第27話(累計 第100話) 混沌を断つ刃
深夜の都内郊外にある工場地帯。
そこに、わたしや超常犯罪特別対策室の仲間たち、更には警官隊や自衛隊員らが集う。
「本当に、ここに奈良原が今夜、現れるんですね、警視正」
「ええ。これまでの潜入捜査やら盗聴の情報。更には小林の証言から、確実ですわ」
「母さま。潜入捜査は違法捜査では無いのかや? 邪神相手に適法だの違法だのは、今更関係ないのじゃが」
「ひなお嬢。知らないんですかい? マトリの行う麻薬捜査では、潜入やおとり捜査は認められているんですぜ。ドラマでも定番のネタですけど」
「そうよ、ひな。和也くんの言う通り。それに最近ではトクリュウ対策で『仮想身分捜査』も検討されているの。今回の被疑者はどっちにも該当するわ。さて、突入前の雑談はこのくらいにして、皆さん。今回は必ず、奈良原を捕縛。いえ、殲滅します!」
目的の廃工場が見渡せる高台の公園。
そこに設置された臨時前線指揮所。
外部から察知されないよう、隠された軍幕テント内の赤暗い照明の中。
わたしは警視正らと共に望遠赤外線映像が映し出されたモニターを眺めつつ、眠気防止にコーヒーやココアなど飲みながら雑談をする。
……全員、防弾防刃装備ね。わたしも、通信機能付きHUDヘルメットを準備しているの。ひなちゃんは、同じ機能のゴーグルね。
「警視正! 周辺の一般市民の避難、終了しました」
「妨害術式の展開、準備出来たと神代院家の方から連絡ありました」
同じ軍幕テント内で各方面からの連絡を受ける女性職員らから、続々と報告が上がる。
テントの内外を走り回る男性職員らの手には、銃火器や使い方が分からない道具がある。
「そろそろチェックメイトね。後は、奈良原が現れ次第、作戦開始よ」
着々と奈良原包囲網の準備が出来てきている。
「で、本当に奈良原が出た場合は、逮捕では無く、こ、殺ろさなきゃダメなんですか、警視正?」
わたしにも、人間を殺した経験はある。
だが、それは全て襲われた際の正当防衛。
確かに、魔神はいくらも倒しはした。
しかし、いくら血濡れた手でも、自分から「人の形」をしたモノを殺す事にはまだ抵抗がある。
「悲しいけど、そうね。彼の殺害許可は、総理大臣からも内々で出ています。何より、彼の戸籍は全て偽造。どこの誰とも分からず百年以上、人間の間で暗躍する邪神。滅ぼすなり封印するのが最善というのが、上の意見。第一、彼をずっと捕らえて置ける留置場なんてないわ。綾香ちゃんに辛い事を押し付ける事は、わたくしも賛成できなかったんだけど」
「アヤツは、腐っても神さまじゃ。空間を操る所業は、既に幾度も見ておる。今回こそは、確実に倒せるチャンスなのじゃ。なので、キヨひいお婆さまが全面協力してくださった上に、尊い筋から『とある神器』や重火器の貸出使用許可も出たのじゃ。大丈夫、アレやコレを使うなら、お姉さまが斬り倒す必要もないのじゃ」
「なんなら、綾香お嬢の代わりに俺がアイツを倒すぜ。こんな身体にしてくれた借りは返したいしな」
わたしの弱気な呟きに対し、皆が心配そうに声をかけてくれる。
奈良原は、許せない存在であるし、倒さなければならない邪神。
ここまでは頭の中で理解しているが、人の形をしたものを殺すというのは、中々に抵抗がある。
「お姉さまは、優しすぎるのじゃ。じゃが、相手はその優しさを利用する邪な神を名乗る愚か者。どうせ、中身はぐちょぐちょのぬちゃぬちゃな奴。斬り倒しても後悔も何もないのじゃ」
「そりゃ、わたしも勉強して、奈良原が名乗る邪神の事は勉強したの。物語や伝説そのままなら、わたしが倒せる相手か、不安になるくらいの強敵ね」
「そこは此方が保障するのじゃ! 綾香お姉さまなら、神さまだろうが絶対に負けぬのじゃ」
ひなの軽口、わたしを心配してくれてのもの。
わたしは、緊張していた心が少し楽になった。
「ありがと、ひなちゃん」
「また、ちゃん付けなのじゃぁぁ。此方、子どもでは無いのじゃぁぁ」
