第15話 切らねばならぬもの
「すいません。患者さんに飾り付けを手伝ってもらって」
「いえいえ。わたし、こういうの好きですから。それに、実は兄が幼少期にこちらにお世話になってまして、クリスマス会が楽しみだったと聞いてます」
小児総合病院のプレイルームでは、夕方から行われるクリスマス会の準備が進んでいる。
勤務時間外の看護師や保育士、理学療法士、更には院内学校の先生たちが大急ぎで飾り付けをしている。
そんな中、明日が退院日。
かつ入院患者として最年長のわたしも、飾りつけの手伝いをしている。
「そうだったのですか。人のご縁は、狭いものなんですね」
「ええ。母もそんな事を言ってました。兄は発熱すると必ず熱性けいれんを起こして、入院になってました。あ、兄ですが後遺症もなく、今は医大の学生やってます。自分が助けてもらったのを、恩返しするんだって」
わたしより五つ年上の兄。
わたしを可愛がってくれるのは良いのだが、戦う事には母以上に猛反対。
正月に帰ってきたら、かなり大変な事になりそうだ。
部屋に掛けられたカレンダーを見ると、今日。
19日の部分に赤丸とクリスマス会の文字がマジックで書かれている。
……今年のクリスマスイヴやお正月は、ひなちゃんと遊べるかな?
窓の外では、寒風によって葉を失くした広葉樹が大きく揺れている。
まだ雪は積もってはいないが、外を歩く人々は寒そうにして防寒具に身を固めている。
「今年はホワイトクリスマスには、ならないかな?」
「予報では、今晩遅くから雪みたいですよ。本当のクリスマスが楽しみですね」
わたしの呟きに、保育士の方が反応してくれる。
「ええ、明日には退院です。皆さんに本当にお世話になりました」
わたしは、周囲で会の準備をしている方々に頭を下げた。
病魔と戦う子ども達が少しでも過ごしやすくしてくれている人たち。
兄が将来、医療者として人々を救いたいという思い。
わたしが、人々を守るために剣を振る理由にも似ている。
……兄妹揃って、お人好しなのかもね。
「いえいえ。こちらこそ、子ども達が寂しがります。優しいお姉さんが本を読んでくれるって、大人気でしたものね」
「ええ。理学療法士仲間でも貴女のことは大人気でしたよ。リハビリでいきなり木刀を振り出したのには、びっくりしましたけどね」
みんな、笑いながら子ども達が喜ぶことを願って働いている。
とてもステキな事だなと、ツリーの飾り付けをしながら思った。
◆ ◇ ◆ ◇
クリスマス会も終わり、飾り付けだけが残る真っ暗なプレイルーム。
夜になり、雪が深々と降り積もる中。
壁や窓をすり抜けして、黒い糸が部屋の中に飛び込んでくる。
重力を無視して動く糸は、空中で集まって黒い糸玉となる。
「千寿丸、千寿丸はいずこや?」
糸玉が広がると、中から白い長髪をひどく乱した老婆が現れ、子どもの名を叫ぶ。
「ごめんなさい。ここには連くんはいないわ」
「ぬぅ。小娘! もしや、ワシを罠に嵌めたのかぁ!」
空に浮かぶ老婆怪異に、わたしが声をかけると同時に部屋の照明が付く。
「ふはは! 此方にかかれば、術を騙すのも可能なのじゃぁ!」
ジャージ姿のわたしの背後には、老婆から伸びる糸の切れ端。
連に繋がっていた「糸」をもった巫女服姿のひながいて、ドヤ顔。
老婆をおびき寄せることに成功したのが、嬉しい様だ。
「ひなちゃん、あまりお婆さんを刺激しないでね。えっと、お婆さんって呼んでいいですか? 貴女がお探しのお子さん。千寿丸くんは、ここにはいません。貴女がこの世界を去って既に四百年は過ぎているんです」
ひなを一旦制止し、わたしは刀を抜かずに老婆に説得を開始する。
ひなを、通じ調べてもらった祠の由来。
そこには悲しい歴史があった。
「貴女が、お子さまの事で悲しい思いをなさり、今のお姿になったとお聞きしています。ですが、既にお探しのお子さまは、この世にはおりません」
「嘘じゃ! 小娘が口からでまかせをいうではない! 男子は千寿丸に違いないのじゃ!」
黒眼の無い眼でわたしを睨み、手を震わせながら嘘を言うなと吠える老婆。
その言葉は狂気じみてはいるものの、子どもへの深い愛を感じ、わたしは悲しくなる。
「貴女には信じられないのかもしれませんですが、時代は大きく変わっています。千寿丸くんが、どうなったのか。記録には残っていないのですが、既に天へ昇られているはずです」
「小娘が何を言う! パライソに先に行ってるなどと、嘘を言う出ない! あの時、ワシは出会えたのじゃ。壊れた鉄の牛車からあの子を助け出したのは、ワシなのじゃ」
「う! そうだったのかや」
老婆が語った、連の家族を襲った事故。
ネット接続されていたドライブレコーダーの映像が、保険会社側に残っていた。
そこには夜の山中国道を走っていた自動車が、道路に突然飛び出してきた老婆を避け、法面に激突。
ひっくり返ったところまでが撮影されていた。
「連くんのご両親が運転していた車が事故をしてしまったのは、不幸な出会いでしたわ。そして連くんを事故車から助けてくれた事には感謝しています。でも……。でも、連くんは貴女のお子さまでは無いんです!」
わたしの感謝の言葉を聞き、一旦動きを止める老婆。
白く濁った瞳が、ほんの一瞬だけ、迷うように揺れた。
「黙れえぇ。小娘めぇえ。もう辛抱ならぬ! お前らを殺してでも、千寿丸を奪い返すのじゃぁ!」
しかし、愛憎に心を縛られた彼女には、人生経験も少ないわたしの思いは通じない。
身体から伸びる糸を操り、わたしとひなに向けて攻撃を開始した。
「もう! バカぁ! 切りたくないのにぃぃ。ひなちゃん、避けて」
「うんなのじゃ!」
仕方なく日本刀を抜き、迫ってくる糸を切り裂く。
ひなも、手に持っていた糸を手放し、懐から御札を出す。
「こうなったら、戦うしかないわ」
わたしは刀をぎゅっと握り、切らねばならぬ悲しい敵を、執着ごと睨み返した。
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