第25話(累計 第98話) 憎悪を断つ刃
「俺と同い年だったアイツ。正樹は帝都安全保障省の上司の言うがまま。あの薬を飲んだんだ。それが、アイツを壊す危険な物だったとは知らずに……」
病室で点滴に繋がれたままの小林。
彼はベッドの上で、血が流れるまで唇を噛みしめ、警視正やわたし、ひなに過去にあったことを証言しだした。
「アイツ、最初は俺に自慢していたんだ。薬を飲んで訓練するたびに、どんどん『力』が増えていたって。正樹は、俺よりも弱かったのに、どんどん強くなっていて……。でも、途中からおかしくなったんだ」
兄弟のように一緒に育った同胞に起きたことを、小林は苦し気な表情で語る。
「いつしか、正樹は傲慢になっていったんだ。自分は神代院家の私兵なんかでは終わらない。帝都安全保障省の中で成り上がって、いつか日本のオカルト界で最強になってやると言い出した。その時、俺に見せてくれたんだ。この薬が、自分を強くしていったんだと」
小林の視線は、点滴が刺さった己の腕を見る。
わたしは、そこに深い悲しみを感じた。
「そこで、例の薬の存在を知った訳ね」
「はい、美穂さま。正樹から、保障省が何処の製薬会社から買っていることも聞きました」
小林の口から、語られた製薬会社。
「元」帝都安全保障省長官の実家が大株主だったもので、そこの重役にいたのが、これまた邪神「奈良原」。
現在は、厚労省の立ち入りや薬事法違反などで、主要役員らは全員逮捕。
既に倒産し、会社としては存在していない。
……「元」長官さん、まだ裁判中で東京拘置所。奈良原に裏切られたのが、よほどお怒りなのか。「奈良原が全部悪い」としか証言しないんだとか。まあ、その通りなんだけど。
「そして、運命の日。あの事件の一週間前ほど。正樹からわざわざ電話があったんです。それまではSNSでのメッセージばかりだったのに」
小林の元にあった、家族ともいえる友人からの電話。
それは、横で聞いているわたしにとっても、衝撃的だった。
「アイツが言ったんです。『俺は生まれ変わる。もう声を聴くのも、これが最後かもしれないって』って」
「それは、魔神兵への改造直前の言葉だったのかや? もう人では無くなるからと……」
思わずひなが聞いてしまうくらい、小林の声に悲しみや悔しさがあった。
「おそらくは……、ひなさま。今思えば、あの時の正樹の声は震えていました。それまでの傲慢さはなく、以前の正樹のまま。でも、震えていたんです。最後には、涙声になって……」
再び唇を噛みしめ、口元から血を流す小林。
わたしは思わず彼に駆け寄り、口元にハンカチを当てた。
「あ……。すまない、綾香どの。正樹の事を思い出すと、つい感情的になってしまって……」
「いえ。それは当たり前です。彼を殺してしまったかもしれないわたしが言うのもなんですが、最後に小林さんの声を聞きたかったのかもしれませんね?」
わたしの言葉に、小林はうつむいてしまう。
殺した相手に慰めの言葉など貰っても、心が痛むだけだろうから。
……言わなきゃよかったのかな。
「……。綾香どの。先ほども申しましたが、俺は貴女が正樹を殺したことは許しません。……ですが、」
小林は顔を上げ、私の眼をはっきりと覗き込みながら、言葉を続けた。
「もう貴女を恨むことは辞めました。だって、今もアイツの事を思って、貴女は泣いてくれているのですから……」
「え!? あ、いつのまに……」
わたしは、自分の頬を流れる涙に気が付いた。
いつからだったのか、わたしは泣いていた。
「お姉さまは、泣き虫のお子ちゃまじゃからのぉ。前も悪霊になりかかった老婆に同情して、大泣きをしたのじゃからな」
ひなは、わたしの後ろに立ち、いつもとは逆に泣き虫なわたしの頭を撫でてくれる。
「もー、ひなちゃんってば。わたしの方がお姉ちゃんなんだよぉ」
「じゃが、今はお姉さまの方がお子ちゃまなのじゃ。また、ちゃん付けかや? しょうがない綾香じゃのぉぉ」
まるでキヨが話しているみたいに、まだ涙が止まらないわたしを言葉と身体でぎゅっと包んでくれるひな。
その暖かさに、わたしの涙はさらに激しくなってしまった。
「うわぁぁぁ。ごめんなさぁい。わたし、殺したくなかったのに! 助けられなくて、ごめんなさい! わだし、わたしぃ……」
感情の波が止められず、ひなに抱きつき、泣き続けてしまう。
「綾香ちゃん、随分と無理してたのよねぇ。小林、そういう訳だから……」
「ええ、美穂さま。俺は、もう綾香どのを責めません。俺も自分の弱さで失敗をし、もう少しで家族を……。仲間を殺すところでした。それを止めてくれて、ありがとう」
小林からの感謝の言葉を聞き、わたしの涙はさらに止まらなくなってしまった。
「うぁぁぁあぁ! ひなちゃぁぁぁぁん!」
「はいはい。まったく困ったお姉さまじゃ」
抱きしめてくれるひなも、涙声だった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ぐすん。もう、大丈夫だよ、ひなちゃん」
「また、ちゃん付けかや? もう、今日のお姉さまはしょうがないのじゃ」
やっと涙が止まり、ひなから貰ったハンカチで涙をぬぐうわたし。
ひながぽんぽんと背中を撫でてくれる。
「小林、ごめんなさいね。ウチの泣き虫が大泣きしちゃって」
「いえいえ。俺も泣きましたから、お相子です。さて、話の続きをしましょう。ここから先。薬物の入手について。実はマトリには話していない事があります」
まだ涙の余韻に漂っているわたしをひなに任せ、警視正は聴取を再開する。
すると、小林はマトリに話していない薬物ルートの話があると言い出した。
「え!? それはどういう意味かや?」
「少し前まで俺は、まだ綾香どのを恨んでいた。復讐すら考えていた。だから正直、薬物を配っている組織がどうなろうと知ったことではなかった」
とつとつと話し出す小林。
しかし、彼の顔に先程までの暗い顔では無く、薄く笑みが戻り、わたしに対しても苦笑気味ながら微笑んでくれた。
「だが、綾香どのも苦しんでいた事がわかり、彼女を恨むのは筋違いと分かりました。そして本当の敵。正樹を怪物にしたアイツらを放置できなくなりました」
小林の眼は、もう過去ではなく未来を見ている。
そんな感じがした。
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