お昼休みの約束
八咫島 流霞、15歳。
クラスの中心的な人物扱いされてちょっとチヤホヤされ、自己肯定感が上がったのも束の間、3時間目の授業が終わる頃には満身創痍であった。
――誰かと喋るの、つらい……。
一日の会話が一言から二言というのも珍しくはない流霞が、あちこちから休み時間の度に声をかけられた。
授業中でさえ教師からも「おっ、やっぱきひ子ちゃんはおまえだったんだな、八咫島!」とか言われ、無駄に授業の回答を名指しされた。
まったくもっていらない配慮だ、空気読めと流霞はすんとした表情で思ったとか。
そんなこんなで、いつも以上に声を出したせいで声が枯れ気味であった。
今「きひっ」と笑えば、枯れた声のせいで不気味度が増し、魔女が危ない薬を調薬しているのではないかと勘違いされそうである。
そんな流霞であったが、4時間目が始まるまであとちょっとというタイミングで教室にやってきたのが奏星であった。
「ちょっ、奏星!? え、休めば良かったじゃん、だいじょぶ!?」
「あー、平気平気、見た目よか全然元気。ま、いちおー検査入院的な? 骨も折れてなかったし、いけるってー」
雅の明るい声に奏星が答え、あっという間に奏星の周りに人集りができた。
なお、無論のことながら流霞はそれを遠目に眺める側だ。
自己肯定感高めモードもこれで終わる、とひっそりと胸を撫で下ろしていたりしているあたり、多少人気が出てチヤホヤされた程度で流霞の生粋のぼっち根性は払拭されていなかった。
そんな流霞が、ちらちらと奏星を見やる。
――か、カナっちって、呼んでいいのかな? あれ、でも配信って、本名あんまり出さない方がいいんだっけ? あれ、じゃあ私、もしかして親しくなれたっていうのは錯覚なんじゃ……?
友達ができたと勝手に盛り上がってしまったのが、妙に切なく感じる流霞であった。
だが、そんな時であった。
なんとなくしょんぼりした気分で、遠い世界の出来事だと現実を切り捨てようとしていた流霞の視界に人影が映り込み、流霞が椅子に座ったまま顔をあげる。
目の前に立っていたのは、奏星だ。
頬にガーゼが張られ、頭を打ったのか額部分にも包帯が巻かれていて、痛々しい。
なのにしっかりとメイクをしていることに、流霞は戦慄した。
――これが、カーストトップの意地……ッ!
「やっほ、きひ子ちゃん」
「ひ、姫屋さん……、だいじょぶ、でしたか?」
「いやいや、なんで敬語? 昨日は普通に話してくれたじゃん。あっ、あーしは奏星って呼んでね。ほら、カナっちってライバー名だからさ。いちおーね」
「え、あ、うん――」
「それよりきひ子ちゃんの名前って流霞だよね? 流霞って呼んでいい? あ、それともるかちとかどう?」
「え、えと、なんでも――」
「てか、ホント昨日はヤバかったわー。マジでるかちいてくれて助かったー」
――よ、陽キャの話題転換速度、早すぎぃ……!? しかも〝るかち〟で決定した……!?
あれよあれよと言う間に呼び名が決定し、会話が進んでいくことに戦慄する流霞を他所に、会話が続く――かと思われたところで、チャイムが鳴った。
「――やば、授業始まるじゃん。あ、そだ、るかち」
「は、い?」
「お昼、一緒に食べよー。雅とかとも仲良くなったんしょ? ついでにちょっと相談もあってさ」
「はい……はい?」
「おけー。んじゃ、授業終わったら声かけるねー」
あっという間に物事が決まっていくあまりのテンポの良さに、流霞はまったくついていくことができなかったが、何故かそういうことになったようだ。
唐突に昼休みを押さえられてしまい、4時間目の授業中は「え、もしかして呼び出し? 校舎裏?」などと、ありもしないであろう未来妄想図を描いていた流霞であったが、気が付けば授業も終わり、早速とばかりに生徒たちが昼食のために移動を開始する。
いつもならば教室で一人、そそくさとご飯を食べてスマホでラノベからコミカライズした漫画を読むという静かな時間を過ごす流霞だが、雅に美佳里、雪乃、そして奏星に呼ばれ、廊下を歩いていた。
――ど、どこに……っていうかこの辺、部室棟、だっけ?
