第61話 闇路を斬り拓け
「警視正。やっぱり、おひとりでは……」
「それ以上は言っちゃダメ」
震える手で自動小銃を構え、強大な敵グレーターデーモンにひとり立ちはだかる警視正。
わたしの言葉を遮り、こわばった声で叫ぶ。
「と、とにかく、早く行きなさい! 長官を捕まえるのが作戦目標だったわよね。こんなところで油売っている暇は無いの」
「母さまぁ。でも、でもぉ」
ひなも、母が無理をしているのを見抜いているのか。
泣きそうな声で警視正の腕を引っ張る。
しかし、彼女の決意は揺らがなかった。
「ひな……愛してるわ。さあ、いきなさい」
母の愛を重く感じる言葉を受け、誰もが動きを止める。
わたしはひなの手をぎゅっと握った。
「お姉さまぁ」
「……行こう」
見上げてくる涙声のひな。
わたしも泣きそうになるが、無理やり声を絞り出した。
「紳士な魔神さん。せっかくここまで待ってくださったのだから、二人を奥へ通してくれない? 通してくれるなら、わたくしがマンツーマンでお相手致しますわ」
警視正が、立ちはだかる魔神に話しかける。
確かに会話は出来る相手ではあるが、こちらに都合のいい話が通じる筈も……。
「そうだなぁ。少々年増だが、綺麗なお母ちゃんに免じて通してやろう。さっきから後ろで待っているボスも、小娘二人は生かして通せって言ってたからな」
「え!?」
予想外の返答に、わたしは驚いた。
そして、それ以上に黒執事が本当の敵であるのが、はっきり分かった。
「えっと警視正。話は変わりますが、給料以外に戦闘手当ってありましたよね」
「え!? ええ。そうよ、綾香ちゃん。今回、頑張ってくれたから沢山用意しているわ」
突然、話題を変えて手当の事を聞いてみると、警視正は一瞬驚くもちゃんと答えてくれる。
「じゃあ、終わったら沢山手当くださいね。ひなちゃんと一緒にお風呂ツアー行くので」
「うん、そうなのじゃ。母さまも一緒に行くのじゃ!」
そして二人でワザと軽口を言い、溢れる涙を我慢する。
……これが別れじゃ悲しいもん。もう一度逢うために、笑うの。
「ひなちゃん……。そうだよね」
ぐっと泣くのを我慢して声を絞り出した。
「警視正。じゃあ、前に進みます。後でまた逢いましょうね」
「母さま、行ってくるのじゃ」
二人頷きあい、ヘルメットを一旦脱ぐ。
そして銃口を魔神に向けたままの警視正に、涙に濡れた笑顔を返した。
「うふふ、いってらっしゃい」
ヘルメットをかぶり直し、警視正の愛ある言葉を背に受け、ゆっくりと前に進む二人。
魔神を警戒しながら進むのだが、こちらを凶悪そうな笑みで見ながら腕を組み、こちらに一切殺気を向けてこない。
……この魔神さん、本当に通してくれるつもりなのね。警視庁で戦った彼とは大違いだわ。
魔神の傍。
腕を振り回せば、確実に引き裂かれるであろう間合いを通過するとき、最も緊張したのだが何も起きない。
腕組みをしたたままの魔神は、本当にわたし達に一切手出ししなかった。
尾で時折、床をビタンと打ち据えるのだが、それだけ。
「可愛い嬢ちゃんたち。ウチのボスは、オレみたいに甘くねえぞ。せいぜい頑張るこった」
通り過ぎる際に、そう言い放つ魔神。
にやりと笑った顔に、案外と愛嬌があった。
「ありがと、優しい魔神さん。出来れば、警視正と殺し合いをしないで欲しいわ」
「此方、もう誰も死んでほしくないのじゃ」
「そうもはいかんよ。オレも雇われだからな。さあ、早くいけ」
「約束を守ってくれてありがとう、魔神さん。綾香ちゃん、ひな。またね」
警視正と魔神に見送られ、部屋の出口。
黒執事が待つ扉まで進んだ。
「ようこそ、可愛いお嬢様がた。私は、鷹宮家の執事。奈良原と申します。我が主、恒二坊ちゃまのところまで案内しますね」
優雅に挨拶をした執事、奈良原。
わたし達に背を向け、しゃれたランタンを持ち真っ暗な廊下を先導して歩く。
彼とわたし達の靴が床石に当たるコツコツという音が真っ黒な廊下に広がる。
……う、一切隙が無い。切り込めない!
一見、ただ歩いている様。
こちらに背を向けているのだが、隙が見られない。
いや、逆に隙だらけに見えるが、切り倒せる気が全くしない。
「お姉さま、コヤツ怖いのじゃ」
「そうね。わたしも手出しできないわ」
「あらあら。お可愛らしいお声で物騒なことをお話しするのですね。ご安心くださいませ。私は『何があろうと』、直接手出しはしませんので」
こそこそ声&ヘルメット内通信で話していたのに、それを聞き取る奈良原。
安心させるような口調だが、話している内容が理解できない。
「……貴方、仕える主を助けないんですか?」
「私、確かに鷹宮家には仕えていますが、彼らを守る契約はしておりません。ニンゲンは面白い存在なので観察対象として、これまで三代。百年ほど鷹宮家を見てきました」
「百年??」
「こやつ、人間では無いのじゃ!」
まるで自分が人外の存在の様に話す奈良原。
そういえば、彼が持つランタンから伸びる影がいびつになり、人の形からどんどん離れていく。
「さて、もう少しお話しながら歩きましょうか。坊ちゃまの居る部屋は遠いので」
「? 嘘、フロアーマップと全然違うわ」
「もしや、空間を捻じ曲げておるのかや?」
いくら歩いても、次の扉まで到着しない。
既に数百メートルは廊下を歩いているはずなのに。
ヘルメット内に表示されるダウンロード済み工事図面とも全く違う。
「やはり賢い子らとお話しするのは楽しいですね。これだから、人類観察は辞められません」
振り返った奈良原の顔が、一瞬だけ三つ目に見えた。
彼の燃え盛る真紅の瞳に、わたしはひどく恐怖を覚えた。
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