第26話 切れぬまま、走り出す
「母さん、その恰好は?」
「あら? 綾香、どうやって日本刀を持って警視庁まで行くのかしら?」
玄関に向かうと、母が部屋着からスポーティなパンツスタイルに着替えていた。
「隣の警察庁や警視庁の前までは地下鉄が……」
「今、東京メトロの主要路線は全部止まってるわ。霞が関周辺は完全に麻痺状態よ」
母がスマホを見せるので、画面を見る。
そこには、地下鉄が全線で止まっている事が表示されていた。
「だったら、電車は?」
「山手線も止まってるわ。東京駅周辺は、乗り換え客で大変だそうよ」
わたしのスマホにも、同じ絶望的な表示が並んでいた。
「流石に自転車じゃ、一時間以上は掛かるわ。オマケにへとへとになってちゃ、戦うのは無理よね」
母はわたしの前に立ちはだかり、言葉だけでなく身体でも行く先を塞ぐ。
「じゃあ、どうしたらいいのよ! お母さん、わたしを止めたいの!?」
わたしは、感情的になって叫んでしまった。
「ということで、わたしが車を出すわね」
しかし、母はうふふと笑みを浮かべ、自動車のキーが付いたキーホルダーを指先で回した。
「……え」
わたしは感動と驚きから両腕で口元を抑え、声にならない声を出してしまう。
「でもね、一つだけ約束して。必ず、ひなちゃんと一緒に帰ってきてね。さ、時間が無いんでしょ。急いでいくわ」
「……ありがと、お母さん」
玄関たたきに置いてあるスニーカーを、母が履きだす。
わたしも急ぎ母に続いて、以前買っていた登山靴に履き替えた。
「お母さん、お爺ちゃんの処によってくれない? 一言言わなきゃ」
「良いわ。じゃあ、シートベルトをちゃんと締めてね」
母の自動車。
わたしは、日本刀を抱えて軽自動車の助手席に座り、祖父の家に行くことを告げた。
「えっと、ナビちゃん。裏道全開モードを起動。最短距離を指示」
<了解しました、マスター>
母の音声命令で、ナビが祖父の家までの道を表示させる。
それは、渋滞を避けるためか、かなり細い道まで表示されている。
「え、お母さん? どういう事?」
「さあ、ここから先はおしゃべりは禁止ね。舌を噛んじゃうわ」
ドライバー・グローブを着け、太めのものに交換されていたハンドルを握る母。
アクセルを踏みこんで、駐車場から飛び出した。
「きゃ!」
「さあ、『奥多摩の雷』の本領発揮ね。ターボ全開!!」
「なに、それぇぇ!」
わたしの悲鳴はドップラー効果を起こしながら、置いてきぼりになった。
◆ ◇ ◆ ◇
「はぁはぁ」
「車酔いしちゃった? まだまだ序の口よ。制限速度プラス10キロ。他にも交通違反は、極力しないように走ったんだけど?」
祖父の家に到着したのは、家を出て十分もしないうち。
普段の母の運転よりは倍も早い。
「あ、あれで、序の口?? ブレーキ殆ど踏まずにコーナリングなんて嘘ぉ」
「車体強度を上げるためにロールバーを仕込んでおいて良かったわ」
昔から母の車が普通とは少々違うとは思っていたが、今になって正体が分かった気がする。
「さあ、お爺ちゃん。わたしのところに行くんでしょ?」
「え、お母さんは?」
母はわたしを促すが、自動車の運転席からは降りようとせず、エンジンを止めていない。
「わたしが一緒に行くと、ややこしい話になる。綾香だけで行った方がいいわ」
母が動きそうもないので、刀を持って助手席を降りた。
「ふぅ。緊張しちゃうわ」
祖父の家。
昔ながらの日本家屋。
幾度も訪れた玄関に立ち、深呼吸をしてインターフォンのスイッチを押した。
「綾香です」
「あらあら、あやちゃん。どうしたの? あら、日本刀を返しに来たのかしら?」
引き戸が開けられて、祖母が顔を出す。
「お爺ちゃんに話があるの。どこにいる?」
「あの人なら座敷に居るわ」
勝手知ったる母の実家である祖父母の家。
祖母に挨拶をして、祖父の元に向かった。
「何をしにきた?」
昔ながらの畳敷きの間。
祖父は座卓を前に、座椅子に座っている。
先程まで公共放送のニュースを映していたテレビを止め、鋭い視線を向かい側に座ったわたしに向けた。
「……」
無言の間が、しばらく続く。
その間に、祖母が茶をわたしと祖父に入れてくれた。
「ありがと、お祖母ちゃん」
わたしは、琥珀色のお茶を一気に飲み干した。
……これ、玉露だ!
祖父の横に座り微笑む祖母に笑みを見せた後、わたしは一気に話し出した。
「お爺ちゃん。わたし、刀をもうしばらく借りる事にしました。もうニュースを見て知っていると思うけど、警視庁で魔神が暴れているわ」
わたしは、自分の気持ちを嘘偽りなく話す。
「今、お母様。倉橋警視正を助けるために、ひなちゃんがあの場所に戦いへ向かっています。わたし、あの子を助けたい。一緒に戦って、みんなを助けたいの! だから、もう少し刀を借ります」
しかし、祖父は一向に言葉を話さず、わたしを睨みつけたまま。
また、無言の時間が過ぎていった。
「もー、貴方。あやちゃんが必死に訴えているんだから、何か言ってあげないと」
「オマエ、この話は俺と綾香の問題だ。口を放むな。そんな暇があるなら、『アレ』の準備をしておけ!」
祖母がとりなしをしてくれるのだが、しかめっ面な祖父はわたしの宣言に答えてくれない。
それどころか、祖母を邪魔もの扱いして遠ざけた。
「はいはい。まったく頑固ジジイよねぇ。あやちゃん、頑張って」
柔らかい笑みを残したまま、祖母は座敷を去った。
「……綾香」
しばしの無言の後、祖父は話し出した。
「お前は心弱き人のままで刃を振るい悪鬼を倒すも、己の心の刃にて死ぬか。それとも人の心を捨て、己が悪鬼となりて目の前に立ちはだかる者、守るべき者。そのすべてを斬り捨てるか?」
真剣な表情で問いを放つ祖父。
殺気にも近い気迫で、わたしを圧倒した。
「……泣くかもしれない。迷うかもしれない。それでも、斬らずに逃げるのは違うと思う。後悔はしたくないの」
まだ刀を握る事は怖いし、それ以上に守るべき物を切ってしまうのは怖い。
でも、ここで逃げたら一生後悔する。
そう思い、答えを祖父に返した。
「ふん!」
祖父は大きく息を吐き、わたしに背中を向けた。
「勝手にするがいい」
「ありがとう、お爺ちゃん」
わたしは立ち上がり、武道の礼をする。
そして障子を開け、座敷を出ようとした。
「玄関に置いてあるものを持っていけ」
そう、ぶっきらぼうに言い放つ祖父。
わたしは、急ぎ玄関に向かう。
「これって」
「あやちゃんなら使いこなせるでしょ?」
玄関では、祖母が風呂敷包みを持っていた。
受け取ると、それはずっしり重かった。
「……ありがとう。じゃあ、行ってきます」
「ご武運をね、あやちゃん」
祖母は、火打石と火打ち金を取り出し、わたしの右肩口に火花を飛ばしてくれた。
玄関を出たわたしは、無言で大きく武道の礼をする。
そして、待ってくれていた母の軽自動車に飛び乗った。
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