第16話(累計 第89話) 切り捨てられなかった想い
警視正からの報告を受けた翌々日。
わたしとひなは、警視正に連れられ、毎度お世話になっている小児総合病院に来ている。
……ここに事件関係で来るの、何回目かしら? 今度は、入院せずに事件を解決できたら良いけど。
病院への来訪目的。
それは、『血の終業式』事件で、唯一生存している被疑者。
三年生女子の先輩と面会、直接話を聞くことだ。
……高校三年生ともなれば、普通の総合病院に行っても問題ないんだけど。今回は病院側がオカルト案件に慣れているのと、マスコミから彼女を守るために、超対室と縁深いココにしたんだって。
内科病棟の奥深くにある特別個室。
入り口で監視役をしている女性警察官に挨拶をして、わたし達は病室に入る。
少しリクライニングを挙げたベッドには、点滴を受けている入院服姿の一学年上の先輩がいる。
彼女の横には、先輩と似ていて憔悴した表情の中年女性がおり、病室に入ったわたし達に頭を下げた。
……もう大丈夫そうね。魔神に憑依されかかったときは、ヒトの眼じゃなかったもの。付き添いは、お母さまかしら?
戦っていた時は、結っていた長い髪を振りほどき、白目が真っ赤になって狂気じみた表情だった彼女。
今は、以前学校で見たときと同じ。
華奢で大人しい雰囲気の女性に戻っていた。
「違法薬物に頼るような馬鹿なわたしを助けてくれて、ありがとう。橘さん」
「ニュースでお見かけした貴女が、娘を助けて下さったのですね。本当に、ほ、本当にありがとうございました」
「いえ。今回は先輩がご自分を完全に失わなかったから、わたしが間に合っただけです。お母さまもお顔を上げてください」
先輩からだけでなく、おろおろと泣いているお母さまからも感謝されるわたし。
しかし、素直に二人の気持ちを受け取れないのは、自分の力不足を感じてしまっているからか。
……全員助けたいって思うのは、傲慢かもしれないけど……。でも、わたし。自分の『手』が届く範囲くらいは守りたいな。
「わたくし、警察庁にてお嬢さまの様に異界存在により被害を受けた方々を保護する部署。超常犯罪特別対策室の長であります、倉橋と申します。こちらの二人は、ニュースでも御覧になられましたでしょうが、わたくしの部下です」
警視正は自らの身分を名乗った後、名刺をお母さまに渡す。
そして、わたし達の事も簡単に紹介してくれた。
……まあ、ニュースとかで、有名人になっちゃったものね。警視正だけでなく、わたしもひなちゃんも。
「お母さま、今は大変かと思います。ですが、お嬢さまの処遇につきましては、同じ娘を持つ親として、わたくしが出来る限りの事をさせて頂きます。お嬢さまは被疑者ではありますが、被害者でもありますから。何かありましたら、わたくし宛に連絡をください」
そして、真剣な表情で奈良原の犠牲者でもある彼女を救うとお母さまに告げた。
その様子に、わたしはひなと顔を見合わせ、にっこりと笑みを浮かべた。
「お嬢さま、まだ病み上がりで大変だとは思いますし、同じことを何回も聞かれているとは思うのですけれど、わたくし達にもお話してくれないかしら?」
そして顔を先輩に向け、聴取を開始する。
……既にマトリ、厚生労相の麻薬取締部から来た麻薬取締官や警視庁の少年事件課からの捜査員の取り調べは行われていると、警視正から聞いているわ。
「はい。わたしにお話できることなら、何でも。こんな事で、わたしが多くの人を傷つけた罪を償うことにならないと思うんですが……」
「では、最初に。お苦しい事からお聞きしますが、お嬢さん。どうして違法薬物に頼る様な事をしてしまったのですか?」
しおらしい彼女に、警視正は尋ねる。
本人にとって一番言いにくいだろう事。
薬物に頼った原因から。
……まず本人の口から動機を語ってもらう。そこから見えるものもあるんだろうね。
