第30話 嘲笑する魔神、断ち切る刃
魔の城と化した警視庁本部ビル。
ところどころにあるIDチェックも、わたしの警察庁IDで問題なく通れるのは、実に助かる。
SATの支援により、順調に各階層を制圧。
順調に最上階を目指し、一歩ずつ前に足を進める。
「これで四体目。もうバフォメット相手は慣れたわ」
「そういう調子に乗った時が一番危ないのじゃぞ、お姉さま?」
「お嬢ちゃん達のおかげで助かってるぞ。俺たちだけじゃ、魔神とやらの相手は厳しいからな」
これから向かうは十一階。
テレビやひなからの情報だと、ここに記者クラブの部屋があるらしい。
……確か、公共放送の記者さんが動画を送ってきてたよね。無事なら良いんだけど。
「廊下チェック!」
「北、クリアー!」
「南、クリアー!」
「上層、クリアー」
防火扉が閉まっている階段の出口では、必ずSATのお兄さん達がきびきびとした動きで確認をする。
曲がり角から鏡を出して、誰もいないのを確認後、銃を構えたまま身体を飛び出し、周囲をチェック。
もし敵がいれば、躊躇なく銃弾の雨を降らす。
「このまま、記者クラブに向かう」
「了解」
警視庁内の配置は、SATの人たちの方が詳しい。
わたしとひなは、魔神が出てきたときの対応要員。
すっかり最初の意気込みは揺らぎ、安心感まで出ていた時、わたしは考えが甘かったことを実感してしまった。
「そ、そんな……」
警視庁記者クラブ内の各社部屋。
床に散った赤黒い染みが、靴底に張り付く。
壁に飛び散ったモノが、まだ乾ききってすらいない。
更には、切り裂かれた腸から内容物があふれ出る。
血痕と肉片が散乱し、汚物の匂いすら充満していた。
「うぅぅ」
「お姉さま、見なくて良いのじゃ」
おもわず吐き気を覚えてしまう惨状は、SATの各員も険しい表情にさせる。
「死ねぇ、死んでしまえぇぇ! バケモノめぇ」
若い隊員の喉から、怒号がほとばしる。
部屋の奥で死肉をむさぼるゴブリンに対し、オーバーキル気味に銃弾を叩き込む隊員たち。
隊長格の隊員ですら、厳しい表情で容赦なく魔物たちを殲滅していった。
「隊長! こちらに生存者がいました」
「うわぁぁ! こ、怖かった。怖かったのぉ。ロッカーに……押し込まれて……みんな……みんな……」
記者部屋の奥、外から叩かれて歪んだロッカーの中からまだ若そうな女性記者が飛び出してくる。
彼女と目が合った瞬間、糸が切れたようにこちらへ駆け寄ってきた。
そしてわたしに飛びついて、激しく振るえる手でしがみ付く。
彼女は地獄を見てきた目で、同じ女性であるわたしに恐怖と悲しみを訴えた。
◆ ◇ ◆ ◇
「綾香さん、御気分よくなられましたですか?」
「さっきよりはマシです。ひなちゃんからも治癒呪術をもらいましたし」
「お姉さま、無理は禁物なのじゃ。あの場面、此方でも吐いてしもうたのじゃ」
あまりにショックな場面を見て、わたしの胃は限界を超え、激しく嘔吐。
粗方のレッサーデーモンが退治された事もあり、一旦上階への侵攻を止め、わたしとひなは、安全が確認された一室で休憩となった。
婦人警官も一人、わたしの看護に来て下さっている。
最上階に逃げ込んだ者たち、ひなの母からこちらは大丈夫という通信があったのも休憩の理由だ。
なお、先程発見された女性記者さんは、他の発見された生存者たちと共に既に下層へと搬送されている。
……SATの皆さんは、これまで制圧した階層の再チェック中ね。今までは上の階への攻略優先だったから。生存者の発見もしなきゃだし。
まだ時折、銃撃音や爆発音が聞こえ、振動が休憩室にも届く。
更に部屋に置かれた警察無線からは、緊張した声が飛び交う。
そんな中、わたしは集中を切らさぬために刀を一旦鞘から抜き、刀身を眺める。
……まだ、戦いは終わっていないわ。
五百年もの長い間存在している、わたしの刀。
今日は硬い物を沢山斬ったにしては、刃が欠けることもなく、青黒い輝きを失っていない。
準備していた懐紙で刀身を拭い、再び鞘に戻す。
そして、わたしは立ち上がった。
「ふぅ。あまり上を待たせても良くないわ。それに暗くなってきたら、こちらに不利よね」
「本当に無茶はするでないのじゃぞ、お姉さま」
「わたくし達、一般警官では戦う助けすら出来ません。ですが、くれぐれもお命は大事になさってくださいませ」
ひなや女性警官らから声援と応援を受け、わたしは再び戦場に戻った。
◆ ◇ ◆ ◇
「こいつでラストね。警視正がこいつの向こうにいるんだから、一気に叩くよ」
「はいなのじゃ。もう、呪文の出し惜しみは無しなのじゃ」
その後、各階を順調に制圧していき、いよいよ警視庁最上階。
わたし達は、総合指揮所前の強固な扉前まで迫る。
しかし、そこには最後の五匹目。
山羊頭の魔神、バフォメットがゴブリンらと共に待ち構えていた。
