第26話(累計 第99話) 策謀を断つ刃
都内某所にある、倒産した製薬会社が所有していた化学工場。
しかし、最近は人の出入りが活発になっており、今日も夕闇の中。
倉庫の扉の隙間から照明の明かりが漏れる。
「これは、これは、奈良原さま。このようなむさくるしい場所に態々お越しいただき、ありがとうございます」
「いえいえ、松戸どの。こちらこそ、貴方のような優秀な科学者に、この程度の施設しか提供できず、申し訳ないです」
廃工場の倉庫内部では、錠剤のパッケージング。
PTP包装をする機械が何基も稼働。
奈良原が役員だった倒産した製薬会社のロゴが彫り込まれた白い錠剤が幾錠も包み込まれていく。
「中々に好調な生産具合ですね。バイヤーやユーザーからの評判は如何ですか?」
「バイヤーからは、今までの覚せい剤や麻薬などとは違う客層に売れるので、良い話しか聞かないですね。若年層、とりわけ受験生によく売れるそうです。学業向上と疲労軽減に効果的だが、覚せい剤ほど怖くないと」
薄暗い工場では、沢山の虚ろな眼をした若者たちが無言で働いている。
そんな中、白衣を着た如何にも狂科学者然とした眼鏡姿の壮年男性が、スポンサーたる黒執事姿の奈良原に対し媚びを売る。
「更にユーザー側ですが、こちらは様々です、奈良原さま。薬物の効果で、脳機能は向上。こと松果体の活性化による『魂の眼』の開眼。これにて霊能力が向上します。その事を喜ぶものもいます。まあ、そこまでに至るまでに自我が完全に壊れてしまう事例もありますが、それは誤差範囲かと」
「ですが、松戸どの。霊的な守りも知らぬまま、能力の拡張。更には自我が崩壊せぬまでも意識の希薄化。魔神の召喚の贄や、更なるモノの材料に最適です。ここで働く工員らもそうですね。学生らも、私が配布した魔神の卵を使ってくれて、同時多発的に魔神を生み出せたのは良かったです」
奈良原は、ほくそ笑む。
自分が望むもの、世界の混沌化を順調に進められているから。
夏休み前の「血の終業式」。
そこには、奈良原が暗躍しており、魔神召喚用のアイテムを配っていたのだ。
「さて、更なる計画の実行には、松戸どののお力が今まで以上に必要。更なる薬物の増産。そして新たなる薬物の開発もお願いします」
「了解しました、奈良原さま。そういえば、貴方さまに特別にお願いされて神代院家の者に薬物を流しましたが、どうしてですか? あの家は術者が多く、更には警察。例の小娘にも近いので危険ですが?」
「ふふふ。そこには、意味があるんですよ。別に彼が暴れて、その結果。負けようが勝とうが私には関係はありません。というか、負けて殺された方がより効果的でしょう」
奈良原は、松戸に尋ねられ、闇のような笑みを浮かべる。
「あれはね、憎らしき。されど実に興味深い『技能』を持つ小娘。橘 綾香に対し、心の傷を付けるための策なのです。もし彼を殺していたら、どんなに心を痛めたかと思うと、ワクワクしてしまいます。何せ、あの男。小林には綾香を恨む正当なる理由もありますし」
「それは悪趣味ですが、大丈夫ですか? こちらに繋がる情報が残るのは危険です。あまりにも大胆ではないですか?」
「そこは問題無いかと、松戸どの。どう転んでも、あの男。小林は死ぬので。薬物の大量摂取、更には霊的暴走。魔神にでも成り果てれば、待つのは確実な死。小娘は、彼を殺すしか止めることが出来ない。そうなれば安全。死人に口なしです」
自らの考えた悪趣味極まりない策が順調に進んでいる事に、闇のような嘲笑を浮かべる奈良原。
その姿に、流石の松戸も背筋に冷たいものが走った。
「学生らが魔神の卵を同時多発に起動しましたが、それは私。神たる『這いよる混沌』の力。夢の世界からの介入によって成功しました。夢にて、彼らのトラウマを増大させました。小林の件も夢からの誘導で、無意識下の復讐心を膨らませたのです」
燃え上がる様な赤い瞳を輝かし、人の心を持て遊ぶ様な事を嬉しそうに囁く奈良原。
その様子に、この男を敵に回したくないと松戸は思った。
「噂の幻夢境というものですか? 全人類の集合的無意識が夢と繋がるとは、オカルト方面から聞いてますが、事実ですか? 科学的には一概に信用し辛いのですが……」
「ふふふ。神の力は偉大です。人々の無意識に干渉するなど、容易い。私に出来ない事は何も無いのです。これで……。む!? すいません、松戸どの。周囲が何物かに囲まれています。まさか、ここが露見するとは? 貴方、何か失態をしましたか!?」
奈良原、急に驚き、周囲を見回す。
そして松戸を責め立てた。
「この工場は、私の方で買い取って運用していましたし、人員移動や薬物搬出も注意していたのに、警察に脚が付くようなことなどありえないです。どうして? あ! 者共、急ぎ撤収準備をするのだ!!」
奈良原の反応で、慌てながらも逃げる算段をしだす松戸。
しかし、時すでに遅し。
「奈良原! やっと追い詰めました!」
「もう、逃さないのじゃ!!」
倉庫の二階階段の上。
そこからスポットライトと共に、少女の凛とした声が響き渡った。
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