第18話(累計 第91話) 刃の向こうにあるもの
八月第一週、土曜日。
祖父の運転する軽自動車で、ひなの家。
神代院家に向かっているわたし達。
四人ぎっちりだが、誰もが大柄ではないし三人は女の子なので、車内は比較的ゆったりだ。
「おじい様、乗り合わせさせて頂き、ありがとうございます」
「いやいや。綾香が世話になっているからな。このくらいはお安い御用さ」
運転する祖父に対し、後部座席に座る結衣は丁寧な礼を告げる。
「お爺ちゃん、顔赤くなってない? 結衣ちゃん、美人さんだからねぇ」
「あやっち、お爺ちゃんをからかったらダメだって。あ、アタシも送っていただき、ありがとうございます」
助手席のわたしは、若い子に感謝されて気恥ずかしい様子の祖父に突っ込み、葵はわたしを窘める。
「こら、綾香! お前も結衣さんを見習って少しはおしとやかになれよ」
「えー! わたし、剣士やりながらお嬢様は出来ないって」
口は災い。
さっそく祖父に言い返されるわたし。
とはいえ、服装から座る姿まで華麗な結衣のようなお嬢様に、一朝一夕でなれるはずもない。
……立派な剣士になるのも同じく、一朝一夕では無理なんだけどね。
「うふふ。綾香ちゃんは、今のままでも十分魅力的ですわ。このまま素敵なサムライ・レディになってくださいませ」
「ゆいっち。それ、フォローになってないよぉ」
「もー。皆で、わたしをオモチャにしないでぇぇ」
わたしは平穏な日常を噛みしめ、四人を乗せた軽自動車は雲一つない夏の空の元、快適に目的地へと向かった。
◆ ◇ ◆ ◇
神代院家の門前にいったん停車した軽自動車から降りたわたし。
いつも通り、門扉横にあるインターフォンのボタンを押し、名乗る。
「こんにちわ。橘です」
……あれ、反応が無いなぁ?
普段なら応答がすぐにあって、大きくて分厚い木製の屋敷門が開くのだが、今日に限って開く気配が無い。
ここ数回は殆ど顔パス状態だったため、わたしは不思議に思う。
「おかしいなぁ。すいません、誰かいらっしゃいますか?」
幾度かインターフォンのボタンを押すが反応はない。
門の上にある監視カメラを見上げてみるが、動作確認用のLEDは灯っており、レンズの向こう側に誰かの視線を確かに感じる。
……扉の向こうにも、人の気配があるんだけど?
数分ほど無音が続いた後、門の向こうでドタドタという物音が響いた。
「あれ? どうかされたのですか? いつもと対応が違うのですけど」
門扉が開き、慌てて出てきた黒服のお兄さんに、わたしは尋ねる。
「申し訳ありません、橘さま。門番をしていた係員が、粗相を致しまして。こら、小林。まだ、このお嬢さんに負けたのを根に持っているのか?」
長身のお兄さん、わたしに謝りながら、横にいる大柄な男性を叱る。
叱られている彼をよく見れば、最初に神代院家に来た時に襲ってきたのを、わたしが返り討ちにした男。
先日よりは、顔色も良くない気がする。
眼の下に濃い隈も見える。
……あの時は、簡単に怒るくらい血気盛んだったよね。今は何か不健康そうで嫌な感じがするわ。
「で、ですが。彼女は神代院家の秩序を乱す存在。その上に、俺の同僚。家族たちを沢山殺した……。橘! オマエは覚えてないだろう! 俺は絶対に忘れはしない。一緒に酒を飲み交わした仲間たちが。一緒に育ってきた家族が、オマエに斬り殺されたんだ」
「あ!? それで、最初からわたしに突っかかってきたの?」
小林という男が、最初からわたしに対し敵意を示していた理由。
帝都安全保障庁の庁舎ビルでの戦闘。
神代院家での保守派が多数、奈良原の甘言に操られて魔神兵となっていた。
そして、幾人かはわたしによって斬り倒された。
「そ、そうだ! お前さえ、お前さえ居なければ……」
歯ぎしりをして悔しそうに唸る小林。
確かに同僚の仇を見れば、怒りを覚えるのも分からないでもない。
わたしは、自分の手を思わず見てしまう。
多くの命を奪った血濡れた手を。
あの時、彼らを斬らなければ、警官や自衛隊員のお兄さんたちが。
そして多くの罪もない一般人が多数死んでいた。
敵を斬り殺した事は、後悔はしていない。
それで、ひなや警視正、仲間たちを守れたから。
しかし、命を奪った事を忘れた夜は一切無い。
彼らの屍の上、わたしは生かされているから。
……でも、小林さんの仲間を斬った事実は変わらないわ。
しかし泣きながらも狂気じみた視線で睨みつけてくる小林に反論できず、わたしは唇を噛みしめ押し黙ってしまう。
「おいおい! 聞いてりゃ、あやっちに酷い事言いやがって。邪神に騙されたってのは可哀そうだと思うよ。でもね、あやっちは、アタシや他の皆を守るため、刀を振るったの。自分が血濡れるのを知ってても!」
「そうですわ。大の大人が見苦しいですの。戦場で命の取り合いをするのは、しょうがありません。生きるため、背後の無垢な命を守るため、綾香さんは戦い生き残った。それまでの事。それ以上でも、それ以下でもありません。第一、綾香さんはいつも奪った命の事を忘れたりしていません」
何も言えないわたしに変わって言い返してくれる葵と結衣。
「そこの男。小林と言ったな。俺の孫娘が斬ったのはお前の仲間だったかもしれねぇが、人間じゃ無かった。邪神に操られた化け物だ。恨むべき、倒すべきは邪神。俺の孫娘を恨むのは筋違いじゃねぇかい?」
普段ならわたしを窘める祖父ですら、わたしを庇ってくれる。
「ありがとう、皆……」
皆の言葉に、わたしは大粒の涙をこぼしてしまった。
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