第20話(累計 第93話) 迷いを断つ刃
神代院家の訓練場。
わたしとひなが駆る守護鬼神<無銘>とキヨの鬼神<シュラ>が模擬決闘をしていた時。
突然、神代院家の警備兵である小林が叫ぶ。
自分が召喚する鬼神で、わたしを倒すと。
「いでよ、<ルシフェル>!」
己の噛み破った親指で地面に何かの術式、おそらくは召喚陣を書いた小林。
彼の叫びと共に、彼の前に描かれた陣から六枚羽の生えた巨人が現れる。
「我と同化し、門前の悪鬼を倒すのだ」
そして、小林は己の呼び出した巨人の背中に飛び乗った。
「小林!? いつのまに、このような呪力を身に着けたのだ? 同化など辞めよ。元に戻れなくなるぞ?」
「キヨさま。もう、俺はこれまでの弱い者ではない。神代院家最強の存在として、家を乱し多くの同胞を。家族を屠った、その小娘を倒す!」
キヨの制止を聞かず、ずぶりと己が呼び出した守護鬼神の中に潜り込む。
「ひな。これは手ごわくない? 姿も妙に神々しいんだけど」
「最強の天使の名前を使うとは、おこがましいのじゃ」
能面のような仮面をつけ、六枚の羽根を持つ巨人。
その手に持つ長剣を<無銘>に突きつけ、叫ぶ。
「小娘、死ねぇ!」
「小林さん。この機体には、ひなも一緒に乗ってます。ひなに何があれば、神代院家も困る事になります。おやめください」
……ひなちゃんまで巻き込むとは、もう正気じゃないわ。薬の影響かしら?
「そうだ!お前は、ひなを傷つけるつもりかや?」
「う、うるさい! ひな様も居なくなれば、俺が最強だぁぁ!」
わたしの叫びやキヨの声も聴かず、小林は問答無用と<無銘>に飛びかかってきた。
「そんな事はさせぬ!」
間に割り込んでくるキヨの守護鬼神<シュラ>。
六本の腕で<ルシフェル>の上段からの斬撃を受け止めた……かに見えたのだが。
「なんとぉぉ! アタシの守護鬼神が!?」
しかし、剣の勢いが止めきれず、一撃でキヨの守護鬼神は両断。
あっというまに霧散してしまった。
「つ、次こそは。小娘、死ねぇ!」
「うわぁ」
再び振り下ろしてくる両刃剣を、なんとかステップバックして避ける。
しかし<ルシフェル>は、なおも前に踏み込んで、横凪の斬撃を繰り出してくる。
「くぅぅ!」
「綾香さん!」
「あやっち、危ない!」
わたしは、仕方なく刀を当てて斬撃を受け流す。
結衣や葵の悲鳴も、鬼神の集音マイクごしに聞こえる。
……どうしよう? 守護鬼神だけなら容赦なく斬り倒せるけど、中に人が。奈良原に踊らされた可哀そうな人がいるの! それに、わたしが殺した人たちの仲間で……。
モニター越しに見える敵。
わたしには、彼に容赦なく刃を振り下ろす気がどうしてもおきない。
この人は奈良原に騙され踊らされた被害者。
でも、それだけではない。
わたしが斬り殺してしまった人たちの遺族であり仲間。
恨まれてもしかたがない理由もある。
「お姉さま、どうしたのじゃ? いつもなら、敵を斬り倒すはずなのじゃが?」
「わたし、戦いたくないの! この人は、騙されて操られて、苦しんで悩んで、悲しんで……」
……殺したくない! わたしを恨むのが当然な人を返り討ちにするなんて……出来ない。
「綾香! 相手はお前らを殺す気だ。敵に同情して躊躇などするな」
「ひな、綾香。こやつはもう正気ではない。 アタシは、しばし鬼神を呼べぬ。代わりに小林を殺せ!」
「お二人とも、それは過酷すぎますわ」
「あやっちに、これ以上酷い事をさせるなよぉ」
祖父もキヨも、容赦するなというが、手足が動かない。
二人の友人は、わたしを庇ってはくれるが、祖父らの言葉にも一理はある。
なぜなら、小林にはわたしを恨む理由がある。
彼は、殺気だけでなく正統なる恨みをぶつけてくる。
「きゃ!」
「死ねぇ! 死んで、殺した同胞へ償え!」
無茶苦茶に振るう剣をかいくぐり、なんとか避けるが、どんどん追い詰められていく。
「もう逃げ場はないのじゃ。お姉さま、戦うのじゃ!」
背後には沢山の木々が並ぶ林。
<無銘>の身体では木々の間を逃げるのは無理。
「追い詰めたぞ、小娘。さあ、死ね。今、死ね。さっさと死んで、罪を償え!」
「きゃぁぁ! キヨさま、なんとかならないのですか?」
