第31話 絶望を裂く刃
「警察の狗だけかと思えば、そこにいるのはメスガキか? 刀に巫女衣装。妙な組み合わせだのぉ」
知性ある魔神、グレーターデーモン。
警視庁最上階の道場奥に控えし、強敵。
それは、湯気のたつ生臭い息を吐きながら、わたし達を挑発する。
「鈍い頭で少し学習はしたのか? 銃では死なんと、レッサー共で幾度も教えてやったはずだが? そんなバカは、こいつらの仲間入りして地獄行きだ」
警官らの遺体で作った肉の山を、太い尾で転がす魔神。
血濡れた彼らの無念な死に顔が、わたしの目に飛び込んできた。
「あ! あの人は……」
「くぅ。許せんのじゃぁ」
わたしに妻と娘自慢をしていた若い男性SAT隊員。
彼が、その肉の山の中にいた。
幸せそうな表情を見せていた彼は、もうこの世に居ない。
「俺たちを殺すつもりなら、最低でも戦車くらい呼んで来い。どうせお前らは、面子大事で自衛隊に泣きつく決裁すら通せんのだろう? まあ、来たところで所詮はただの鉄の棺桶だがな。国の狗どもめ」
なおも、わたし達を挑発する魔神。
しかし、彼の放つ強烈な瘴気と恐怖で、誰も足が前に進まない。
死者を弄ぶ事に対する怒りはこみ上げるが、それ以上に自らの死の恐怖が頭をよぎる。
更には、無惨に腹が咲かれた遺体から放たれる死臭や汚物臭が、強い吐き気を催す。
「組織に守られてきた狗どもが、組織に縛られて死ぬ。実に滑稽だな」
肉の山から、女性職員の遺体を探しだし、鍵爪ばかりの指でつま見上げる魔神。
わたし達の表情を一瞥したのち、彼女を腹から食いちぎった。
「ひぃ」
「う……」
食いちぎった女性の体内の内容物がこぼれ落ちるのを、舐める魔神。
吐き気、怒り、悲しみ、恐怖。
色んなモノがごちゃ混ぜになって、わたしを襲う。
視界が歪み、刀がとても重い。
「ここまで挑発しても襲ってこないとは、余程鍛えられているのか。それとも只の弱虫か」
女性の遺体、残り半分を牙だらけの大きな口へ一気に放り込み、血まみれのよだれを垂らしながら、挑発と侮蔑の言葉を放つ魔神。
「なら、そのまま死ねぇ。レッサーよ、行け!」
グレーターの命令で、跪いたレッサーデーモン、バフォメット二体が、わたし達の方へ襲い掛かってきた。
「くぅ」
まだ恐怖で刀が抜けないわたし。
死が目前に迫った時、ひなの幼くも高貴な叫びが耳に飛び込んだ。
「この、愚か者がぁぁ! 人類を侮辱するなぁぁ!」
ひなから放たれた氷結術が、一体のバフォメットを撃破する。
しかし、もう一体が迫る。
「し、しもうたのじゃ」
「……、い。いやぁぁぁ!」
ひなの死が、先程見たSAT隊員の死に顔とわたしの中で重なる。
そしてひなが魔神に貪り食われる場面すら、脳裏に浮かんだ。
「そんなこと、させない!」
世界の時が一瞬止まる。
全ての音が止まり、白黒になった世界。
バフォメットの四本の腕の動きすら、完全に止まって見える。
視界の中では、舞い上がる埃の一粒すら、動きを止めた。
……今、動かなきゃ、ずっと後悔しちゃう!
恐怖で固まったわたしの手足が、一気に解放される。
腰の刀が、春のそよ風の様に鞘から軽く舞い出る。
その切っ先が描く軌跡は、バフォメットの巨大な胴体を何の抵抗もなく横切る。
わたしの身体も旋風の様に、バフォメットの横を通り過ぎた。
「グレーターデーモン。貴方をここで斬る!」
斬り捨てたバフォメットが背後でチリと化すのを感じながら、わたしはグレーターデーモンを睨み返した。
「……ほう、貴様らか。刀を持つ小娘と魔法を使うガキがレッサー共を倒しておったとは、実に面白い。国の狗どもめ、女子供の力を借りぬと、満足に戦えないとは情けないのぉ」
グレーターは狂暴な笑みを浮かべ、その巨体をゆっくり立ち上がらせる。
その重量で畳は歪み、三メートル以上はある天井に、角がぶつかりそうになりながら、わたしを舐めた視線で見下ろす。
倒されたバフォメットなど、一切気にしない風に。
「……SATや他の警察の人をバカにしないで! みんな、自分の命を犠牲にしてでも、誰かを助けるために戦っている。仲間すら使い捨てにする貴方には言われたくないわ!」
「レッサー共など、使い捨ての道具よ。知性も無い、ただの猛獣。せっかくの改造を受けようが、あのような下級存在にしかなれなかった者などに、何の価値もないわ!」
……改造? 妙な事をいう魔神ね。それに、人間の事にも詳しい。
まだわたしや他の仲間を舐め切っているのか、襲い掛かるそぶりを見せない魔神。
先程から、警察を国の狗と読んだり、改造を受けたなど、異世界の存在とも思えぬ事を宣う。
「改造とな? お主、もしや元は人間かや?」
「俺は、もう人間などという下等な存在ではない! 元より優れていた俺は、あのお方の改造を受け、上位魔神。ブラヴィタスに生まれ変わったのだぁ! もう、俺をバカにするやつは何処にもいないのだぁぁ!」
天を仰いで自らの生い立ちを言い放つ魔神。
彼からは歪んだプライドが垣間見えた。
「だったら、余計に許せない! 人間だったのに、人間を襲い喰らうなんて」
「まだ吠えるか、小娘。レッサーを倒せようとも、俺の鱗は絶対に切れぬ。更には強大な魔力すらあるのだ。さあ、凍てつけ。国の狗よ! <大凍結>」
グレーターデーモンの叫びで空間がきしむ。
彼を中心に激しい吹雪と低温が生まれる。
それは肉の山であった遺体を氷結させ、更にバラバラに砕く。
「くぅぅ! ひなちゃん」
迫る凍気を刃から放つ気で切り裂きながら、背後のひなに呼びかける。
「こっちは大丈夫なのじゃ! 此方が皆を守るのじゃぁ!」
ひなは呪符を前に突き出し、見えない壁を作る。
その壁で、吹き荒れる寒風からSAT隊員を守っていた。




