第5話(累計 第78話) 守る覚悟を斬り問う
わたし、警視正、和也の三人が案内されたのは、大きな和室。
青い香りがまだ残る新畳が、広座敷いっぱいに敷き詰められている。
向かって南側には濡れ縁があり、その先には見事な手入れをされた池付きの日本庭園。
苔むした青い庭石が、とても美しい。
障子窓が開かれた庭からは、涼し気な風が入り込み、冷房が無くても快適さを感じる。
「ふぅ。冷たい日本茶が美味しい季節になったねぇ。さあ、遠慮せずに飲みなよ」
給仕役の和風メイドなお姉さんが、ガラスカップに入った冷たい日本茶と茶菓子を、それぞれに配ってくれる。
キヨは、大きな座敷机を挟んでわたし達の対面。
床の間に飾った見事な山水の掛け軸をバックにした上座。
分厚い座布団付きの座椅子に背筋を伸ばして座る。
毒味とばかり、先に上品なしぐさで茶を飲んでいる。
……一切、攻め込む隙が無いわ。お茶を飲むときも視線をわたしから一切離さないの。
玄関口でのケンカを修めてくれ、なおかつ警視正やひなの先祖筋にあたる女性。
間違ってもわたしから攻撃をするつもりはないが、その隙の無さに感服する。
「毒でも入っているのかと怪しんでいるのかい? 孫や曾孫の関係者に毒盛るほど、野暮じゃないよ。さっきから嬢ちゃんはどうやって、アタシを攻略しようかと見ているようだけどね」
……うわぁ、見透かされちゃてる。流石は、ひなのひいおばあさん。
「申し訳ありません、キヨさま。玄関口で暴れた反動でしょうか、気が高ぶって、ご無礼をしてしまいました」
謝罪し、茶を口に運ぶ。
高級な玉露の甘味と上品な渋みが見事にマッチした茶。
一瞬感動するも、今日は茶を飲みに来たのではないと思い直す。
……飲みなれているだろう警視正は普通の様子だけど、和也さんも感動しているのは、面白いわ。
「ほう。この茶が気に入ったみたいだね。これは四国の山の奥、秘境の一品さ。銘柄を教えるから、後で家族への土産に買うと良いよ」
「ありがとうございます。お気を使わせて頂き、申し訳ありません」
にやりと笑みを浮かべ、お茶の銘柄について説明してくれるキヨ。
こう見れば上品な好々婆だが、時折見せる視線は鋭い。
「さて、茶飲み話はこのくらいにして、本題に入ろうか。美穂、アタシの力不足で、アンタやひな。多数の人々に迷惑を掛けた。すまない」
「お婆さま、もったいないお言葉にございます。わたしは孫とはいえ、今は家を出た身。それに、今は娘を保護して頂き、感謝しております」
話を切り直したキヨ、警視正に対し謝罪する。
その様子を見て、警視正も慌てて頭を下げた。
「いや、情けないよ。隠居したアタシじゃ武闘派どもの暴走を止められなかったからね。おかげで、ウチも被害が大きいよ。その上に、ひなをマスコミや社会から守れなかった。その為に、そこの嬢ちゃんに、ひどく恨まれているんだけどね」
「ひなちゃ、いや。ひなさんを社会の眼から守ってくれたのは、わたしも感謝しています。しかし、その後。ずっと『籠の鳥』。子どもを学校に行かせず、家に閉じ込めていい理由になんかなりません」
キヨはバツが悪そうな顔をするが、わたしは彼女を完全に許したわけではない。
現に、ひなをこの家から一歩も出させず、小学校にすら行かせていない。
そんなの、虐待と変わらない。
「嬢ちゃんは、手厳しいねぇ。しかし、まだマスコミはさておき、SNSとやらでは、ひなの事は話題になっているんじゃないかい? 今、表に出れば、たちまちひなは民衆の餌食さ。それとも、嬢ちゃんは、ひなに群がる人を全部斬ってでも、守ってくれるのかねぇ?」
「う! そ、それは……」
だが、わたしの子どもなワガママは、簡単に老婆に言い負ける。
わたしが、ひなに逢いたいというワガママで、今ここから連れ出せば、容赦なく社会の眼が、ひなに集まる。
魔法少女とでも、アイドルの様にもてはやされているうちはまだ良い。
「最初は可愛い可愛いと、世間もチヤホヤしてくれるだろうよ、我が曾孫は。でもね、いつ何時。社会の眼が、がらりと変わらんとも限らない。その手は、簡単に人を殺める事が出来ると知れた時。非難の眼から、ひなを守れるのかい?」
……わたしだけじゃ、ひなを守れない。もし手を汚してひなを守っても、絶対に元の笑顔をわたしには見せてくれないわ!
ズシンと、キヨの言葉がわたしに刺さる。
この家は、ひなを閉じ込める籠。
でも同時に、外敵から守る巣でもある。
「祖母ちゃん。さっきから偉く厳しい事言うんだけど、嬢ちゃんをあんまりイジメないでほしいねぇ。俺みたいな下品なチンピラにゃ、こんな上品な家のしきたりなんぞ、分からんし、分かりたくもねぇ。けどな、友達同士がお互いを思いあう気持ちを踏みにじるのは違うんじゃねぇかい?」
「か、和也くん! お婆さまになんて口を叩くの!? す、すいません。部下の管理が出来ず……」
なんと、落ち込んだわたしを庇うように、立膝になってキヨに文句を言う和也。
彼の様子に、警視正は顔を青くした。
「アンタ、異界の魔神と混ざっちまっているんだってねぇ。でもね、アンタくらいなら老いぼれたアタシでも、簡単に調伏。いや、消滅させれるんだぜ。大きな口を叩く覚悟はあるんだよねぇ?」
「和也さん、落ち着いてください。わたしやひなさんの為に、お兄さんが犠牲になる必要はないんですから」
ギリと歯を食いしばり、和也に殺気を向けてくるキヨ。
わたしは、急いで和也の前に手を伸ばし、キヨの殺気から和也を守った。
「くぅぅ。お、恐ろしいやぁ。さ、流石は姐さんのお婆さま。で、でもなぁ、小さな女の子を泣かせたままじゃ、俺も後には引けねぇ!」
一瞬ひるむも、魔力を身体から噴き出し、変身しようとする和也。
「辞めてよぉ、お兄さん。こんなところで、死んでほしくないわ!」
変身を辞めさせようと、彼にしがみつくわたし。
「こら、変身は辞めなさい!」
「ぎゃん!」
そして、警視正もチョップを和也の頭に叩き込んだ。
「あなた達、少しは落ち着いて。ふぅ、お婆さま。いい加減、わたくしたちを弄ぶのは辞めてくれませんですか? そこまでしてお試しになられないと、曾孫を預けるに相応しいと認めてくれないんですか!?」
そして苦笑しながら、キヨに対しわたし達を試す様な事は辞めてと言い出した。
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