第17話(累計 第90話) 黒幕まで届かぬ刃
七月末、朝から夏の太陽が厳しく、セミの鳴き声が都会の喧騒に負けず響く頃。
月曜日八時半ば、都内雑居ビルにある大手予備校の本社。
まもなく夏期講習が始まる時間帯。
そこに沢山の男たちが集う。
誰もが緊張した表情をし、一部の者は折りたたまれた段ボール箱を多数抱えている。
彼らは予備校入り口のインターフォンの呼び出しボタンを幾度も押し、応答がないとみれば更にドアがどんどん叩く。
「おはようございます。おはようございます、誰かいらっしゃいますか? すでに出社なされていることは確認しています」
「すいません。まだ開校前の時間なのですが、どういったご用件なのですか?」
既に出勤していた女子職員。
あわてて、施錠されている扉の向こうからインターホン越しに尋ねる。
「私共、警視庁刑事部薬物銃器対策課。及び厚生労働省、関東信越厚生局麻薬取締部の者です。御社に対し、東京地方裁判所より捜索差押許可状。いわゆる家宅捜査令状が発行されております。また、御社の社長及び講師に対し、任意同行をお願いしたく参りました。早くドアを開けていただけませんでしょうか?」
警官たちからの応答を聞き、インターフォンのカメラより裁判所発行の令状や警察手帳を見せつられ、まだうら若い女性職員は悲鳴を上げた。
「そ、そんなぁぁ! 社長、社長。け、警官が沢山、来ています!!」
「なんだとぉ!」
◆ ◇ ◆ ◇
8月に入るも、まだ事件の痕跡を消す改装工事中の母校。
例年であれば夏季特別授業もあるのだが、工事中という事もあり今年は自宅学習。
いつもより多めの課題が与えられ、苦戦していたわたしは結衣に頼んで、葵、ひな共々学習会を開いてもらっている。
……結衣ちゃんのお家なら静かで空調も万全。その上、セキュリティも万全なので、マスコミに目をつけられているひなちゃんを連れてきてのも安心なの。
そんな中、算数のドリルに苦戦していたひな。
鉛筆を放り投げて、突然叫んだ。
「宿題が多すぎるのじゃぁ!! その上、家宅捜索も空振り。また、奈良原まで辿り着けなかったのじゃぁ!!」
既にテレビでニュースも報道されており、先輩に薬を配った講師は逮捕された。
しかし、そこから先の黒幕までの情報が途切れているのは、まだ未発表情報だ。
予備校経営の社長は、ただの雇われ。
予備校内からは、違法薬物の現物も取引情報も出ず。
予備校自体は今回の事件とは、ほぼ無関係だったというのは警視正からの情報。
……予備校の親会社に奈良原は繋がっていた様だけど、その程度。また別のルートがあって、そっちから講師に薬物が降ろされていたみたい。
「ひなちゃん。今日は夏休みの宿題を片付ける学習会です。気になるかとは思いますが、事件の事は後でごゆっくり聞きますわ」
「ひなっち、うまく事件が解決しなかったのが悔しいのは分かるけど、話す場所を考えよーね」
そんな困ったちゃんのひなを、結衣や葵は慰めつつも、発言内容に苦言を呈する。
「結衣ちゃん、葵ちゃん、ごめんね。あともう一歩で、黒幕まで一網打尽に出来そうだったのに、うまくいかなかったの。それが悔しくて、ひなが漏らしちゃった」
事件の捜査情報は、基本守秘義務の範囲。
母校での事件では現場にいて、わたしやひなの事情を全部知ってくれている二人とはいえ、警視正から許可をもらわずに話せる内容ではない。
……けど、ここまで話しちゃったら簡単に事情説明はしなきゃね。後で、警視正にもお話しなきゃ。
「ひな、守秘義務違反だよ?」
「それでもなのじゃ! 此方、悔しくて悔しくてたまらんのじゃぁ! 下っ端犯人を捕まえたくらいでは、失われた命。悲しんだ人々が報われないのじゃぁぁ!」
わたしも注意するのだが、すっかり憤っているひなは更に吠える。
……わたしも憤慨はしているんだけど、今は何もできないの。
「ひなちゃん。貴女の悲しみ、憤りは理解しますわ。ですが、捜査や逮捕に関しては、大人の方に任せるしかありません。今は雌伏。しばし我慢の時。必ず、悪人を成敗できる日は来ますわ」
「ひなっちとあやっちなら、悪い神さまにだって負けたりしないって。だから、もうちょっと待とうね」
「むぅぅ。お姉さま方が、そうおっしゃるなら、此方辛抱するのじゃ。奈良原めぇ。次に会うた時こそが、お主の最後なのじゃぁぁ! ぎったんぎったんにしてやって、土下座させてやるのじゃぁぁ!!」
なんとか我慢することにしたひな。
おそらく今回も背後にいるであろう奈良原に対し、怒りをぶつけていた。
……わたしも、次こそはあの邪神を打ち倒してみせる!
「そういえば、ひなっち。前にも話してたけど、あやっちと一緒にロボを操縦しているんだって?」
「そうなのじゃ! 守護鬼神を有人操縦型にして、綾香お姉さまと一緒にパイロットしておるのじゃ!! 名前は<無銘>、綾香お姉さまが名付け親なのじゃ」
葵は、わたしに対してウインクをしながら、話題を変えてくれる。
結衣も苦笑しつつ、勉強を一区切りして、執事の方にお茶の準備を連絡してくれた。
……二人とも、ありがと。ひなちゃん、まだまだお子ちゃまで感情コントロールが苦手なのよね。
「あやっち。どんな感じで操るの? ゲーセンのロボゲームみたいに操縦桿をガシガシ動かすのかな?」
「そうねぇ。思考制御っていうか、こう動かしたいと念じながらスティックやへダルを操作する感じかな?」
わたしは葵に、身振り手振りで動かし方を説明する。
「それは面白そうですわ。見せていただいたお写真では、その<無銘>さま。勇猛果敢な鬼武者という趣でした」
守護鬼神<無銘>については捜査情報でもなく、ひなの呪術についてよく知っている二人に対しては話題にしても良いもの。
ひなは、何度も<無銘>について自慢げに話していた。
「そんなカッコいいのなら、アタシもこの目で見てみたいなぁ」
「ええ、わたくしも後学のためにお目にかかりたいです」
二人とも、ひなを喜ばせるためか、<無銘>を見たいという。
……いや。葵ちゃんは素で見たいんじゃないかしら? 弟さんとロボアニメ見ているって聞いたことあるし。
「そうじゃなぁ。では、今週末にでも神代院家に来るかや? 皆にひいお婆さまを紹介するのじゃ!」
「いいの、ひな? 陰陽寮の本家に関係者以外を呼んで? 普通、呪術の本家って秘密にするものだけど……」
気軽に結衣たちを家に呼ぶというひな。
わたしは、大丈夫かと心配になってしまった。
「結衣お姉さまも葵お姉さまも、此方のお姉さま。既に関係者なのじゃ! さあ、早く宿題を片付けて遊ぶのじゃぁ」
さっきまで怒っていたのに、今度は機嫌よくなって宿題にとりかかるひな。
その様子にわたしは、結衣や葵と顔を見合わせ、笑ってしまう。
「何がおかしいのじゃ、お姉さま方。早く宿題を片付けるのじゃ!」
「はいはい」
血濡れた事件で始まった夏休み。
まだまだ楽しめる事はありそうだ。
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