第16話 切るしかなかったもの
「どうして、話を聞かないのよぉぉ!」
「お姉さま、今は戦いに集中するのじゃぁぁ!」
クリスマス会が終わった深夜のプレイルーム。
机が片づけられ、ツリーの飾りだけが残る広い床を蹴り、わたしとひなは老婆怪異と向き合っていた。
宙を舞う老婆が糸を繰り出し、わたしが切り払う。
ひなは、わたしの後ろで氷結系の術で支援攻撃。
「千寿丸を返すのじゃぁぁ!」
「だから、あれは連くんなんですってぇ! 話を聞きなさーい」
プレイルームの中を飛び回り、攻撃を繰り出す老婆。
その素早い動きに翻弄されるうえに、愛する子どもを求める声が、わたしの手首を重くし、刃を鈍らせてしまう。
「お姉さま。このままでは危ないのじゃ。切るしかないのじゃ!」
「そうは言われても……」
老婆から繰り出される糸で、部屋の壁や据え置きの本棚。
そして、まだ片づけていなかったクリスマスの飾りが傷つけられていく。
「早くワシの大事な千寿丸を差し出せぇ、憎らしい小娘どもめぇぇ」
「……どうして、どうして分かってくれないのよぉ!」
手加減していたら、とことん暴れまわる老婆。
それでもなお暴れ続ける老婆に、わたしの胸の奥で何かが切れた。
……こうなったら、切ってでも動きを止める!
「うぉぉ!」
声を上げて、老婆に向けて踏み込んでいく。
迫る糸の攻撃を、剣先でいなしながら。
……糸だけを切れれば!
子猫の霊を縛り付けていた悪意の糸。
あれと同じ糸が、老婆自身を縛っているのなら。
わたしは、その「縛り」だけを断つつもりで刀を振るう。
老婆の間近、息が届くほどの距離まで踏み込む。
渦潮に似た円の剣閃が走る。
老婆の周囲から、黒い糸が一斉に弾け飛んだ。
「……虚空一閃、渦潮」
更に追撃。
「ふん! 浮舟!!」
わたしは刀を返し、柄頭を前にして老婆のみぞおちへと突き技を繰り出した。
「ぎはぁ!」
糸を全部切り払われた老婆は、壁に叩きつけられ、ようやく動きを止めた。
わたしは肩で息をしながら、刀の切っ先を老婆に突き付ける。
「やっと止まってくれた……。ちゃんと話を聞いてください。貴女のお子さん、千寿丸くんは……」
わたしが老婆に語り掛けた時……。
「お姉ちゃん、おばあちゃんと何の話しているの?」
一瞬、時間が止まる。
ここにいないはずの連くんの声がプレイルームに響いたから。
「どうして!?」
わたしが声の方に視線を向けると、壁に手を付いて歩いてきた連が部屋の入口に立っていた。
「おお、千寿丸や。ワシの呼びかけが聞こえたのじゃな」
「うん。おばあちゃんの声が聞こえたから、来てみたんだ」
「ちょ、警視正たちは何をしているのよ!」
「まずは、連どのの安全優先なのじゃ!」
わたしとひなは急いで連をかばうように連の前に向かい、老婆に向かって立ちはだかる。
「お姉ちゃん、どうしたの? 怖い声出して」
「だって……」
連の疑問に答えが出ない。
老婆の正体を伝えれば、両親のことや彼の怪我の原因が連に伝わってしまいかねない。
「千寿丸や。ワシのところにおいで」
先ほどまで狂暴化していた老婆。
連に向けて優しく問いかけた。
「僕、千寿丸じゃないよ。連っていうの、おばあちゃん」
「え? 千寿丸ではないのかい??」
連の言葉に驚く老婆。
彼女の動きがぴたりと止まった。
「そうだよ、おばあちゃん。あの時は僕やお父さん、お母さんを壊れた自動車から助けてくれて、ありがとう」
「ワシは一体何を……」
連からの感謝の言葉を受け、更に困惑する老婆。
