第67話 魔に切り売りした魂
天井がほとんど崩落した大広間。
上空には、機関砲の銃口をこちらへ向けた戦闘ヘリが、獲物を狙う猛禽のように旋回している。
「さあ、急がないと死んでしまいますよ。坊ちゃま」
「ど、どうすれば良い、奈良原? ここから、逃げられるのか?」
額に三つ目の眼を開いた異形なる黒執事、奈良原。
彼は、こんな事態になっても、笑みを消さない。
己の主、鷹宮 恒二に対し、命の選択を提案する。
「ひなちゃん。どうしよう? このままじゃ逃げられちゃうけど、ヘリが……」
「此方、先程から作戦本部にようやく繋がって通信しているのじゃが、現状維持、現場で待機としか返答してこぬのじゃ」
ひなは、ヘルメット内の通信機で本部と連絡を取ってくれているが、現場を離れるなとしか言わない。
だが、今。
現場は死が迫る戦場。
いつ、ヘリパイロットが引き金を引くか分からない。
そうなれば、二センチの砲弾が何百発も放たれ、いくら魔法バリアを貼ろうとも、肉片に変えられるだろう。
「ほう。あちらも切り捨てられたようですね。綾香さま、ひなさま。今からでも遅くないです。私と組みませんか? 愚かなる大人たちに従って死ぬ必要はないのですから」
ヘリから放たれる突風と轟音の中。
聞こえる筈のないわたしとひなの会話を盗聴する奈良原。
三眼の姿を現し、ますます人間から離れていく。
「残念だけど、絶対にそれは無いわ。観察者さん」
「此方、お姉さまと一緒に正道を進むのじゃ」
「それは実に残念です。実に興味深い事になりそうでしたのに」
誘いをきっぱりお断りしたわたし達に苦笑する奈良原。
「小娘を相手する前に、俺を助けろ。奈良原!」
さっきまで彼を怖がって逃げていた恒二。
爆撃以降、腰を抜かしつつも奈良原のの脚に縋りついていた。
そんな情けない主に、奈良原は最後通告を告げる。
「さて、恒二坊ちゃま。もうお時間はありませんよ。このまま日本に殺されるのですか?」
「し、死にたくないし、逮捕も嫌だ。こんなところで、俺は終わりたくない。奈良原、助けてくれぇ!」
もうイケメンの仮面を脱ぎ捨て、泣きながら情けない事を叫ぶ恒二。
腰を抜かしながらも、執事の脚に情けなくしがみつく姿を見れば、彼に喜んで投票する人間など居ないだろう。
「今さら命だけ惜しいとは、情けないのじゃ」
「そうね。ああはなりたくないわ」
「しょうがないですね、坊ちゃまは。幼い頃から、手に負えなくなると、毎回私に泣きついてましたし」
優し気な笑みを浮かべながら、恒二の頭を撫でる奈良原。
彼は笑みを邪悪なものに変え、主に告げる。
「今、私には坊ちゃまに与えられる『力』がございます。宇宙の彼方にいらっしゃいます魔神など比べ物にならぬ、もっと高みの存在。『外なる神』の雫……精とでも申しましょうか。これを受け入れますか? さすれば、坊ちゃまは誰にも負けない存在となり、命永らえます。あのようなヘリなど一蹴でしょう」
奈良原は懐から、いびつな形のガラスの小箱を出す。
中には、いかにも怪しげな光を自ら放つ液体の入ったガラス容器が幾本もの柱と金属製の帯で固定されている。
「そ、そんな良いものがあるなら、どうして今まで出さなかった!? なら、それを使って俺は最強になる。早くくれ!」
「良いですが、一言だけ申しておきます」
「説明なんか、どうでもいい。寄こせ!」
奈良原が説明しようとする言葉を遮り、小箱を奪い取る恒二。
必死になって、小箱を開けようと悪戦苦闘する。
「まったく困った坊ちゃまです。確かに命は助かりますが、どうなっても知りませんよ。はい」
黒い笑みを浮かべたまま、小箱を開く奈良原。
恒二は、中から液体の入った容器を取り出す。
「こ、これをどう使うのだ!? 早く教えろ」
「では、はい」
奈良原の指先が恒二の顎をつかみ、無理やり口をこじ開ける。
そして、光る液体を主の口に流し込んだ。
「ぐぅ! いきなり妙なモノを呑ませるな……。う、うう。なんだこれは!?」
喉を押さえて膝を付き、苦しむそぶりを見せる恒二。
そんな主を上から興味深そうに見る奈良原。
それは、実験動物を見るかのよう。
他人事ながら、わたしの背筋にも悪寒が走った。
「凄いでしょう、坊ちゃま。貴方さまでしたら、十分な魔術回路がございますから、コントロール……。やっぱり無理でしたか、残念」
「か、身体がお、オカシイ。ナ、ナンダ、コレハァ!」
恒二の身体は、端々から輪郭が歪みだし、人間の姿から離れだす。
骨格が歪み、皮膚が泡立つ。
立っていられなくなった彼は、全身から粘液を出しながら倒れた。
「こうなってはしょうがありません。ですが、坊ちゃま。貴方さまは地上最強になられましたよ」
「ぐ。ギェェ!」
主が悲鳴を上げるのを嬉しそうに観察する奈良原。
その笑みは、もはや嘲笑を越え、満面の笑みだった。
「私の説明の途中で『精』を求められたのは坊ちゃまですよ。『外なる神』の力をコントロール出来れば、人の姿を失うこともなかったのですが。実に残念です。ですが、光栄に思ってくださいませ。坊ちゃまは、新たなる神の苗床になったのです」
残念といいつつも、もはや粘液の固まりになり下がり、満足な言葉すら離せなくなった主を見下して笑う奈良原だった。
「『外なる神』……? もしや、星の彼方より迫りくる邪神かや?」
「ほう、良くご存じですね、ひなさま。宇宙の深淵より来る闇。この時空そのもの。そんなお方の精を受け、坊ちゃまは生まれ変わったのです」
恒二の身体は、不定形な粘液の固まりと化す。
その表面には、いくつもの球体が浮かび、更にいくつもの眼と口が現れた。
「コ、コロス! オ、オレのジャマをスル奴ハ全部コロス!」
怨嗟の叫びを放ちながら、巨大化していく恒二。
それは、あっという間に小山程にもなった。
「キェェぇ!」
二人、急いで邪神とかした恒二の放つ粘液の海から逃げる。
「ひなちゃん、これどうしよう?」
「此方も困ったのじゃ」
刀一本で勝てるのか。
わたしは途方に暮れた。
「さあ、坊ちゃま。欲望のままに全てを飲み込み、破壊しつくしましょう。ふはははは! 綾香さま、どう戦われますかな?」
いつのまにか、宙に浮かぶ奈良原。
彼は高笑いをして、眼下の「元」主やわたし達を見下ろした。
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