第39話(累計 第112話) 無垢なる願い、神剣を呼ぶ
邪神の世界の中、虹色の闇にひとり漂うわたし。
邪神<這い寄る混沌>の顕現である奈良原により追い詰められ、もう少しで発狂しそうになっていた。
「お姉さまなら、邪神の降臨を阻止できるのじゃ!」
しかし、突然現れたひなによって、わたしは絶望から引き戻された。
「え!? ど、どうやって? もう、この結界をわたしが斬り開いちゃったのに?」
「確かに、旧神の結界は、お姉さまが『鍵』になって斬り開いてしもうたのじゃ。じゃが、まだ結界全体が破壊された訳じゃないのじゃ。一部だけ、開いた。扉が出来たのと同じなのじゃ」
ある程度落ち着いたものの、状況が理解できないわたしに、ひなが説明してくれる。
わたしが斬り裂いたのは、神による結界の一部だけだと。
「そ、その通りです。ですが、もう開いてしまった扉は閉じる事は出来ません。神に対し何も出来ぬ小娘ども。絶望するのです!」
「ふははは! 甘い、ハチミツのように実に甘いのじゃ、神モドキめ。そういえば、黄金の蜂蜜酒は神話のアイテムじゃったな。さて、お姉さま。これを使うのじゃ」
「え? ひなちゃん。今、何処から出したの??」
「乙女の秘密。女の子は隠す場所が沢山あるのじゃ!」
想定外の状況に慌てるも、無駄だと言い張る奈良原。
しかし、いつも通りなマイペースのひな。
邪神相手にギャグ会話をしながら、隠すところがほぼ無いはずの巫女服の胸元から、まるで手品のように何か細長いものをひょいと取り出した。
「これは、此方が結界内に入れた理由であり、お姉さまが奈良原を倒せた理由なのじゃ」
「これって、短刀? いや、両刃だから短剣!? 両刃の日本刀って、確か『小烏丸』だったっけ?」
拵えは普通の短刀に見えたが、鯉口を切れば先端部が両刃になっており、その刃はうっすらと金色の輝きを纏っている。
「切っ先両刃造りの短刀じゃ。ちなみに同じ造りの小烏丸は確か太刀じゃな。此方も日本刀の事を沢山勉強したのじゃ」
「ひ。ひぃぃぃ! そ、その刃は、私を切り裂き、焼いた……!?」
ひなは得意げに刀の事をわたしに説明するが、その刃の放つ金色の光を垣間見、奈良原は怯えだした。
「じゃあ、これはあの神剣。天叢雲剣の形代? 偉いところから借りてくるって話してたし」
「そうなのじゃ。伊勢神宮にある本物でもないし、皇居。陛下の元にある物とは別。更に言うなら、壇ノ浦で沈んだ剣とも別なのじゃ。伊勢神宮の秘宝の中から一振り借りてきて、それに神降ろしをしたものじゃ」
ひなの説明で、わたしは自分の手の中にある剣について完全に理解する。
<這い寄る混沌>を倒した力、その一端が借りてきた神剣にあった。
……ブリーフィングでも、秘策としての剣の事は聞いてたしね。
「そ、それはレプリカに過ぎないはず。神の力を借りたとしても! たかが一国の、それも人間風情が作り上げた古い神もどきが、そんな力を持つはずもなく……」
「うるさい! アンタ、この剣が怖いのね。確かに一度はこの剣で負けたもの。使う前から警戒はしてたみたいだけど?」
怯える奈良原は強がりを叩くが、それでも震えながら後ずさりをする。
また、こちらに迫りつつあった邪神の王たちも、動きをピタリと止めた。
「邪神とやらも情けないのぅ。すっかり語るに落ちたのじゃ。かのような小さな刀に怯えて止まる。お姉さま、これで勝てるのじゃ!」
「そうみたいね。で、どうしたらいいの、ひなちゃん」
逆転の様子を感じ、わたしは元気を取り戻す。
抜き去った短刀を構え、怯える邪神たちに切っ先を向けた。
「これから、お姉さまが斬るのは、結界の裂けた場所。裂けたという概念を斬り裂いて、結界が裂けたという事実を無かったことにするのじゃ!」
「む? 概念を斬るの? まあ、これまでも形の無いものを沢山斬って来たから、今更よね。で、斬ったら、わたしたちはどうなるの?」
ひなが話すには、結界が斬れているという事実。
その概念を斬り去って、結界が斬れたという事実が無かった事にしてしまおうというらしい。
……でも、斬った事実が無くなったら、結界内にいるわたしやひなちゃんはどうなるの? もしかしたら……?
「……すまぬ。おそらくは、この世界に二人閉じ込められてしまうのじゃ。じゃが、それしか……」
十秒ほど無言状態が続いた後、ひなはこれまでの明るい口調から苦し気な表情をし、悲しい結末を話す。
二人、邪神の世界に閉じ込められ、おそらくはそのままで最後を遂げると。
「やっぱりね。でも、わたし。ひなちゃんと一緒なら良いよ」
わたしは、躊躇なく即答。
ひなと一緒なら、どんな場所でも大丈夫だ。
……例え、死地でもひなちゃんと一緒なら後悔しないわ!
「すまぬ。今、此方はこれしか思いつかないのじゃ」
「いいよ。二人なら怖くないもの。さあ、時間もないから、ちゃっちゃとやっちゃおう。はぁぁぁ!」
右手だけで握っていた短刀。
そこに左手を添え、残った力を込める。
そして、眼を閉じた。
……ここは邪気が沢山あるよねぇ。背中にある暖かい光は、ひなちゃん。えっと……。これが結界かしら? 斬れているのは……。
わたしは深く瞑想し、周囲にあるものを感じ取ろうとした。
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