第68話 断ち切れぬ欲望
「さあ、暴れましょう。恒二さま。もう、地上に貴方さまを止められるものは何もありません」
「コ、コロス。コロス。全部、コロシテヤルゥ!!」
高層ビルの最上階。
その上空へふわりと宙に浮かび、笑みを浮かべる黒執事、奈良原。
足元の最上階フロアーで粘液の海と化した「元」主。
帝都安全保障省長官で「あった」若手国会議員、鷹宮 恒二が「なり下がった」邪神もどきに対し、嘲笑しながら命令を下す。
「お姉さま、どうしたら良いのじゃ?」
「わ、わたしも分からないわ」
どんどん巨大化していく粘液の固まり。
逆に、奈良原が広げていた巨大なバトルフィールドは、恒二の膨張に押し潰されるように縮んでいく。
「あらあら。お嬢さまがた、追い詰められてしまいましたか。もう逃げ場は無いです。観念して戦ってください。人間が邪神に対し、どう抗うのか。その雄姿を私に見せてくださいませ」
「くぅ。好き勝手言っちゃって!」
「空を飛んで逃げるとは卑怯なのじゃぁ!」
部屋が粘液の海に沈み、足場がどんどんなくなっていく。
逃げる先を失い、攻撃どころではない。
「どうしよう。え、えい!」
「此方も攻撃するのじゃ!」
刃を粘液の海に撃ち込むが、効果が薄い。
一旦は、海を切り裂くように切断できるのだが、次の瞬間には元に戻る。
ひなの凍結呪術も粘液の表面を凍らせることは出来るが、あっという間に砕け、粘液の海に戻った。
「恒二さま。お嬢さまがたを襲うよりも先にヘリを落としましょう。先程から、私をロックオンしてきて、うざったいです」
「グ、グギャァァア!」
奈良原の声を聴いたのか、恒二はわたしとひなに迫る動きを止める。
そして粘液の腕を上空へと伸ばす。
触手はホバーリングしていた戦闘ヘリのうち、一機へと伸びていった。
「きゃ!」
「危ないのじゃぁ」
粘液で覆われた触手から必死に逃げるヘリ。
攻撃を阻止しようと機関砲を粘液の海と化した恒二に撃ち込んでくる。
弾痕が粘液にいくつも刻まれ、表面にある眼や口が破壊されるが、すぐに再生し動きを止めない邪神。
砲撃で発生した鋭利な破片が周囲にも飛びかう。
ひなが貼ってくれているバリアにも、バチバチといくつもぶち当たってくる。
「さあ、握りつぶすなり、叩き落としましょう。僚機も同様にしましょうね」
もう一機、空に浮いていた攻撃ヘリからもミサイルが飛んでくるが、恒二がもう一本伸ばした触手に絡み取られ、爆発する前に折り潰された。
「もう怪獣映画よぉ!」
「此方の術では、もう無理なのじゃ」
ヘリを襲う事に集中しているからか。
わたし達まで覆いつくそうとしていた粘液の動きはゆっくりになりる。
「そ、そういえば、警視正や道明さんは無事かしら? 同じ階層だったから、爆撃の影響を受けているんじゃ?」
「こ、此方も心配で、先程から母さまにも連絡しておるのじゃ。着信通知はあるので、無事らしいのは確かなのじゃが」
追い詰められたわたし達。
背後は破壊されてしまった壁から、東京の空が見えている。
もう残り数メートル。
いくら斬り付けようが、魔術を撃ち込もうが、進行速度を遅くさせる事も出来ない。
「このままでは、落とされるのじゃ」
「くぅ。だったら、一か八か。核、心臓部を狙って切り裂けば」
もう余裕がなくなったわたし。
眼を閉じ集中して、邪神の苗床と化してしまった恒二の身体を探った。
……これまでの魔神とも全く違う気配……。あれ? これって。
邪神の苗床の奥底。
そこに、ひどく小さく怯えている「人の気配」があった。
「まだ、アイツ。生きているの? え、どうしたの。ひなちゃん」
わたしが「違和感」に気が付いた時、ひなに肩を叩かれた。
「今、母さまと連絡が付いたのじゃ! 道明おじさまも最上階まで一緒だった自衛隊のお兄さま達も無事に回収したのじゃと。今から、此方らも助けてくれるそうなのじゃ」
ヘルメットの中、満面の笑みをしているであろうと思われる声を出すひな。
その様子に、ピンチな中。
わたしもくすりと笑みを浮かべた。
「ほう。グレーターデーモンを単独で下すとは。ひなさまのお母さまも凄い方のご様子。人類の足掻きは泥臭くとも、見事!」
「上から目線ばかり。貴方、人間じゃないみたいだけど、いい加減にしなさい! 人間を舐めないでぇ」
「そうなのじゃ。母さまも此方たちも、邪神の言いなりになぞ、ならぬのじゃ!」
上空で浮かびながら、ヘリからの砲撃を器用に避ける奈良原。
あまりに見下す発言だったので、わたしとひなは彼に怒りの発言をぶつけた。
「実に良き覇気。ここまで追い詰められた乙女が放つ言葉。実に良きです。ですが、本当に良いのですか? もう足場が無いですよ? 恒二坊ちゃまに飲み込まれれば、生物なら一瞬で同化されますよ?」
「ひぃ。ど、どうしよう、ひなちゃん」
「い、今から母さまに通信するのじゃ。『母さま。もう足場が無いのじゃ。え。うそ。ここから飛び降りろというのじゃ?』」
もう十センチ先まで粘液の海が迫る。
足元にあった高級家具の破片が、粘液に飲み込まれると、一瞬で消え去る。
……このままじゃ、ぜったい死んじゃうよぉ。
もうどうしようもなくなり、いつもとは逆にひなに泣きついてしまったわたし。
ひなは慌てながらも警視正に通信を繋ぐが、妙な事を叫んだ。
「と、飛び降りる?」
「そ、そう言ったのじゃ。後、十秒で飛び降りろって」
「ふはははぁ。とんでもない事を言いますか。邪神に取り込まれ、永遠に魂を喰らいつくされるよりも、死の平穏を与えるとは、母の愛は変わってますね」
飛び降りるというと、バカにするように奈良原は高笑い。
ここから見える地上は遠い。
足がすくむ。膝が笑う。
でも、ここに残れば確実に死ぬ。
……だったら!
もう、奈良原に言い返す時間は、わたし達には無かった。
「く。もうヤケクソよ。ひなちゃん、警視正を信じて飛ぶわ」
「うんなのじゃ。カウント、3,2、1。今じゃ!」
ひなのカウントに合わせ、わたしは壁にできた隙間。
都内、摩天楼が下方に見える場所から、一気に身を宙に飛ばした。
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