「爺さんも孫のピンチに何してるんだよ!」
呪詛の言葉を吐き続ける小林。
能面のような鬼神の顔が、コクピットの奥にいるわたしをにらみつける。
そんな様子に、見ているだけのキヨと祖父に結衣と葵は文句を言う。
「……嫌なの。わたし、あの人。小林さんを殺したくない……」
死が刻々と迫る中、それでも、わたしは逃げることしかできない。
「お姉さまのバカぁ! 此方を守るために、幾人も切り払ったお姉さまは何処にいったのじゃ!? 殺せとは言わぬ。斬り倒して、悪夢から救い出せば良いだけなのじゃ!」
「でも、でも……。どうしたら……」
「そんな悲しい顔をするでないのじゃ! 此方が尊敬するお姉さまなら、小林を救うために刀を振るうのじゃ。今、小林を救えるのはお姉さまだけなのじゃ!」
わたしが途方にくれたとき、背後に座るひなは叱責と希望の言葉を告げてくれた。
「え?」
「いつも此方は、優しいお姉さまに守られてきたのじゃ。今度は、此方がお姉さまを守る番。お願いなのじゃ!! お姉さまは、心のままに刀を振るうのじゃ!」
「……うん! わかったわ、ひな」
ひなの言葉は、わたしの中にするっと入る。
何より、今戦っているのは、わたしだけではない。
ひなの命も一緒に背負っているのだ。
「ふぅぅ……」
「死ね」とばかり叫んで、何故か攻めてこない小林。
こちらを舐めているのか、恐れているのか。
よく見れば、鬼神は息も荒く肩で呼吸しており、かなり無理がたたっているようにも見える。
実際、鬼神の身体は各先端部から煙を上げ、崩れ始めていた。
……これ、早く倒さなきゃ。小林さん、薬の反動で死んでしまうかも。
わたしは大きく深呼吸をし、見開いた眼でもう一度、敵鬼神を「視た」。
……すごく強そうだけど、何か無理やりつなぎ合わせた感じがするわ。今にも崩れそう。……あ!? 術の繋ぎ目が見えた。あの人も切り離せる!
「ありがと、ひなちゃん。小林さんを殺さずに敵を倒せる方法が見えたわ」
「それならよかったのじゃ。それと、ちゃん付けをまたしたのじゃぁ!」
「あ、ごめん。ひな、貴女が可愛いくて、大好きなんだもの」
わたしは、思わず笑みを浮かべる。
こんな命のやりとりをしている時でも笑える。
それは、ひなのおかげだ。
「はぁはぁ。ど、どうした? 怖気ついて逃げるのも忘れたか? なら、小娘よ。死ねぇぇ!」
しびれを切らした小林。
大きく息を吐いた後、鬼神の六枚羽を大きく震わせ、飛び掛かってきた。
「綾香!」
「ひな!」
「綾香さん!?」
「あやっち、ひなっち!」
周囲から悲鳴のような声が響く。
でも、わたしは、もう怖くない。
なぜなら、ひながずっと一緒だから。
「はぁぁ!」
極限の集中。
その瞬間、視界から色が消え、音すらも遠ざかる。
世界がスローモーションのように、ゆっくりと動く。
木々から落ちる木の葉の動きすらも、まるで止まっている様。
……ここ! 見切った!
ゆっくり迫ってくる両刃剣を、わたしはすらりと回避。
振り下ろしてきた鬼神の右腕。
そこにある術式の継ぎ目に向かって、刀を軽く振るった。
「ぎ、ギャァァァ!」
腕が剣を持ったまま斬り飛ばされ、ドサッと地面に落ちる。
その瞬間、再び視界に色が戻り、腕が地面にぶつかる音と、小林の放つ苦痛の悲鳴がわたしの耳に届いた。
「い、今の動きは何なのじゃ? 此方には全く見えなかったのじゃ? もしや、お姉さまは自分で加速呪を使えるのかや?」
「はぁはぁはぁ。どうなんだろう。でも、全部の動きが一瞬遅くなったわ」
モニター越しに、鮮血を噴き上げる右腕を抑えながら苦しむ小林の鬼神を見ながら、わたしは呼吸を整える。
過集中の反動が来ているが、まだ戦闘中。
絶対に負けられない、そして命を救うための戦い。
こんなところで、立ち止まってなんていられない!
「小林さん。わたし、死んでいる暇なんてないんです。なので、負けません。貴方を地獄から救うために、倒します!」
わたしは、高らかに宣言する。
負けてなんてあげないと。
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