第36話 斬れぬ日常
日本中を震撼させた警視庁襲撃事件。
配信画面などにより、それが異形なるものによって起こされた事件だという「噂」は、あっという間に年末年始の空気を割いて、世界中を駆け巡った。
「去年、年末に発生した警視庁襲撃事件。まだ警視庁本庁は封鎖されており、中の様子は全くうかがい見る事が出来ません。今回の事件では、警官の他。当テレビ局スタッフも多数犠牲になりました」
今日もテレビでは、年始番組の隙間に事件の事を伝えている。
警視庁記者クラブに詰めていた多くのマスコミ関係者も亡くなっているため、どのメディアも注目度は高い。
「犯人グループですが、逃亡した一名を除き自爆をしたため、詳細は不明。犯行グループからの犯行宣言も、今のところありません。視聴者投稿映像では、怪物のコスプレをしたテロリストの姿が見え、警察からもその様に公式発表がなされています」
……誰も信じるはずないよ。コスプレ・テロリストなんて。
アナウンサーは真面目な顔でコスプレなどと伝えているが、彼自身も本気で信じてはいないだろう。
社内の人間が、命がけで最後に伝えてくれた映像を見ていたのなら。
わたしの横に座る少女も、『自爆』や『怪物』という単語が聞こえるたびに、みかんの皮をむく手が止まる。
「でもSNSやテレビ映像で『魔神』による襲撃シーンが世界中に拡散されちゃったんだよねぇ。政府や警察上層部は今のSNS全盛時代に、こんな『大本営発表』で誤魔化せるって本気で思っているのかしら? ね、お爺ちゃん」
「そりゃ、無理だろう、綾香。かといって、真実。日本は異界からの侵略者に狙われておるとでも発表すれば、間違いなくパニックになるぞ。パニックからの政変なんてのは、最悪だからな」
「せっかくのお正月休み。今日くらいは嫌な話はやめませんか、貴方。それにあやちゃん? 今日はせっかくの家族団らんなんですもの」
「はーい、お祖母ちゃん」
こたつに入って、みかんを食べながら正月番組をまったり見る。
実に幸せな時間。
「そうですよね、お義母さん。ボクは後から話を聞いて、心臓が止まりそうになりましたから。綾香がまさか、あの現場で戦っていたなんて。女の子が戦うのは、もう辞めて欲しいんだけど」
「父さんは、まだいいよ。俺はちょうど東京駅に到着した時に、あのテロ。化け物を直接目撃して、怖かったんだから。綾香、あんなのと戦うのは怖くないのかい?」
ODAによるアフリカ諸国での工事を担当しているゼネコン勤務の父。
そして関西地方で医学生をしている兄、淳史。
共に、わたしが戦う事に今も反対していて、今日も油断したらわたしに密着して戦うのをやめさせようと試みる。
「ウチの男どもは、心臓がノミねぇ。第一、ひなちゃんも一緒に戦っているのよ? ウチの子はダメで他所の子だけで戦えってのも違うと思うわ」
「こ、此方は別に気にしておらぬのじゃ。お母さま! お父さま、お兄さま。此方と綾香お姉さまが揃えば、む、無敵なのじゃ! 絶対に悲しい事にはさせぬのじゃ!」
しかし、わたしの横はひなの指定席。
嫉妬気味に父や兄からも、わたしを守ろうとしてくれているのは、少々面白い。
「ということなので、許してね。お父さん、お兄ちゃん。怖いのは確かだけど、何もしないで誰かが死ぬのを見るのは、わたし。もっと嫌だから」
「すまない、綾香。それに、ひなちゃん。だが、心配はさせてくれてもいいよな?」
「父さんも陥落したか。しょうがないけど、ひなちゃんと綾香が戦わなきゃいけない現実が一番悪い。せんそーはんたい!」
まだ文句を言いたがる父と兄だが、ひなちゃんの事もあって、少々トーンダウンはしてくれた。
「ほんと、こんな小さな子に背負わす運命ではないですわよね」
「お婆さま、ありがとうなのじゃ」
ひなは、祖母にやさしく背中を撫でてもらい、頬を染める。
しかし、今日は何かいつもとは違う。
かなり緊張しているのか。
みかんを剥くとき、力を入れ過ぎてしまうことがあるし、気が付くと頻繁にわたしの表情を覗き込んでくる。
……ひなちゃん、困っていなきゃいいけど。無理にウチの家族のお正月に巻き込んじゃったからね。
実に正月らしく贅沢な休み。
今日は、一家みんなで母方祖父母の家に里帰りしている。
……とはいえ、自動車で二十分かからないくらい近いんだけどね。
警視庁での戦いの後、検査入院で大きな健康問題が発見されなかったわたしとひなは、年末年始で忙しい小児総合病院から翌日には追い出された。
幸い、目の手術を終えていた連には挨拶は出来たが。
わたしは家に帰れば良かったのだが、問題は家に誰もいないひな。
ひなの両親は事件の後始末や今後の対応で忙しく、誰も面倒を見れないため、母からの提案でしばらく当家で面倒を見る事になった。
……ひなちゃんのお父さま。外務省の高官で、海外から今回の事件への問い合わせ対応に忙殺されているそうなの。
「ひなちゃん? 無理してない? 無理やり、ウチの家族団らんに巻き込んじゃって」
「だ、大丈夫なのじゃ。皆さん、とっても暖かい人たちで安心するのじゃ。本家の人とは……。あ、今のは関係ないのじゃ。こ、今年は本家の集まりも無いのじゃから……」
まだ、どこか固さが取れず、ぎこちないひな。
視線が酷く迷っているのが、気になった。
「ひなちゃん。ウチでは無理しなくていいわよ。自分のお家と思って安心して。前も言ったわよね。わたしが貴女たちの『日常』を守るって。今もそこは同じ。そこな、バカ男らも反省しなさい!」
「うむ。今回は陽子が正しい。今日は、俺がみっちり男どもを説経しよう。おい、熱燗を数本頼む。俺の酒が飲めむとは言わぬよな、婿どの。それに淳史」
「は、はい。お義父さん」
「お爺ちゃん、それって孫や義理息子と酒飲みしたいだけじゃない? 俺は構わないけど」
いつの間にか、話が宴会モードになる我が家。
祖父は、機会があればたまにしか会えない父や兄と飲みたがる。
なんのかんのいって、二人が可愛いのだろう。
「ごめんね、お爺ちゃん。まだわたしは、お酒でお付き合いできなくて」
「構わんさ。綾香には良い物を見せてもらった。今後も人の道を外れぬサムライを目指せ」
わたしは、今回の訪問で恐々とボロボロにしてしまった日本刀を祖父に返した。
注意深く刀身を鞘から抜き、目釘も外して真剣な表情で全体を見る祖父。
吐息が掛からぬように和紙を咥え、光の当たる角度を幾度も替えて観察する。
何を言われるのか、わたしは怖かったが、祖父は観察後。
渋い笑みで「よくやった!」と言ってくれた。
「固いもんを切ったのに、刃は欠けていない。擦り傷と刀身の変色はあるが、このくらいなら化粧研ぎで綺麗になる。刃筋の通った良い腕。迷いが吹っ切れたな。綾香」
「うん、お爺ちゃん」
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