「わたし、今年大学受験なんですが、最近は成績が伸び悩んでいて、両親に頼んで予備校に通っていたんです」
「分かります。わたしも、学業と仕事、そして修行の両立に悩んでいます。一年後には、先輩と同じ立場になりますし」
三年生となれば、受験が近づいてくる。
色々、忙しいわたしも決して他人事じゃない。
「でも、橘さんは立派よ。わたしみたいに自分の事だけでなく、これまでも沢山の人を救っているのですから」
「そうなのじゃ! 綾香お姉さまは、凄いのじゃ」
話しやすくなるように、わたしも自分の事を言えば、苦笑しながら先輩は話してくれる。
……ひなちゃんも、可愛く愛想ふってくれるのには感謝。
「うふふ。橘さん、可愛い後輩さんが居て羨ましいですわ。さて、そんな訳で、思い悩んでしまっていたところに、予備校の先生から声をかけてもらったんです」
「貴女もそうなのね。学校でも聞いたとは思うのですが、近くの学校でも薬物汚染があったのよ」
……わたしとひなは知っているけど、母校でもあった薬物汚染は予備校の友達からだったの。
「予備校の先生も、他の学校の生徒にも薬を紹介していたと話していました。そして薬を飲むと、実際に頭がすっきりして集中力が上がったんです。テストの点数も上がりました」
「集中力が上がる薬自体は医療にもあります。でも、お医さまの診断なしに勝手に飲むのは危険。既に体験なさっているので、ご存じかと思いますが、あの『薬』は脳をクロックアップ。霊的能力すら無理やり開放してしまうので、そこを狙われたのですわ」
「そうだったのですね。わたしは、娘がそんなに悩んでいたのまで気が付かずに……。主人も成績だけを気にして、娘に声を掛ける事が減っていて……。最近は家族全員、夕食も別々で、娘が部屋に籠る事が増えていたのに、わたしも主人も気が付かず」
先輩の家、それなりに裕福な中流家庭だったそうだが、家族間の会話が少なかったとお母さまが後悔していた。
「そこは、母さんに話せなかったわたしが悪いの。もっと、父さんや母さんに話せていたら、こんな事には……」
「先輩、それは違います。悪いのは悩んでいる人を利用した人たち。お母さまも、お父さまも同じ。これからは、皆さん一人で抱え込まないでください」
わたしは、思わず他所の家族関係に口出しをしてしまう。
一番悪いやつが罰せられずに、騙された人が苦しむのを見ていられないから。
「綾香ちゃんのいう通りです。今は、ご家族の関係を修復し、お互いに癒し合ってください。罪を償うにしてもそれからです」
警視正も、わたしの発言を肯定し、先輩の家族を慰めていた。
「母さまのいう通りなのじゃ。一番悪いのは予備校の講師。早速、捕まえに行くのじゃ!」
「ひな、慌てないで。既にマトリが逮捕準備をしているの。捜査権や逮捕権はわたくし達に無いのよ」
「うふふ。本当に可愛らしい子。警視正さん、橘さん、そしてひなちゃん、ありがとう」
ひなの暴走に対し、頭に手をおいてぽんぽんと制止する警視正。
そんな微笑ましい様子を見て、先輩もお母さまも笑みを浮かべていた。
……ナイス、ひなちゃん。
その後も、先輩が薬物使用の切っ掛けや薬物の出どころ、魔神の召喚方法について話してくれた。
「先輩。もう貴女は一人ではありません。わたしも微力ながら、お話聞きますし、お母さまやご家族にも相談なさってくださいね」
「ありがとう、橘さん。もう、同じ失敗はしないわ」
病室を出る際、先輩は弱弱しくも笑顔を返してくれた。
「お姉さま、先輩さんの笑顔を守れたのは良かったのじゃ!」
「うん。ひな、ありがとう」
今回の事件、悲しい事も多かったが、最後に幸せを一つ守れたのは良かったと、わたしは思った。
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