「二人とも、漫才はこのくらいにして。今、奈良原が来たわ。自分で自動車を運転してきたなんて意外だったわ」
「空間転移なぞすれば、流石に魔力痕跡が残るから、そこは気を使ったのじゃな」
「さあ、お嬢。今日で全部終わらせましょうぜ」
どうやら、奈良原が現場入りした様だ。
望遠映像からもライトをつけた自動車が工場入り。
そこから降りる奈良原の姿がモニターに映った。
「道明さん。奈良原が工場に入り次第、包囲網を完成させて。他の皆さんも戦闘開始よ。狙撃も準備して」
……道明さんも別部隊を指揮して、工場を包囲してくれているわ。
警視正から指示が飛ぶ。
いよいよ、邪神「這いよる混沌」相手の大勝負。
わたしはヘルメットのバイザーを降ろし、固唾を飲む。
「お姉さま、ずっと一緒じゃ。じゃから、安心して刀を振るうのじゃ」
「うん、ひな」
一旦、防刃手袋を脱ぎ、笑顔で見上げてくれたひなの小さくも暖かい手をぎゅっと握った。
◆ ◇ ◆ ◇
動きがある倉庫内に侵入したわたしとひな。
別動隊により、工場内のネットワークは制圧済み。
監視カメラなどは無効化されている。
二階になる部分にそっと潜み、下を観察する。
……対電波、光学、赤外線のステルスマントを被って、覗き見しているの。
「いっぱい、働いている人がいるけど……。全員、魔神兵と同じ。もう、人じゃない」
聞かれないように、ヘルメットなどの集音マイクを利用して小声で会話。
ヘルメット付属のカメラ越し映像にも、うつろな眼で働く若者たちが見え、彼らからは精気は感じられないが、逆に瘴気を感じる。
「彼らは、既に魂が死んでしもうた存在。悲しい事じゃが、倒すしかないのじゃ」
「うん、分かった。あ! 奈良原だ。白衣のオジサンと会話しているけど、あのオジサンが例の科学者?」
奈良原に対し機嫌を取る様な会話をする白衣で眼鏡の壮年男性。
集音マイク及びカメラ映像からのAI読唇術で、会話内容が分かる。
「あれはね、憎らしき。されど実に興味深い『技能』を持つ小娘。橘 綾香に対し、心の傷を付けるための策なのです。もし彼を殺していたら、どんなに心を痛めたかと思うと、ワクワクしてしまいます。何せ、あの男。小林には綾香を恨む正当なる理由もありますし」
奈良原のセリフ。
そこには悪意しか感じられない。
小林を利用して、わたしの心を痛めつけるつもりだったらしい。
「くぅぅ。許せない! こんな奴、殺すのを躊躇していたのが、バカらしくなるわ」
「お姉さま、まだ飛び出してはならぬのじゃ。しばし、辛抱なのじゃ」
ヘルメット内のサブモニターには、他の仲間たちが倉庫や工場内を取り囲んでいく様子が映る。
まだ、数か所において包囲網がなされていないので、今飛び出す訳にはいかない。
「小娘は、彼を殺すしか止めることが出来ない。そうなれば安全。死人に口なしです」
……ふふん、わたし小林さんを殺さずに止めて助けたよ。アンタの思い通りになんて、なってやらないわ。
内心ほくそ笑むわたし。
奈良原の予想通りにならなかった点で既に、わたしは勝利している。
「ふふふ。神の力は偉大です。人々の無意識に干渉するなど、容易い。私に出来ない事は何も無いのです。これで……。む!? すいません、松戸どの。周囲が何物かに囲まれています」
しかし、奈良原も流石は神。
誰かが失態したであろうことから包囲されているのに気が付いた。
「え!? 気が付かれた。ひなちゃん、動くよ」
「了解なのじゃ。じゃが、また子ども扱いなのは嫌なのじゃぁぁ!」
わたしは、ひなに声をかけ、隠れていた場所からステルスマントを払いのけ、立ち上がる。
「奈良原! やっと追い詰めました!」
「もう、逃さないのじゃ!!」
何故か、背後から突然スポットライトが照らされる。
「え?」
思わず振り返ったわたしは、想定外の状況に首をかしげてしまう。
「お姉さま、こういう時は派手にするのが、特撮でのお約束じゃ!」
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