すっかり殺気を失くした彼女から、わたしは剣先を外した。
「お婆さん、連くんだけでなくて、ご両親も助けてくださったのですね。わたしからもお礼を言わせてください」
そして、老婆に向けて頭を下げる。
連の家族を襲った事故は、彼女が狙って起こしたわけではないだろうから。
「そんな……、そんな……」
「どうしたの、おばあちゃん。泣いてる?」
顔を両手で覆い、しゃがみ込む老婆。
連はわたしの制止を避け、老婆の元へ向かう。
「僕ね。おばあちゃんにもう一度逢えたら、ありがとうっていうって決めてたんだ。僕やお父さんたちが危ないときに、助けてくれたんだもん」
そして手をそっと老婆の方へ差し出した。
「ああ……この子はなんて優しい子なのか! ああ、ワシは何をしてしまったのかぁぁ!」
連の手をそっと握り、涙を流す老婆。
その目には黒い瞳が戻り、狂気もすっかり去っていた。
「ふぅぅ」
わたしは大きく息を吐き、ひなの顔を見る。
「一件落着じゃな。お姉さまは甘すぎるのじゃが、悪い気分では無いのじゃ」
「ごめんね、甘ちゃんすぎて。あ、警視正!」
文句を言うひなだが、その目は笑みを浮かべている。
そして、ひなの背後からバツが悪そうな顔の警視正が現れた。
「ごめんなさい。警備の隙間を通られちゃったわ。さあ、連くん。お部屋に帰りましょう」
わたしやひなに頭を下げて、連の元にむかう警視正。
老婆も警視正を一瞥した後、手を離して連をそっと押し出す。
「坊や、夜分遅く呼び出して悪かったのぉ。婆は、また来るでな。今日は寝るんじゃぞ」
「うん。じゃあ、おやすみなさい、おばあちゃん」
「じゃあ、わたしが手を繋いで病室に行きましょう。綾香さん、ひな。後をお願い」
バイバイと手を振って、警視正と一緒に連は去っていった。
「……小娘、教えてくれぬか? 坊やの両親はどうなった? ワシが助け出した時は、既に虫の息であったが?」
「残念ながら……。あの事故は貴女の責任ではありません」
わたしは、老婆を責める言葉を言えなかった。
偶然、その場に出くわしただけであり、被害者を助け出した彼女に罪はない。
本当に運が悪かっただけ。
「子を求めていたワシが、子から親を奪ったのか! ワシは、許せぬ罪を犯してしもうたのかぁ! どうすれば、あの子に償えば……」
「もう過去は変えられません。貴女が出来る事は、大人しく元の場所。祠に戻って頂き、連くんの成長を静かに見守ってあげることです」
嘆き苦しむ老婆に向かって、わたしは手を差し出す。
罪を償おうとする者に対し、刀は振るえないから。
「……。そ、そんなわけにはいかぬ! やはり、あの子をワシの子として、育てるのだぁぁ! 小娘、どけぇぇ!!」
しかし、老婆は再び白目を向き、歯向かってくる。
「まずは、そこな巫女娘! どけぇぇ!」
老婆は両の腕から爪を伸ばし、ひなに飛びかかろうとしている。
「う、うわぁぁ!!」
ひなの前で盾になるわたし。
刀を迫りくる老婆の胸に突き出した。
「ぐふぅ!」
すとんと軽く老婆の胸を貫通する刀。
ひなを引き裂こうと広げていた老婆の両の腕が、わたしの背中に回された。
「……どうしてなの?」
しかし、老婆の爪はわたしには刺さらず、彼女の手はそっとわたしを抱きしめてくれた。
「こうでもせねば、あの子に合わせる顔が無いでな……」
老婆は優しい声で、わたしの問いに答えてくれた。
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