第2話(累計 第75話) 揺らぐ刃
「綾香ちゃん、追い込んだよ!」
「はい、千代さん」
深夜の都内。
所々、LED街灯が照らす公園は結界が張られており、無人。
そんな中、わたしは四国から助っ人に来た狸娘らと一緒に怪異と戦っている。
……千代さん、動きが良いなぁ。ひななら、こんなには動けないかも。でも……。
戦っていてもわたしの脳裏には、ひなの事が思い浮かぶ
「綾香はん、あぶない!」
今度は狐娘、柚葉さんからの声。
「え!? あ!!」
気が付くと目の前に怪異。
熊モドキの巨体が立ち上がり、ナイフのような爪を振り上げていた。
「とぉぉぉ!」
振り下ろしてくる巨大な熊の右腕を急ステップで回避。
振りかぶった腕が地面に大穴を開けるのを横目に見ながら、向かって右側に回り込む。
漆黒の毛皮で覆われた横腹に刀を切り付ける。
「く。か、固い!」
まるで鉄の塊に切り付けたような感触が手に返ってくる。
しかし、手ごたえは十分あり。
「グギャァァァ!」
熊モドキの魔獣の咆哮が無人の公園内に響く。
そいつは、横腹から激しく流血をし、怒りに燃える紅い目でわたしを睨む。
「綾香ちゃん、余所見は危ないよぉ」
「ウチ、心臓が止まりそうになったんよ」
「ごめんなさい、お二人とも。ここで足止めします。支援をお願いしますね」
わたしの背後に、すらっと二人の乙女。
童顔な狸とクール系狐の獣娘が現れる。
二人とも、本来は四国地区担当。
今回は助っ人で来てくれた特対室捜査員。
人外の存在ではあるが、優しく可愛いお姉さん達だ。
「はいですぅ」
「はいな!」
ぱっと散り、三人で熊モドキを囲み込む状態に持ち込む。
「ふぅ。行きます!」
刀を肩に載せ、姿勢を低く。
地を這うような姿勢でダッシュ。
四肢を地面につけ、飛びかかる様子を見せていた熊モドキに切りかかる。
「グゥルゥゥ!」
「甘い!」
わたしへ向けて突撃してくる熊モドキ。
しかし、そこにはわたしは居ない。
「千代さん、ありがと」
「どういたしましてぇ」
熊モドキが襲ったのは、狸娘。
千代が生み出した幻影。
……今は、ひなの事は忘れて戦うの!
わたしは熊の背後に回り込み、今度は右後ろ脚に切りかかる。
「ギェェェ!」
予想外からの攻撃だったからか。
防御が薄かったため、かなり深くまで切り裂けた。
「後ろ脚の筋を切断できたかも!」
「上等や! 眼潰しするでぇ!」
今度は狐火が狐娘。
柚葉から放たれ、傷の痛みに苦しむ熊モドキの眼を焼く。
「キシャーーー!」
動きを止められ、眼を焼かれた熊モドキ。
無理やり立ち上がって、苦しみの咆哮を上げる。
「位置バッチリ! 行きますわ」
警視正の声が、通信機付きのバイザーから聞こえる。
次の瞬間、熊モドキの胴体に大穴が空く。
一瞬遅れて、血しぶきと共にズドンという低い音が周囲に響く。
「警視正、トドメ行きます!」
ふらつく熊モドキへと接近、右肩に担ぎ上げた刀を一気に振り下ろした。
「グヲォォォ!」
刃は袈裟懸け気味に黒くて分厚い毛皮を切り裂く。
切っ先は、心臓らしき場所まで達する。
噴水のような大量出血をした熊モドキ。
座り込むように、腰を公園の地面へと落とした。
「皆、離れて! ダメ押しします」
「はい」
警視正からの無線で、わたし達三人は熊モドキから距離を取る。
虚ろな目をした熊モドキ。
その顔が次の瞬間、はじけ飛んだ。
「対物ライフルってやつやね。警視正、すんげぇ武器使うんや」
「あれ喰らったら、わたし達は形もなくなっちゃいそー」
獣娘が賑やか気に倒れ伏した熊モドキを見ている。
「ふぅぅ。戦う時に考え事してたら危ないよねぇ」
愛刀をしばし一見。
刃こぼれが無いのを確認後、血振りしてから、鞘に戻す。
ぱちんと鯉口がなり、刀は戻る。
普段であれば、これで一安心。
……ひなが居たら、どんな戦い方になったかな?
しかし、わたしの頭にはひなの事が浮かび、心がざわつく。
「三人とも、お疲れ様。都内で熊騒ぎとかになってて困ってたの。この子、元は冬眠に失敗。『穴持たず』なツキノワクマ。荒神の祠に入り込んで、瘴気を浴びすぎたのね……可哀そうに。こんな場所に出てこなきゃ、わたしに撃ち殺される事はなかったのよ」
沢山の警官を連れ、大型ライフルのケースを抱えた警視正が現れる。
彼女は、自分が撃ち殺した熊モドキを、悲し気な眼で見降ろしていた。
警官隊は、道明の指揮で周囲の片づけや熊の遺体を回収している。
「……そうですね。こんな都会にまで来なきゃ、良かったのに」
……そういえば、ひなは自分の事を人間界に迷い込んだ熊って言ってたな。
目の前の熊とひな。
共に簡単に人間を殺せる力を持つ存在。
違うのは、話が通じるかどうか。
「話が通じるからこその『籠の鳥』かぁ。ひな……」
「綾香ちゃん。ひなの事はごめんなさい。近いうちに、必ず会えるようにするから、もう少し辛抱して」
わたしの呟きに反応してくれた警視正。
彼女自身も、自分の娘。
ひなには、しばらく会っていないと話していた。
本家が、ひなを強硬に社会から守っている。
という名目で、完全に座敷牢状態と聞く。
そんな中でひなの精神が大丈夫なのか、わたしは心配で心が酷く乾いた気がした。
「では、戦闘チームは今から撤収。千代ちゃん、柚葉ちゃん。綾香ちゃんをちゃんとお家まで送ってあげてね」
「はいですぅ」
「了解やで! 綾香はん、いくで。睡眠不足はお肌の大敵や!」
二人の獣娘たちに引っ張られ。
わたしは、とぼとぼと家路についた。
……ひな、もう一度逢いたいよぉ。
◆ ◇ ◆ ◇
夏休み前の教室。
わたしは机の上に封筒を置く。
それはこの時代に珍しく朱色の封蝋で閉じられている。
封蝋に押されている印鑑、それは五芒星。
ひなに教えてもらった「ドーマンセーマン」という魔除けだ。
「あやっち、本当に行くの? 敵のど真ん中だよ」
「綾香さん、単独で行くのは流石に危ないですわ?」
「いくら、わたしが猪突猛進でも、単独で陰陽道の宗家に一人で殴りこまないわ」
七月に入ってすぐ。
わたしの元に、ひなの本家。
安倍晴明から繋がり、陰陽寮の流れをくむ宗家。
神代院家からわたし宛の案内状が来た。
差出人は、ひなの曾祖母。
上品な紙で作られた封筒は、薄さの割にとても重苦しい気がした。
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