をせずとも汗がじわりと滲み出てくるような暑さ。
さらに高い湿度のせいで空気がやたらと重たく感じられる、まさしく〝茹だるような〟という形容が相応しい陽気が続く。
そんな夏休み明け初日。
東京第三区画探索高校――通称、〝サンコー〟の前に、一台の無人タクシーが停まり、そこから一人の女性が校門前で降り立った。
来客であれば、基本的に通学時間は避けるものだ。
一般的に考えて、学校側とてそんな時間に来るよう指定するはずもない。
一体誰が乗っているんだ、とでも言いたげに、歩きながらもタクシーを横目で見やる生徒たちの視線が集まる中、タクシーの扉が開かれた。
そこから降りてきた存在に、誰もが思わず目を瞠った。
さらりとした白銀の髪、瞳もまた僅かに灰色がかっていて、日本人離れどころか、いっそ地球人離れしていると表現する方がしっくりきそうな、涼しげな印象を与える女性。
そんな女性がその場に降りてきたことに、登校時間中の生徒たちの視線が集まり、あれは誰だ、外国人かと誰何するような声が聞こえてくる。
そんな彼女が表情を変えようともせずに一歩歩きだそうとしたところで――――
「――おうこら、るかちー。タクシー通学とは何様ですかぁ?」
「ふぐええぇぇ」
――――後ろから歩み寄ってきた一人の女子生徒に襟首を捕まれ、潰れた蛙のような声が絞り出された。
周囲は一斉にきょとんである。
いきなり現実に引き戻されたような、そんな気分であった。
だが、そんな周囲を他所に、当事者の二人の会話は進んでいた。
「けほ……っ、か、奏星……?」
「おいーす。つかマジで何でタクシー通学なん?」
「……ん」
「ん? 空?」
「……暑すぎる。奏星の【太陽】で熱冷まして」
「無茶苦茶でうける」
空を指差したかと思えば、無茶苦茶な要求を突き付けてくる白銀の髪の持ち主――流霞。
そんな彼女に、オレンジがかった金色の髪、同系色でありながら、そこに僅かに金色めいた光が宿った奏星が苦笑する。
そんなやり取りを目の当たりにして、ようやくタクシーから降りてきた流霞の正体に他の学生たちも気が付いたようだ。
――〝金銀花〟の二人じゃん、と。
この東京第三区画探索高校の1年生にして、すでにレベル3探索者。
しかも夏休み中に『指定ダンジョン』で配信したところ、〝発生型〟トラップによってダンジョン内で流霞が失踪――かと思えば、実は〝発生型〟トラップではなく、そう見せかけた探索者協会から送られてきた暗殺者だったと判明。
その後、犯人を捕まえて中層まで進んだところで、配信はストップしたものの、無事に流霞が救出されたという事件は、記憶に新しい。
これに対し、探索者協会も数日後に事実を認めると共に、それを行った者たちを警察に引き渡したことを発表すると同時に、正式に〝金銀花〟へ謝罪。
さらには人為的『魔物氾濫』事件での協会の杜撰な対応もあったことを認め、既存の体制からの脱却を図ることを正式に発表した。
同時に、既存の体質のままでは信用の回復は難しいとし、完全に部外者である有識者による外部監査機関を設立すること、そこに日本の名だたるクランのクランマスターらが就任したことなども発表した。
その結果、一連の騒動はずいぶんとマスコミに騒がれたものだ。
とは言え、ただの高校生に過ぎない周囲の生徒らからすれば、それらは雲の上の出来事とでも言うべきか、実感が伴わないものではあった。
そんな彼ら彼女らであっても何よりも衝撃的というべきか、強い印象が残っているのは、SNS上での〝金銀花〟への誹謗中傷に対し、すでに積極的な開示請求から、訴訟まで、堂々と悪評と戦うことを公言し、実際に開示請求などが届いた者たちもいたということだろう。
さすがに日常的に使うものの守るべきモラルを欠いたらどうなるのか、その危険性というべきか、そういったものを自覚するには充分なインパクトを伴っていたのである。
故に、距離の取り方が分からないからこそ、〝金銀花〟の二人だと気が付いたとて、無遠慮に近づいて声をかけようという者はいなかった。
ある意味、おかげで二人は腫れ物に触るような扱いにはなっているのだが、当人たちにとってみれば、無駄に騒がれたりしない方が有り難かったりもする。
「いや、まあ気持ちは分かるかもしれん」
「でしょ? タクシー涼しかった」
「でもそれって校則的にありなん?」
「え、なしなの?」
「いや、わかんね」
「でもそれだったら、家族に送ってもらうとかもなしってこと?」
「あー……そう言われると、ありっちゃありかぁ……。あーしも夏終わるまでタクシーで来ようかな。お金ならあるし」
普通の高校生からは考えられないような会話であったが、実際に二人はかなりの金額を稼いでいる。
『魔力水の水差し』の使用料に、〝独自魔法〟や〝スキル拡張〟に関する情報料であったり配信の収益であったり、さらにはダンジョン素材の売却費用などなどもあるのだ。
毎日タクシー通学をしても、その金額が痛痒に値しない程度には毎月お金が入ってくるのである。
「でも、めっちゃ目立つ……」
「いや、それタクシー関係ないんじゃん? その見た目だし」
「うぐ……」
「でも、るかちーって白銀の髪と目、似合うから良かったじゃん」
「え? そ、そそそ、そお?」
「素直に喜べばいいのに、変に誤魔化そうとして鼻の下伸びてんじゃん、うける。つかさぁ、そういう髪色とか目って、多分目が小さかったり鼻が潰れてるタイプだと、多分変だよ」
褒められてニヨニヨしかけた顔を必死に誤魔化そうとして変な顔になった流霞を他所に、奏星は淡々と言う。
誰かを貶めるような物言いではなく、ただただ単純な感想として告げられたものではあったのだが、聞き耳を立てていた周囲の生徒たちもそれには同意したように小さく頷いた。
流霞は、黙ってさえいれば無表情が似合う顔立ちだ。
もう少しばかりキリッとした表情を意識し、自信のなさというべきか、奇妙な遠慮から出てきている猫背さえ直せば絵になるだろう。
156センチメートルという、平均身長に僅かに足りていない身長が高ければ、いっそモデルにだってなれたかもしれない。色々と矯正すれば、ではあるが。
そんな彼女だからこそ、白銀の髪と目は似合っていると、奏星は思う。
「それに、その髪と目の色ってさぁ、なんつーか、静かな方が似合ってんじゃん?」
「え、そうかな?」
「あーしがその髪の色と目の色で、今みたいな喋り方とかしてて似合うと思う?」
………………。
「に、似合うんじゃない、かな……」
「おうこらるかちー、こっち見て言ってみー?」
「か、奏星は顔が整ってるから似合うって……! でも、ギャル語とか奏星の性格を考えると、その、なんか違うような……」
「だっしょー? はー、良かったわー、あーしこの色で。こっちだったら前からやってみたかった色だし。似合うっしょ?」
「うん、似合ってる!」
「さっきのが嘘ってメッチャ分かりやすい対比になるじゃん、うける」
「っ!?」
そんな会話をしながら、二人は教室へと向かって歩いて行くのであった。