どこに向かっているのかも分からない流霞は、これまでに見たことのない建物内をきょろきょろと見回した。
流霞たちがやってきているのは、部室棟という名の文化部の部室と生徒会室などが集められている建物だ。
迷子になりそうだな、と思う流霞を他所に、4人は迷うこともなく堂々とした足取りで進んでいた。
「るかちるかちー」
「えっ?」
――るかち呼び、もう共有されてる……? さすがギャルコミュニティ……!
なんて、そんなことを考えつつ雅に返事をすれば、雅が人懐っこい笑みを浮かべて流霞を見やる。
「るかちってまだレベル1?」
「へ? あ、そうです、けど……」
「あはははっ、なんで敬語なん? タメ口でいいってー。でもそっかー、あの灰色のアイツ倒したんだから、てっきりレベルアップしちゃったのかなって思ってたねー」
「てか上がらんかったんだ」
「え、あ、うん」
グレーホブゴブリンを討伐したものの、流霞のレベルアップには至っていない。
もっとも、ただ多少強い程度の魔物を倒しただけでは、分かりやすいレベルアップには至っていない。
「でもさぁ、あれ、調べたけどやっぱ上層の奥の方で出てくる魔物らしーじゃん」
「ホントはアレと戦うのって、レベルアップ済みが前提って話っしょ? マジビビったわ、あれ。それをレベル1で倒しちゃったるかちーがヤバ過ぎって盛り上がるのも無理はないわー」
「そう言うけど、奏星も凄かったじゃん。アレ相手に啖呵切って、めっちゃかっけーってなったわ」
「あれはほら、逃げるのキツーってなったからしゃーなくない? なんか変な男が叫んだせいだし。ぶっちゃけマジムカついた」
「あぁ、あの男なー。一応こっちでも調べたけど、公式には責める気ないって発表したから」
「さっすがゆっきー、仕事早いじゃん」
「SNS広報はあーしの担当だし」
雅から美佳里、そして雪乃へと続き、奏星が会話に参加する。
そんな4人のやり取りを聞いて、ふと流霞は疑問を抱いた。
――なんか、ギャルっていうからダンジョンみたいなの嫌いなのかなって思ってたけど……違うっぽい?
ダンジョンアタックは、どちらかというと泥臭い部分が否めない。
魔物たちは間違いなく危険な存在であって、命のやり取りをする場所。しかもそこは、ダンジョン因子によって適性や能力の差が出てしまうこともある場所だ。
こうした背景もあって、実際にダンジョンに興味を持っていたとしても、上層以上へと挑んでいこうという若い世代はどちらかと言えば少ない。
さらに女性となると、その数は極端に落ちる。
せいぜいが配信でダンジョンに潜るような、どちらかと言えばライトな層に限られる。
事実、流霞の通うこの東京第三区画探索高校――通称、〝サンコー〟では、ダンジョンに本気で挑むという理念を持って作られた『サンコー探索部』という部活と、最上層探索のみに絞った『ダンジョン探検部』――通称、ダン検部――という部活が存在しているが、今ではすっかりと入部してる部員も少なく、いずれも廃部が決定している、という噂は流霞も耳にしていた。
だから、奏星だけがダンジョンに興味があって、雅や美佳里、雪乃はただの視聴者なのだろうと思っていただけに、会話の流れがそんな先入観と噛み合わなかったのだ。
「とうちゃーく。待って待って、今鍵開けっからー」
とある空き教室前。
その扉の横につけられた端末に雅がスマホを翳すと、効果音が鳴って扉の鍵が空いて、ぞろぞろと4人が入っていく。
そうして教室に入ったところで、4人が振り返り、流霞を見つめた。
「るかち、ようこそ! ウチらの秘密基地こと、『ガチ攻略女子のダンジョン研究部』、略して〝がちけん〟の部室へ!」
「……はぇ?」




