第17話 切った後に残るもの
ひなに襲い掛かろうとしていた老婆怪異。
わたしは、ひなをかばって老婆の前に立ちはだかり、その胸に刀を突きさした。
「こんなの悲しすぎるよぉ」
「いいんじゃよ。ワシは元よりこの世にいてはならぬもの。消えるが定め」
確かに、刃は胸元へと突き出したはずだった。
けれど、次の瞬間。
老婆の腕が、わたしの背に回された。
胸を刺しにいったのに、抱きしめてくれたのだ。
「どうして! どうして……。わざと、ひなちゃんを襲うような真似をしたの!?」
「そうでもせねば、優しいお前がワシを殺してはくれぬからのぉ」
ぽんぽんとわたしの背中を叩き、老婆は囁くように呟く。
背後で、ひなが息を呑む気配がした。
「……こんな事があるのかや? 魔物が、自分から終わりを選ぶなど……」
「でも、こんな終わり方は嫌だよぉ」
「仕方あるまい……。ワシは、自分で終わることすら出来ぬ存在になってしもうた」
胸に刀が貫いており、苦しいはずなのに、笑みを浮かべたままの老婆。
その姿は徐々におぼろげになり、光の粒が身体から天に上がっていく。
「ふはは。最後に優しい娘らにあえて良かった。ああ、これで……」
老婆は天を見上げる。
その眼には涙が浮かんでいた。
――その時。
「む……。ま、まさか!?」
老婆の視線の先、空の彼方から光が舞い降りてきている。
「せ、千寿丸! そこにおったのじゃ!!」
「どうしてなのじゃ!? こんな奇跡があって良いかや?」
「いいんじゃないの、ひなちゃん」
ひなだけでなく、わたしも言葉を失う。
空に浮かぶ光は、和装をした子どもの姿を形どった。
「サムライ娘よ。そして巫女娘。ワシは、其方らのおかげで再び我が子、千寿丸に会えた。ありがとう……」
光の親子は数百年ぶりの抱擁をし、そのまま天に昇る。
「ありがとう……。二人の娘らに幸あらん……」
そう呟いたあと、光は部屋の天井を越えて消えていった。
◆ ◇ ◆ ◇
「ふぅ。お疲れ様、ひなちゃん」
「お姉さまこそ、お疲れ様なのじゃ」
戦いが終わり、大きく息を吐くわたし。
ひなと顔を見合わせ、笑みを返した。
「しかし、かのような事があるとは、いまだに信じられないのじゃ。妖怪にまでなっとしもうた霊が、感謝しながら成仏するなど前代未聞なのじゃ!」
深夜のプレイルームに警察や鑑識が入り始める中、ひなは不思議そうな声を上げた。
「あのお婆さんは悪人じゃなかった。妄執に捕らわれていたけれど、子を思うお母さんだっただけ。なら、こういう最後でも良いと思うよ」
「そうなのかや? 此方が今まで戦ってきた妖魔には、そんなものはおらなんだ。殺すか殺されるかじゃった。もしや、此方が問答無用に滅した中に……」
ひなは言葉を途中で切り、視線を落とした。
それ以上、続きを口に出来ないようだった。
「ひなちゃんは、精一杯頑張った。だから、それでいいの。これからはわたしが必ず一緒だから、安心して」
だから、わたしはひなの頭を優しく撫で声をかける。
今後はずっと一緒だと。
「うん。ありがとうなのじゃ……」
しかし、まだ不安そうなひなは、部屋の中を見回す。
「お姉さま、これがクリスマスの飾りなのかや?」
「そうだけど……。もしかして、見たことが無かったの!?」
ひなは、不思議そうに壊れかけたクリスマスツリーや天井から吊り下げていたオーナメントを見る。
まるで、これまで見たことが無かったかのように。
「あ、テレビとかでは毎年見ていたのじゃ。此方は、本家。陰陽道の本山にあたる家で曾祖母に育てられたのじゃが、神道や仏教系の教えが基本にある家。キリスト教の祭りなど、祝ってもらった事は無かったのじゃ」
寂しそうにつぶやくひな。
彼女の家の事情は、薄々普通ではないとは思ってはいた。
だが、誰かと一緒に祝うクリスマスを知らなかったとは、想像もしていなかった。
「じゃ、じゃあ。わたしが退院した後に一緒に遊ぶ約束をしたよね。わたしは葵ちゃんや結衣ちゃんとクリスマス・イブの日に遊ぶ約束をしているんだけど、ひなちゃんも一緒に来ない?」
そのまま話題を終わらせることが、どうしても出来ない。
わたしは、ひなを誘ってみた。
「え! そ、そんなの良いのかや? 此方には、いつも民を守る責務があるのじゃ。呑気に遊ぶ暇など……。それにお姉さまのご友人にも悪いのじゃ」
しかし、ひなは遠慮してしまう。
だが、話す間にわたしへ視線を向けないし、彼女の視線の先には警察隊を指揮する警視正がいる。
母親と一緒に暮らす事が少なかった上に、今は仕事上の上司。
遠慮しすぎて母に甘える事が出来ないのではないかと、わたしは察した。
「じゃあ、お母さん。警視正に聞いてみるね。倉橋警視正! お話があります」
「何かしら、綾香さん。いえ、橘捜査員補?」
わたしが声をかけると、それまでの厳しい指揮官の顔から優し気な表情に変わる警視正。
彼女の視線は、やはり娘に向かっていた。
「実は、雇って頂いてすぐなのですが、お休みを頂きたいのです。12月24日を一日。クリスマス・イブに友人と遊ぶ予定なのです。出来ますれば、倉橋捜査官も同じタイミングで休暇申請をしたいとのことで……」
「お、お姉さま。此方は、まだ一緒に行くとは……」
ひなは口を挟むが、わたしは強引に休暇申請をする。
このくらいの無理、事件解決のご褒美に貰わねば、ひなが可哀そうだ。
「そうねぇ。ええ、良いわ。申請書は、また後日提出を。捜査官補、貴女には命令を出しておきます。ひなを精一杯甘やかして楽しませてきてね」
わたしが何を言いたいのか、分かってくれたのか。
いたずらっぽく表情を緩めて、わたしにひなを任せてくれた警視正。
なので、わたしも返礼する。
「はい。命令、拝命しました! かならず実行致しますので、御安心を」
「ちょ! お姉さまぁ。母さまも何を言うのじゃ!」
「あら、上司命令に反抗するの? ひな、まだ貴女は子ども。友達と遊ぶのも大切な事よ。じゃあ、仕事に戻るから、ひなを宜しくね、可愛いナイトさん」
わたしは真っ赤になったひなを撫でながら、どんな風に彼女を楽しませるか。
今から楽しくなる……はずなのに、胸の奥が少しだけざわついた。
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