第25話 切れないまま、されど斬る
「きゃぁ。どうして……」
母は、魔神らしきものが警視庁を襲う動画を見、映っていたものを理解してしまう。
そして、青ざめた顔で悲鳴を上げた。
「お母さん。もうスマホ見なくていいよ」
魔神の瘴気が、凄まじい嫌悪感となって胸を突き上げ、わたしは背筋に冷たいものと強い吐き気を覚えた。
「これ、普通の事件やテロじゃないわ。一体、何処の誰が何を考えて……」
スマホの動画を止め、つきっぱなしのテレビ画面に視線を移す。
公共放送では、次々と情報が流れる。
「先ほど、警視庁十一階の記者クラブで待機してた記者から動画が送られてきました。ノーカットで放送します」
テレビでは、暴れまわる異形な赤銅色の巨人が四本の腕を振り回し、壁や机などに幾本もの傷跡を残す場面が映っている。
警官が拳銃を発砲するが、効果があるようには見えない。
魔神は流血も見せずに、警官らに襲い掛かった映像の後、画面はブラックアウトした。
「動画を送ってきた後、記者とは連絡ができておらず。現在、警視庁内部で何が起きているのか不明です」
「これ、AI動画じゃ……」
「無いわ。気配が普通じゃないもの」
テレビ画面ごしでも、恐怖をすさまじく感じる。
今も、紅茶が入ったカップを持ったままの手がプルプルと震え、床にしぶきが飛ぶ。
「警視正……」
ひなの母。
警察庁にいるはずの警視正から、まだSNSメッセージに既読が付かない。
警察庁がある建物は、警視庁本部庁舎や他の中央官庁とは通路などで繋がってはいないものの、隣接している。
煙が上がっている場所は、遠景のためにはっきりせず、どの建物で火災が起きたかの情報はまだない。
「……」
剣を握る事を禁止され、剣を握る事が怖い。
もし、ひなを斬るなんて事になったら……。
わたしの中で、祖父の言葉がぐるぐる回る。
「ぬるいわ」
吐き気を消すために、手に持ったままのカップから紅茶を飲む。
しかし、入れてから時間がたってしまった紅茶は既に冷めていていた。
「え!? ひなちゃん!?」
そんな時、スマホからSNS経由の音声通話がくる。
「あ、綾香お姉さま……。ごめん。今、電話大丈夫かや?」
「うん。一体どうしたの?」
こんな非常時に、ひなが電話を掛けてくる意味を一瞬考えてしまう。
「え、えっとね。此方、お姉さまの声を、どうしてもまた聴きたかったのじゃ」
ひなの声は震えていて、心細そうに聞こえた。
「ひなちゃん、どうしたの? まさか……」
「……お姉さまには関係ないのじゃ。これは此方の仕事なのじゃからな」
わたしの問いかけに仕事だと冷たく言い張るひな。
それは言い訳のようで、同時に覚悟の言葉に聞こえた。
「え!? じゃあ、警視庁の事件に?」
間違いなく――この電話は、遊びの誘いでもない。
ひなは、戦いに行くつもりだ。
「でも、一人じゃ無理よ。あ、仲間がいるって話だったじゃない!?」
「仲間全員が足止めをされておるのじゃ。……残念ながら、此方が戦うしかないのじゃ」
ひなの言葉は、幼いながらも悲痛だった。
幼いながらも、必死に使命を果たそうとしている。
「でも、他にも警察の人がたくさんいるでしょ。ひなちゃんが戦う必要なんて……」
「母さまが、ここ。警視庁におるのじゃ。年末の打ち合わせで警視庁へ出向いていたと、最後にメッセージがあったのじゃ」
……どうしよう。わたし、今戦えない。
「お姉さまは、今戦えないのじゃろ。此方が一人で戦うのじゃ」
迷うわたしに、ひなは告げる。
「どうして、ひなちゃんがその事を!?」
「お姉さまの様子がずっとおかしかったので、結衣お姉さまに聞いたのじゃ」
狼狽えてしまうわたしを他所に、ひなは先程までとは違い落ち着いて話しだす。
「無理はしないで良いのじゃ。元から、お姉さまには戦う動機も理由も無かったのじゃからな」
「でも、それじゃ。ひなちゃんが!」
「それでもじゃ。家の仕事であり、此方がすべきことなのじゃ。では、行ってくるのじゃ! 最後にお姉さまの声を聴けて嬉しかったのじゃ。……ありがとうなのじゃ」
わたしの制止を聞かずに、別れの挨拶をして電話が切られる。
「ひなちゃん。ひなちゃんってば! ああ、着信拒否じゃないの」
再度、通信を繋ごうとするも、ひなに繋がる事は無かった。
「……お母さん。わたし、行かなきゃ」
わたしはカップの中身を一気に飲み干し、母に告げる。
「何処に?」
「あそこへ」
わたしはテレビ画面に映る警視庁へと視線を向ける。
「……お父さんに刀を振るうのを禁じられていても?」
電話の会話を聞いていただろう母。
警視庁へ向かう理由は聞かないが、祖父にどう説明するのかと尋ねてきた。
「それでも行くわ。ひなちゃんをほっておけない!」
母は、それ以上何も言わなかった。
わたしは自室に向かい、ベッドの横に置いてある袋を見る。
袋を開き、刀を取り出す。
「重い……。そ、それでも」
刀の鯉口を切り、刀身を見る。
青黒い鋼は、わたしの顔を映し出す。
そこには、青白い顔をした気弱な一人の娘が居た。
ぶるぶると手が震えてしまう。
足にも力が入らない。
「そ、それでも、今行かなきゃ」
刀を振るうのは怖い。
それ以上に、ひなの命が失われる方が、もっと怖い。
部屋着からジャージに着替えたわたしは、刀を持ち部屋を出た。
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