第33話 切り倒せなかった脅威、残された平穏
SAT隊員らを多数虐殺した魔神、グレーターデーモン。
わたしが右目に突き刺した日本刀から、ひなの雷撃を受け棒立ちとなる。
彼は両耳や鼻、口から煙交じりの湯気を発し、残る左目は白目をむく。
しばし、天を仰いだ姿勢でふらふらとした後。
ドスンと床を歪ませて、警視庁最上階の道場床に倒れ伏した。
「やったか!?」
生き残っていたSAT隊員が思わず叫んでしまうが、しょうがない。
魔神にもう立ち上がってほしくないのは、直接戦った者なら同意見だろう。
「息……、はしていないわね」
刀の鞘を杖にして、なんとか立ち上がり、残心として魔神をしばし観察してみる。
一分ほど観察したが、呼吸も確認できないうえに、一切動かない魔神。
とはいえ、これまでの魔神らが、死ぬとすぐにチリと化して消滅しているのを見ているため、まだ死体が残っているのは少々気になる。
「どれ、ダメ押しじゃ」
ひなが、ダメ押しの雷撃術を右目に刺さったままの我が愛刀に打ち込む。
魔神はビクンと痙攣じみた動きをするが、雷撃が終わると再び動きを止めた。
「……完全に死んだよね?」
恐々、魔神に近づく。
SAT隊員らも、わたしに続いて接近する。
「もし生き返ったら、今度は目に弾を撃ち込んでください。あそこなら鱗もないので、攻撃が通るはずです」
「りょ、了解です」
魔神の間近で、対処方法をSAT隊員と話しながら、鞘の先で魔神をつっついてみる。
「……反応無いよね」
力を込めて、カンカンと叩くも無反応。
ならばと、眼球に刺さったままの日本刀を掴む。
「う、柄がボロボロだわ」
激しい戦い、そして避雷針代わりに雷撃を二度も受けたわたしの刀。
柄は焼け焦げ、滑り止めに巻いてあった糸もボロボロ。
足を魔神の顔にかけ、ぐいと引き抜くと、刀身も黒く変色していた。
「うわぁぁ。これ、お爺ちゃん泣いちゃうよ」
「じゃが、すごい働きをした刀なのじゃ。多くの民を救った名刀なのじゃ」
ひなが褒めてくれるのがうれしくて、愛刀を鞘に戻したわたしは、微笑み返した。
◆ ◇ ◆ ◇
「救護班は急ぎ、トリアージを行え。これ以上、犠牲者を増やすな! 止血と呼吸確保を優先。輸液、輸血、薬剤投与、確実に行え!」
「了解!」
魔神を撃退した道場。
そこは臨時の野戦病院となり、下層から駆け付けた救急隊員や医師、看護師などの医療団が必死に命を繋ぐべく、医療行為を行っている。
輸液や輸血の他、人工呼吸や心臓マッサージ、AEDの使用も見受けられる。
「わたし達、勝ってたんだよね?」
「此方らは、多くの犠牲の上に、魔神を撃破したのじゃ……」
先程までの激戦が、夢うつつだったのか。
目の前の状況に、全く現実感が無い。
ひなの母、倉橋警視正や、わたし達をひどく心配してくれていた警視監らが、指揮をするのをぼーっと見てしまう。
でも、全ては事実。
換気扇が全開運転していても、道場の中は医薬品と濃い血の匂いが消えない。
瀕死の負傷者を必死に救おうとする医療関係者の叫び声も道場内に響く。
更に、わたしの視線の先には遺体袋に無言で包まれた人たちが沢山、道場の床に並べられていた。
「わたし、もっと。……もっと強かったら、誰も死ななかったのかなぁ。一杯、助けられたのかなぁ。悔しいよぉ」
道場の畳の上。
わたしは膝を抱え、俯いてしまう。
魔神を簡単に倒せると、調子に乗っていた。
戦いを甘く見ていた。
だが、結局自分一人ではグレーターデーモンには手も足も出なかった。
多くの人たちが自分の命を使って盾になり、ようやくわたしの一撃が通っただけ。
……レッサーデーモンを簡単に倒せたからって、グレーターデーモンに刃が立たないんじゃ、ダメだよ。わたしの『力』って、この程度しか無かったの?
