第18話 聖夜、切れない灯り
「ひなっち、ちゃんと来るかなぁ」
葵が身を乗り出して、落ち着かない声を出す。
「約束の時間まで、もうすぐだし。ひなちゃんは、約束は守る子だから大丈夫だと思うよ」
「あらあら。葵さんも綾香さんも、楽しみ過ぎですわ。まあ、わたくしも楽しみなんですけれど」
結衣は、わたしや葵を茶化す様に話すが、彼女も楽しそうだ。
わたし達三人は、一番最初にひなと出会った場所。
あの日の事を、思い出さずにはいられない公園で、待ち合わせをしている。
「しっかし、ホワイトクリスマスにはならなかったね」
「あまり雪が降りますと、都内はパニックになりますから、しょうがないですわ、葵さん」
今日はクリスマスイブ、12月24日。
小雪は舞っているのに、人の熱気で空気はやわらかい。
……寒そうに見えても大丈夫。みんな、可愛く着込んでいて、スカートの下は厚めのタイツなの。
「むむ? 待ち合わせ時間は、まだのはずじゃったが?」
約束の時間五分前。
パールホワイト塗装の国産高級車が公園そばに駐車し、そこからひなが降りてきた。
「あれ? ひなっち、今日も制服なの?」
「葵お姉さま。此方、こういう時にどんな服を着て来ればいいのか、分からぬのじゃぁ」
ひなは、いつもの制服の上にモコモコで暖かそうなポンチョ。
お嬢様学校の制服なだけに、可愛いデザインではあるのだが。
「ひなさんは、可愛いから制服も似合っていますけれども……」
「うん。決めた! 今日は、ひなちゃんを色んな所に連れて行って、オシャレを教え込むぞー」
結衣と葵は、ひなを取り囲んで賑やかに会話する。
ひなは二人に対し、どう対応したら良いのか困惑気味に見えた。
……ここは無理してでも、お姉さんのわたしがひなちゃんを引っ張らなきゃ。今は、病院での事は考えちゃだめ。じゃないと何も出来ないから。
わたしの脳裏では、病院での戦いがまだくすぶっている。
次は、ちゃんと刀を振って戦えるのか。
剣先が鈍った感触だけが、まだ手に残っている。
「ねえ、ひなちゃん。一緒にいこう。せっかくのクリスマスイブ・楽しまなきゃ損よ!」
わたしは、胸の奥の思いを一旦しまいこむ。
ワザと元気っぽく声を出し、ひなの小さな手をぎゅっと握り、街の方角へと引っ張っていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「これなんて、どうだろう、ゆいっち? もこもこが可愛いと思うんだけど」
「それは、ひなさんには少し早い気がします、葵さん。まずは、ひなさんのベースカラーから考えましょう。お綺麗な髪の栗色、それに似合う色は白やベージュ、薄い茶色や青になりますね。青は夏の衣装に取っておきましょう」
「えっと、此方……」
今、わたし達はキッズ向けブランドが置いてあるブティックに来ている。
ひなは葵や結衣に挟まれて、すっかり着せ替え人形状態。
時折、わたしの方に助けてという視線を向けてくるのだが、笑みを浮かべて首を振る。
……ひなちゃん、周囲の顔色を見過ぎ。しょうがないかもしれないんだけど。
ひなをお店に連れていくも、何が良いかを聞いても「お姉さまたちに任せるのじゃ」と自分の意見を言わない。
「ひなっち。自分の意見を言わなきゃ、ダメだよ」
「急に無理を言ってもしょうがないですわ、葵さん。ひなさん、じゃあ逆に聞きますけど、これ、嫌ですか? それとも……ちょっとだけ好きですか?」
「お姉さま、此方は自分の気持ちがよく分からない、好きも嫌いも分からんのじゃ」
二人に促されるのだが、自分の気持ち。
好き嫌いすら分からないと困り顔で言うひな。
「大丈夫だよ。ここには、ひなちゃんを困らせたり無理を言う人はいないの。ワガママ言ったって良いんだよ」
