第70話 切り捨てぬ刃
「そんな事が可能なのかや? 此方では、核であろう部分すら見えぬのじゃ」
「綾香ちゃん、本当なの? あんな巨大なバケモノの中から、人ひとりを切り離せるって?」
警視正の使い魔となったグレーターデーモンの背中の上。
ビルを中心に旋回しながら飛行中。
わたしの言葉に、ひなと警視正が驚く。
「もちろん絶対出来ると確証はないけど、出来る気がする。今のわたしなら」
腰に差す愛刀の柄をぎゅっと握り、その感覚を確かめる。
今まで多くのものを斬ってきた、この刀。
斬るべきものと斬らないもの、それを決めるのは扱うわたし次第。
既に、多くの血で塗れてしまったわたしだが、これ以上悲劇が生まれるのは阻止したい。
そして、わたしなら「出来る」気がする。
……邪神の中で、あのバカが黒い糸で雁字搦めになっているのを感じたわ。ひなちゃんと最初に出会った時の子猫みたいに。
「嬢ちゃんら、決めるなら早くした方が良いぜ。アイツら。なんか、ヤバそうなきがするんだが」
話し合っている最中。
足元の魔神から忠告が飛ぶ。
彼の視線の先に目を向けると……。
「なんですってぇ!」
「もう、怪獣なのじゃぁ」
「はぁ。これは国の上層部が、自衛隊投入するのを納得だわ」
しばらく目を離していた間に、ただの粘液の山だった『元』帝都安全保障省長官、鷹宮 恒二の姿は大きく変わっていた。
邪神の苗床と化した彼。
粘液が全体を覆っているのは変化ないが、ビル最上階を覆いつくすくらいに巨大化している。
表面には数えきれないくらいの球体が並び、そこには無数の眼や口が生えている。
更には、触手が幾本も伸び、その先端には牙の生えた口があった。
「ふははは。お嬢さん方、どうなさりますか? もはや、自衛隊の攻撃で、坊ちゃまは止まりません。このまま、お望みだった東京を。そして日本全体を飲み込むのです!」
更に上空に昇って、わたし達を見下ろす奈良原。
その尊大な態度に、わたしは怒りを覚える。
「ふん。見てなさい。絶対に貴方を後悔させてあげる! 警視正、わたしに任せてくれませんか?」
「でも、そんな事したら綾香ちゃんの身体が持たないわ。廃病院の時も無理して倒れたのに……。」
警視正は一瞬顔をゆがめ、わたしの提案を受け入れてくれない。
以前倒れた事があるので、同じ事。
いや、それ以上になりかねないのを心配してくれてだろう。
「きゃ、母さま。不味いのじゃぁ」
「え、ひな。うそ!」
ひなの叫び声で、再び視線を邪神の苗床と化した恒二。
沢山生やした触手の先から閃光を放った。
「邪魔な自衛隊のドローンやヘリを落とさせてもらいました。まだ航空機からの爆撃準備までは時間が必要でしょう。それまでに、手遅れになるまで成長するのは間違いない。これで東京、いや日本はオシマイですね」
幾本もの紫色なビームが、東京の空を疾る。
閃光の届く先にあった飛行物体は全て燃え尽きる。
そして、地上に届いた光は、ビルを切断。
街々が燃え上がり、人々の悲鳴が飛び交った。
「も、もう待てません。警視正、止めてもわたしはやります!」
「ちょ、ちょっと待って。今、自衛隊がF-35とF-2を派遣するように準備しているわ。綾香ちゃんに全責任を背負わせるなんて出来ない」
「母さま。爆撃で倒せるという保証が無いのじゃ。避難もせずに爆撃をしたら、被害が甚大になりかねないのじゃぞ。それ以上に、もう待てないのは、此方も同じじゃ。人が死んでいくのはもう、見ておれぬのじゃ!」
わたしは刀を抜き、正眼に構えながら眼を閉じ精神を集中する。
警視正は、刀を握った手を押さえて制止してくれるが、もう止まらない。
ひなは、涙声で誰も死んでほしくないと叫んだ。
「母さま。お姉さまに任せてはくれぬのかや? アヤツ、奈良原が話していた通りなら、宇宙の深淵より来る闇。『この時空そのもの』の精を受けたと言っておった。なれば、普通の方法では倒せぬのじゃ」
「じゃあ、あれは邪神の『落とし子』なの!? だったら、普通の物理攻撃は効かないわ。……、分かりました。この場は、綾香ちゃんに任せます。今から自衛隊には説明をしますわ」
わたしが眼を閉じ集中する横で、ひなと警視正が相談しあっている。
警視正やひなが話しているであろう邪神の正体。
わたしが知らない存在だが、今は関係ない。
目の前にいる悪しき存在から、人を切り離すだけだ。
「ふう、ふぅ」
ゆっくりと呼吸する。
そして心の眼を開き、命を感じていく。
……空の上に浮かんでいる漆黒な感じは奈良原ね。もう人の気配じゃないわ。そして、いっぱいの黒い糸が集まっている感じなのが、元長官さんね。さっき、糸の中に『助けて』って声を聴いたわ。
周囲の命を感じながら集中する。
足元の魔神からは、以前戦った義眼魔神とは違う感じ。
少し黒い感じもするが、人としての感覚。
誰かを心配する気持ちが見えた。
……ぎゅっと手を掴んでくれてるひなちゃんの輝きが眩しいな。
ひなの心の光は、とても暖かくて優しい。
その隣にいるであろう警視正からも、同じ感覚を覚える。
……地上にも沢山の光が見えるわ。皆、必死に誰かを守ろうとしているわ。
「ひなちゃん。わたしを背中から抱きしめてくれない? 貴女の光があれば、絶対に勝てる気がするの」
「はいなのじゃ。お姉さま、頑張れぇ!」
ひなから浴びる暖かき光が更に強く感じる。
実際にひなの体温、そして彼女の甘い髪の香りも届いた。
「はぁぁぁぁ!」
最大限の集中。
気合を込めて念を練る。
東京の喧騒が遠のいた。
泣き声も爆音も消える。
「あ! 見つけた!」
粘液の海の最奥。
黒い糸、いや太いロープによって縛り付けられている人間を見つける。
彼から伸びる漆黒のロープが邪神の苗床全体に広がっているのも感じる。
そして、斬るべき『線』を。
「ひなちゃん、見ていて! はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
大きく息を吐き、全身を走る『気』。
魔力を刀を持つ両腕から刀身へと走らせる。
構えを正眼から上段へと変える。
「おねえさま、いっけぇぇ!」
「綾香ちゃん!」
ひなの声援を受け、わたしは渾身の力を込め、愛刀を振り下ろした。
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