「……綾香お姉さま。今は助かった事を、よ、喜ぶべきなのじゃ。此方らを助けて死んだ人の事は、わ……。忘れてはならぬのじゃ」
口惜しさと悲しみから、畳に涙をこぼしてしまうわたしの隣に座り、背中を撫でながら自分も泣いているひな。
「これまでも、此方は一緒に戦った人たちを沢山失ったのじゃ。朋美伯母様も茉奈お姉さまも、此方を守って逝ってしもうたのじゃ。此方だけ残されるのは、もう、もう嫌なのじゃぁぁ!」
わたしを慰めるつもりが、逆に感極まって大泣きをしだすひな。
これまでも、親しい歳上の女性を目の前で幾人も失ったのだろう。
……ひなちゃんが歳上の人に遠慮したり、自分一人で解決したがるのも、大事な人を沢山失ったからなんだね。
「そうだね。嫌だよね。だから、わたしはずっとひなちゃんの側にいるよ」
ひなの身体を抱き寄せ、ぎゅっとハグをした。
「綾香さん、貴方も治療を受けてください。ひなも、念のために簡易診断を受けてね」
ひなの温かさを確かめていた時、わざわざわたし達の前に膝を落として倉橋警視正が声をかけてくれた。
「そういえば、お姉さまは魔神に何回も吹き飛ばされていたのじゃ! 急いで治療をせねばならぬのじゃ!」
「もう、あんまり痛くないから、慌てなくてもいいよ。ひなちゃんの治癒呪術が効いたからかな?」
戦闘終了後、ひなは倒れそうになりながらも、わたしやSAT隊員全員に治癒・解毒呪術を使った。
おかげで、わたしは動けるようになったし、瀕死になりつつも医療団の到着まで生き延びた隊員らも多数居た。
……隊長さんや、娘と遊びたかってたお兄さん隊員は、残念ながら間に合わなかったの。
「それでも、ちゃんと確認しなきゃ。今晩は、小児総合病院に検査入院でお泊りしなさい。ひなも、一緒に病院に行ってお泊りすること。これは職務命令ね」
「母さま、ありがとうなのじゃ! お姉さまと一緒の部屋で眠れるのじゃ。あ、今は室長と言わなきゃダメじゃった」
「まあ、もういいんじゃないかな、ひなちゃん。今は職務時間じゃない……え!?」
警視正らと半分ふざけながら話していた時、すさまじい悪寒と吐き気を感じた。
「ま、まさか!?」
いそぎ視線を悪寒の発生源に向ける。
そう、グレーターデーモンの死体へと。
「コイツの為に、皆死んだ。くそったれ!」
グレーターデーモンの死体を道場床に落ちていた木刀で叩く警察官。
「急いで魔神から離れるのじゃ!」
おなじく違和感を感じたひなが叫ぶ。
「え? う、うわぁぁ!」
わたしたちの声が届いたのか間一髪、警官は飛びのく。
そして、腰を抜かした。
なぜなら彼の影は、突然動いた魔神の爪に貫かれていたから。
「みんな、離れて!」
「お姉さま、もう一戦なのじゃ!」
痛む身体を無視し、刀を鞘から抜き、構える。
背後では、ひなが呪符を構える気配がした。
「……」
のそりと無言で起きだす魔神。
わたしが貫き潰した右眼からは煙を出し、残る血走った左目でわたしを睨む。
「ち、チ、ち、チ……」
何かを言いたそうな魔神、しかし言葉にならない様だ。
「チキショォォ! お、オデの目と頭ン中を焼きヤがってェ!」
「まだやられ足りないのかしら? でも、貴方の弱点は分かったの。皆さん、射撃を!」
「おう!」
わたしの指摘で既に魔神の弱点は把握済み。
SATだけでなく、他の警察官も魔神の残る左目を狙って撃つ。
「く、くそぉぉ。き、汚い! なんでだ! なんで群れる! 傷を負ってまで、他人を守る意味がどこにある!」
「勝負に綺麗も汚いもないわ。意味なんていらない。大事だから守るのよ!」
魔神は残る左目を腕で庇うが、まだダメージがかなり残っている様に見える。
脚や尾の動きは前よりも鈍く、負傷状態のわたしでも間合いに踏み込める。
「はぁ!!」
「ぎゃ。俺の鱗がぁぁ!」
気合をいれた一撃は、これまでと違い鱗をものともせず魔神の脚を切り裂く。
「うぅ! 雑魚は吹っ飛べぇ!」
「きゃぁぁ!」
このまま押し切って、今度こそトドメをさせると思った瞬間。
魔神は、背中の羽から爆風じみた突風を放つ。
周囲にいた警察官や医療官も壁に吹き飛ばされ、道場の窓ガラスは全て割れ飛んだ。
「こ、今回は油断しすぎた。本気の俺なら、お前ら群れるしか芸の無いヒトに負ける筈ない! 今日は、このくらいにしておく。小娘にメスガキ、次会った時は必ず殺す! 覚えておけぇぇ!」
魔神は捨て台詞を吐き、背中の羽を動かして割れた窓から空に飛び出した。
「に、逃げるな、卑怯者ぉぉ!」
わたしの叫び声に反応せず、あっという間に魔神は日が沈み始めた冬の空に消えた。
割れた窓から十二月の冷気が吹き込み、血の匂いと冬の風が混じる。
誰も、勝利の声を上げはしなかった。
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