「まずは雑魚を倒せ! 一斉射撃!」
SAT隊長の命令で、隊員たちが持つ短機関銃から銃弾の雨が魔物たちへと降り注ぐ。
「此方も本気なのじゃぁ。<大鬼王極冷波>!!」
更に、ひなの凍結呪術が放たれ、魔物たちの大半は、わたし達へと飛び掛かってくる前に凍り付く。
「グギャぁぁあ!」
足元が凍結し、動きを床へと縫い付けられたバフォメット。
四本の腕をこちらに向け、火球を作ろうとする。
「させない!」
左手で刀の鞘を握り、姿勢を低くして疾走するわたし。
火球が頭上をかすめる中、居合抜き打ちで魔神の腕を斬り飛ばす。
「トドメ!」
紫色の鮮血を斬り飛ばされた腕から吹き出し、のけぞる魔神の首元へ一閃。
「ふぅ」
わたしは、魔神の血を浴びないようにバックダッシュ。
刀を血払いさせた後、首を切り落とされた魔神が崩れ落ちるの見て、鞘に刀を仕舞った。
「お姉さま、火球は此方が防いだのじゃ」
後ろを振り返れば、SAT隊員らを守ったひなが満面の笑みだった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ひな、どうして来ちゃったのよぉ! もー、心配したんだからぁぁ」
「それはこっちの台詞なのじゃ、母さまぁ。痛いから、力を緩めるのじゃぁ」
扉の前にたむろしていた魔物を殲滅後、開いた扉から倉橋警視正。
ひなの母が飛び出し、ひなを力強く抱きしめる。
ふたりの親子は涙をこぼしながら、久方ぶりの再会をしている。
「良かったね、ひなちゃん。警視正、ご無事で何よりです」
「綾香ちゃんも、無茶しないでよぉ。わたしは何とか、何とか……」
感情がいっぱいになったのか、警視正はわたしに対しても言葉が出ない様子。
立てこもっていた他の人も、安堵の表情を浮かべていた。
「……え! そんなバカな? 魔神は全部で五体のはず? 何? 山羊頭じゃなくて、牙だらけのバケモノも居た? お、おい! どうした、答えろぉ!」
しかし、そんな平和は一瞬で終わる。
SAT隊長が隊員からの通信を受け、大声で叫んだ。
「隊長さん、どうなさったのですか?」
「この階層には道場があるのですが、そこに偵察に行ったものから、更なる魔神の存在報告があり、通信が途絶しました」
「うむむ、え! こ、この気配は、バフォメット種など比べ物にならんのじゃぁぁ!」
ひなの叫びと同時に、わたしにも凄まじい悪寒が走る。
これまで倒してきた魔神らとは別格の存在。
「……。でも、これを倒さなきゃ、戦いは終わらないわ」
脚の震えは止まらないし、激しい吐き気と動悸がわたしを苛む。
しかし、魔神と戦えるのは、わたしとひなしか、ここには居ない。
「お姉さま、行くのかや?」
「ええ。怖いけど、このままじゃ終わらないわ」
喜びの直後、更なる恐怖に身が震える。
「綾香さん、貴女はもう十分戦いました。これ以上は警察の。大人の仕事です。もう無理しなくても……」
「でも、ひなちゃんは戦うでしょう。なら、ひなちゃんの剣であるわたしが立ち止まる訳にはいきません、警視正」
わたしの肩を押さえ、制止する警視正。
しかし、悲し気な彼女に笑みを返して、わたしは戦場に向かった。
◆ ◇ ◆ ◇
道場の扉を警戒しながら開く。
ギィと音を立てて開いた扉の向こう。
薄暗くなった道場の畳敷きが広がる中、奥には警官らの遺体を沢山積み上げた山がある。
畳が遺体から染み出る鮮血で赤黒く染まっていた。
「くぅ」
おもわず悲鳴を上げたわたしの視線の先、死体山の向こう側。
そこに、バフォメットが二体、奥に座る存在に向かって跪いている。
「ここまで来るのが随分と遅かったなぁ、組織にしがみつくしか能がない国の狗どもめぇ。コイツらみたいに、勝てぬ無駄な戦いをして死ぬかぁ?」
喉の奥で鳴る笑い声が道場に響く。
「コイツが仲間達を!」
「うそ!」
これまで見たことも無い知性のある魔神。
バフォメットを上回り、三メートルを越える天井に頭がぶつかりそうな程の巨体な異形。
背中に生えたコウモリ状の羽が羽ばたくたびに、死臭がわたしの鼻に迫る。
全身を覆う青黒い鱗は、鋼のような雰囲気を放つ。
竜のような太い尾が畳を打ち、どすんと衝撃が室内に響く。
羊に似たねじくれた角を持ち、牙だらけの顔に嘲笑を浮かべながら待ち構える魔神がそこにいた。
「グ、グレーターデーモン、ブラヴィタス種なのじゃ……」
わたしの脚は、地に張り付いた様に動けない。
刀を握る指が、汗で滑る。
呼吸が、激しく乱れる。
本能が告げる、早くコイツから逃げろと。
SAT隊員らも、魔神の気配に押され、一歩後ろに下がる。
「此方らでは勝てぬのじゃ……」
ひなが、ぽつりと絶望を告げた。
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