ひなが愛おしくなって、その背中があまりにも小さく見えて。
気が付くと、背後からぎゅっとひなを抱きしめてしまった。
「綾香お姉さま……。ありがとうなのじゃ。葵お姉さまも結衣おねえさまも、本当にありがとうなのじゃ!」
ひなは、わたしが抱きしめる手に自分の手をそっと重ねる。
そして目尻に涙を浮かべながら、笑みを浮かべてくれた。
「アタシもひなちゃん、抱っこしたいなぁ」
「葵さん、今はその役目は綾香さんに任せましょう。さあ、ひなさん。右と左、どちらが、よりお好きですか?」
葵も結衣も、顔を見合わせて笑いあった後、ひなに衣装を見せる。
「そうじゃな……。此方、白がたぶん好きなのじゃ。雪が降った翌朝、全部が真っ白なのを見るのが好きだったのじゃ!」
「じゃあ、こちらが良いかしら? 葵さん、これに合うコーディネートをお願いしますね」
「あいよ、ゆいっち。残念だけどあやっちには、ファッション関係は任せられないからねぇ」
「あー、酷いよぉ! わたし、そんなに衣装センス悪いのぉ?」
何気ない女の子同士の会話。
寒い冬でも心が温かくなる。
そして腕に抱いた、ひなの暖かさも加わって、わたしはとても幸せな気持ちになった。
「こんなに買ってもらって良いのかや? かなり高額じゃろ?」
「大丈夫よ、ひなちゃん。お母さま、警視正から、おこずかいを貰っているから安心して」
ブティックの店頭。
両手に買った服を抱えて、ちょっと困り顔のひな。
わたしは彼女に安心させるように説明する。
……昨日、うちに警視正が来られて、札束入り封筒を渡しにきたの。自分だと遠慮して、何でもいいっていうから、わたし達に服とかを選んで欲しいって言ってたわ。
「……そうなかや? 母さまやお姉さまたちには、悪い事をしたのじゃ」
しかし、ひなの表情は曇ったまま。
さっきまでの笑顔がすっかり無くなった。
……しまった。ひなちゃんが、遠慮しちゃうのを忘れてたわ。
わたしは失言してしまった事を後悔するが、繋ぐ言葉が出ない。
「あ、雪だ。ひなっち、見てごらん」
「……綺麗なのじゃ」
そんなとき、葵が空を指さして雪が降り出した事をひなに教える。
「雪はきれいですわよね、ひなさん。真っ白で何も染まっていない感じがしますの」
「そうじゃな、結衣お姉さま。此方、仕事で人の業や悪意を沢山見過ぎてしもうた。人の心を覗くのが今も怖いのじゃ。甘えることなどできなかったのじゃ」
ひなは、怖がりながらも本音を語ってくれる。
先程まで遠慮していたのに、少しは心を開いてくれたのかもしれない。
「だから、何もかもを覆い隠し、きれいに見せてくれる雪が好きなのじゃ」
「では、わたくし達はどうですか? 綾香さんも葵さんも、わたくしも。怖いですか? 嫌いですか?」
結衣は、優しくひなに語り掛けてくれる。
とても、わたしにはそんな事は出来ない。
「……此方、お姉さまたちが大好きなのじゃ! 此方のことを知っても怖がりもせず、邪険にもしないのじゃ! 綾香お姉さまは、一緒に背中合わせて戦ってくれたのじゃ!」
「なら良いじゃないですか。子どもは甘えてもいいんです。少なくとも、ここではね」
「ゆいっち、流石だねぇ。アタシは難しいんことは、分からないけど、ひなっちは自分の意見をもーっと言ってもいいんだぜ。な、あやっち」
二人の友は、わたしには出来ない事。
ひなの心を救うような言葉を掛けてくれた。
「う、うん。ひなちゃん、わたし。もっとしっかりするね」
「……ありがとうなのじゃ! あ、め、眼から汗が流れるのじゃ。冬なのにおかしいのじゃ!」
荷物でふさがった両手では顔を覆えないひな。
袖先で顔を無理やり覆い、榛色の瞳から流れる涙を拭っている。
雪雲のおかげで日が陰った街。
クリスマスツリーの灯りが、雪を照らして美しく見えた。




