第71話 人へ還す刃
「お姉さま! 凄いのじゃ」
「ふぅぅぅ」
警視正の配下、グレーターデーモンの背中の上。
空中から最高の剣閃を放ったわたし。
ひなに褒めてもらうが、まだ息は荒く苦しい。
「やったわ、ひなちゃん。ぐぅ」
わたしの放った一撃は、剣先よりほとばしり白色の光となって、宙を走る。
そして邪神の苗床と化した元長官の体表を駆け巡った。
「ほう。空間ごと斬りましたか、綾香さん。ですが、まだまだ未熟。精々、表面を切り裂くのがやっと。それでは、私はおろか、恒二坊ちゃまを倒す事は無理ですよ?」
「ふぅ。奈良原さん、貴方の眼は節穴ね。まだ分からないのかしら? 手ごたえは十分あった。もう、元長官はぶ、無事……。げふぅ」
上から目線の黒執事、奈良原にわたしは言い返そうとするが、激しい吐き気を覚える。
……にしても、不思議よね。いたるところで爆発していたり、銃撃音も酷いのに、奈良原の声だけはしっかり聞こえるの。これも魔術かな?
「お、お姉さまぁ。お姉さま、しっかりするのじゃぁ」
「綾香ちゃん、大丈夫?」
「嬢ちゃん、無茶するなよぉ」
ひなや警視正、魔神がわたしに対し心配して声をかけてくれるのだが、膝を付き、息をするのがやっと。
更に襲い来る吐き気と悪寒で動けない。
「大きな事を言っても、現実は非情。綾香さん、貴女が行った事は全て無駄。そのまま、東京が飲み込まれていくのを眺めていなさい。そうですね、事が終わったら私の配下になりませんか? 今なら貴女の力を生かせるように出来ます」
嘲笑し、全てを見下す奈良原。
しかし、わたしは苦しい息の中。
彼に言い返した。
「貴方、見下すことしかしたことないのね。可哀そうな神さま。人間の力を舐めないで……」
「何を!? え、そ、そんなバカなぁ!」
わたしの放った一撃。
それは、邪神の苗床の中にあった、斬るべき「線」を全て切り裂いた。
そう、確実な手ごたえがあった。
「凄いわ! 魔術回路を全部切り裂いてる」
「此方でも分かるのじゃ! これで退治できたのじゃ!」
苦しい息の中、視線をビル屋上に向けると、粘液の海が沸騰するように泡立っている。
表面に海が避ける様に亀裂が走る。
ビームを放っていた触手は朽ち落ちる。
沢山あった球体もパチンパチンと破裂し、無数の口から悲鳴を上げていた。
「あ、あの一撃で! 全部の神なる力を斬り払ったとでもいうのですか!? そ、そんな事が人類に出来るなんて??」
「ふはは。面白いのじゃ! 奈良原がおおあわてしておるのじゃが?」
「……上手く切れたからね……。げふぅぅ」
激しい吐き気が襲ってきて、嘔吐してしまう。
だが、それは真っ黒。
口の中に鉄臭い味が充満した。
「お姉さま、お姉さまぁ」
「これは……、吐血ね。ひな、綾香ちゃんに治癒呪術をお願い」
警視正に膝枕されて、ひなから治癒を受ける。
そんな間も、どんどん邪神の苗床が滅びていく。
端からチリと化していき、どんどんと小さくなっていくのが、視界の端から見えた。
「そ、そんな。私の想定が完全に崩れていく……。坊ちゃまがこのまま暴れて、都内を破壊しつくしたのちに米軍の核攻撃で滅ぼされるはずでしたのに……」
「そ、そんなこと! 都内には、まだまだ沢山の人達もいる。核攻撃なんて絶対にさせない。ぐはぁ」
煙漂う空の中で、叫びまわる黒執事。
なんと、都内での核攻撃を画策していた奈良原。
元長官を米軍を使って逃がす算段もしてると話していたが、それ以上の事を狙っていたとは、許せない。
「綾香お姉さま、まだ起きだしてはならぬのじゃ」
「そうよ。あんな『道化師』のいうことを相手にする必要はないからね」
起きだそうとするわたしを抑え込むひなと警視正。
しょうがないので、視線を屋上方向へと向ける。
もう、殆ど姿を失ってしまった粘液の固まり。
あっというまに縮んでいく。
「和也くん。ビル最上階を見下ろせる場所を飛んでくれないかしら?」
「大丈夫かよ、姐さん? あの執事、本当にヤバいぜ。アイツが攻撃して来たらオレじゃ、お嬢ちゃんや姐さんを守れんぞ」
足元の魔神に警視正は命令をするが、彼は従うのを渋る。
その理由が、奈良原からわたし達を守れないかもというのだから、案外かわいいものだ。
「そこは大丈夫。彼の『正体』がわたしの知る存在だったら。自分のプライドを壊してまで襲ってこないわ」
「母さま。アヤツの正体にまで気が付いたのかや? もしや……『暗黒のファラオ』?」
「くぅぅ。計画を全部台無しにされ、その上に我が『顕現』すら看破されるとは、実に残念……。ですが、もう良いです。綾香さんが持つ異能。それは神殺しの力でもあります。あのバカな坊ちゃんよりも大切な力を発見できました。その力、我がものとして欲しいです」
警視正やひなに正体を言い当てられたのか、驚く奈良原。
しかし、性懲りもなくわたしの力を欲しいと言い放つ。
「あ、アンタなんかにあげるはず無いでしょ。げほぉ。今日のところは見逃してあげるから、さっさと逃げたらどう? それとも、今度は、自分を切られたいのかしら?」
「くははは。そんな身体で啖呵を切りますか? そうですね。今日のところは綾香さんの顔に免じて退散いたしましょう。私の手ごまも随分と使いベリしました。また次回お会いするときには、更にお強くなっている事を楽しみにしていますね。では、皆さま。さようなら」
上空から全ての人々を見下ろし、華麗に礼を返す黒執事、奈良原。
彼が別れを告げると、足元に出来た空間の「穴」に沈み、消えていった。
「ふはぁぁぁぁ! こ、怖かったよぉ」
「もう、お姉さまのバカ。瀕死の状態で神さま相手にケンカ売らないでほしいですぅ」
大きく息を吐き、警戒を解く。
まだ吐き気は止まらないが、枕にしている警視正の膝は暖かく、母と似た良い匂いがする。
「まったく、ぞっとしたわよ。わたしも襲ってこない様に釘を刺してみたけど、博打だったのに」
「母さまも怖いのじゃ。アヤツ、本当に神を名乗れる奴であろう。此方では、どうにも出来ぬのじゃ」
「そういえば、奈良原の正体。お二人は気が付いている様子ですが、どんな奴ですか?」
魔神の背中の上で寝ころんだままのわたし。
気になって奈良原の正体を聞いてみるが……。
「え、えっとぉ。あ、屋上を見て。あそこに裸になった元長官がいるわ」
「そ、そうなのじゃ。お、動いておる。流石はお姉さまなのじゃ。アヤツだけを切り離すことに成功しておるのじゃ!」
「え、そ、そうなんですか?」
……なんか、急いではぐらかされちゃったわ。まあいいか。やっぱり神さまだったのね。
視線の端でビル最上階を見ると、確かに裸の男性が転がっていて、時折ぴくぴくとしている。
「ふう。今度は助けられたんだ。良かったぁ」
気が抜けると同時に、強い眠気が襲ってきた。
「ごめんなさい。これから忙しいのに寝ちゃいます」
「ええ、ゆっくり休んでね」
警視正が優しく頭を撫でてくれるのを感じながら、わたしは眼を閉じた。
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