第1話(累計 第74話) 再び、斬る理由
「ふぅぅ。お爺ちゃん、行きます!」
「さあ、来い。綾香」
初夏の道場。
額から汗が、板敷の床にぽたりと落ちる。
その瞬間、わたしは木刀を正眼に構えて祖父へと踏みこむ。
「甘いわい!」
祖父は、木刀を見た事もない構え。
切っ先をわたしへと向け、両腕をこめかみに上げる。
「やー!」
向かって右鎖骨に向けての一撃。
しかし、祖父は構えていた木刀を回転しながら上に上げることで、わたしの一撃を簡単に受け止める。
そして、木刀を斜めにすることでさらっと攻撃を受け流す。
……しまったぁ!
勢い余ったわたしは、前につんのめってしまう。
そこに後頭部への一撃が、こつんと触れてきた。
「……まだまだ、だな。綾香」
「く! お爺ちゃん、今まで見た事無い型をするんだもの。攻撃する方法が分からなくなったわ」
膝を道場の床につけてしまったわたしに手を伸ばしてくれる祖父。
あまり大きくはないが、剣タコが出来た力強い手に引っ張り上げられながら、わたしは文句を言う。
「そりゃ、初めて見せる型だからな。こりゃ、本来は西洋両手剣、ドイツ流剣術の型、『雄牛の構え』さ。上からの攻撃や突きに対し防御する型だな。日本なら『霞』」
「え!? お爺ちゃん、ドイツの剣術なんかも使えるの!?」
祖父は種明かし。
自分が使った技が、西洋両手剣。
更にドイツの剣術を使ったと話してくれた。
「戦いってのは一期一会。本当なら必殺を狙い、使った時点で相手を殺すくらいの覚悟を持って使うものさ」
「剣豪の戦いってそうなの? 確かに試合と違って、殺し合いだと一回きりだものね」
祖父は、腕組しながら剣士の戦い方を語る。
刀を握り、お互いに向かい合う。
お互いに命の取り合いをするのだから、卑怯も何もない。
「だから、相手が想像できない技を使い、初見殺しをするんだ。そういう訳で俺も手札を増やしてる訳だ。ドイツ流剣術は両手での剣さばきだから、参考になるな」
「それで、今まで見たことも無い型だったのね。確か、ウチの流派は香取神道流だったよね?」
香取神道流、室町時代から伝わるという古流派。
太刀だけでなく、槍や薙刀、組打ち用の柔術まで含まれる総合武術。
……わたしが女性魔神将を倒した際の蹴り技も、柔術の一種として組打ち時の耐性崩し用に習ってたの。
「ああ。とはいえ、今の時代。他流派の技を取り込むくらいに勢いは必要だぞ。殺し合いが基本的にない今。必殺技は初手か見せ技に使うくらいでいいんだ。流派が分かれば、インターネットで技が分かる時代だものな。綾香、お前は負けられないのだろ?」
「そうなの。うん、わたしは絶対にあの子を! ひなを取り返さないといけない。だったら、誰にでも負けられない。どんな敵でも切り伏せるわ!」
わたしは、滝のように流れる汗をタオルでぬぐい、ペットボトルの水を一気飲みする。
そしてぎゅっと木刀を握り直し、再び祖父に切っ先を向ける。
「お爺ちゃん、もう一本!」
「おうよ。いつでも掛かってきな?」
祖父は無造作に木刀を構える。
一見、隙が多そうに見えるが、切り込める気がしない。
「くぅ」
「綾香。こういう時は相手を動かす見せ技を使うんだよ!」
祖父は一気に踏み込んできて、三連突き技を繰り出す。
「ひ、平突き!? これって、まさか天然理心流のぉぉ!」
わたしは、鋭い突きを回避するのでやっと。
祖父の言う通り、動かざるを得ない。
「ひゃ!」
「そこ!」
脚がもつれたところへ、足払い。
尻もちを打ったわたしの頭に、またまたぽかりと撫でる様な一撃。
「おいおい。他所の技を少し使われたくらいで慌てない。綾香、お前が今まで戦ってきた相手は、定番の型攻撃しかしてこなかったのかい?」
「……ううん。みんな、想像もしない攻撃ばかりだった。そうか、眼で攻撃を追い過ぎなんだ」
「そうだ。綾香は色んな意味で眼が『良い』。だからこそ、視覚に頼り過ぎてる。見せ技にも注意しろ」
「はい!」
その後も、実戦形式の稽古は続く。
それは、わたしが望んだこと。
ひなにもう一度出会い、抱きしめる。
その為に、わたしはもっと強くならなければならない。
邪神だろうが、名家のしがらみだろうが。
わたしの邪魔をするのなら、容赦なく斬り捨てる。
「やー!」
木刀がぶつかり合う音が、しばし道場に響いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「ひな……ちゃん」
空になってしまった隣のベッド。
今日も寂しく一人寝の夜。
「あの時、もっとひなを守れてたら!」
一月ほど前。
ひなの事がマスコミで話題となった。
リアル魔法少女として取り扱われ、未成年。
それも小学生だということを知りながらも、週刊誌やSNSでたむろする迷惑勢が身元を調べだす。
「此方。最近、周囲が気になるのじゃ。妙な視線をいっぱい感じるのじゃ」
あれは新学期が始まって少しして。
ゴールデンウィークの直前くらいだった。
ひなは、自分が見られていると言い出す。
学校への通学路、わたしとのデート時、母と一緒に買い物に行くとき、警視正との大事な触れ合いの時間も。
いつも、何処かにはカメラがあった。
彼らは遠慮せず、ひなのプライバシーを暴きだした。
そして、とうとうひなの正体が完全にバレた。
学校や警察庁、そして我が家の周辺にも、連日マスコミが押し寄せる。
「お姉さま、此方怖いのじゃぁ」
「大丈夫だからね、ひな」
学校にも行けなくなったひな。
周囲の視線を怖がり、震えあがる小さな身体を、わたしはぎゅっと抱きしめた。
「綾香ちゃん、ごめんなさい。ひなを守るため、今から本家。陰陽道宗家の神代院家に預けます。もう、これ以上貴女がたにご迷惑をおかけできないわ」
しかしあの日、悲痛な顔をした警視正が、沢山の男達を引き連れてわたし達の前に現れる。
そして、宣言した。
マスコミからの視線からひなを守るため、本家に連れて行くと。
「いやなのじゃ! お姉さまとは、別れたくないのじゃぁ!」
「わたくしも嫌です。ですが、本家と国の意向には逆らえません。ひなを守るのは、もうこの手しかないの……。分かって!」
しがみ付くひなとわたしの手が、黒服の男達によって引き離される。
「ひなぁぁぁ!」
「お姉さまぁぁぁ!」
しがみ付くひなとわたしの手が、黒服の男達によって引き離される。
ドアが閉まる音が、やけに大きく響いた。
「今度こそ、取り返す。本家でも、国でも、邪神でも構わない。全部斬る」
二人が引き裂かれて、はや一か月。
もう、わたしは我慢しない。
今度こそ、ひなを。
日常を取り返す。
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