第38話(累計 第111話) 無垢なる力、絶望を切り裂く
「ここは外なる神々や旧支配者が閉じ込まれし世界です」
虹色に見える闇の中、一人華麗に浮かぶ邪神、<這い寄る混沌>。
彼は黒い執事の姿、奈良原の形をとり、嘲笑を浮かべながらわたしに囁く。
……さっきまで、上半身だけだったのに、もう再生しきってる。あれは、わたしを油断させるための姿だったのぉ!?
「で、でも。彼らは、他の神さまに閉じ込められたってお話でしたよね」
「ええ、その通り。ですが、その扉は貴女。綾香どのの力によって、先ほど開かれたのです。『鍵』の役割、ご苦労様でした。これで用済みとなりましたね」
わたしの質問に得意げに、ドヤ顔で答える奈良原。
自分の望みが叶ったというのが、実に嬉しそうな様子。
「くぅ。わたしの努力が、全部無駄になってしまったのぉ!?」
「ええ、お疲れ様でした。綾香どの、その絶望と怒りに満ちたお顔。実に良いです。まもなく、我らが魔王、アザトースさま。そして副王にして『門にして鍵』、ヨグ=ソトースさまが顕現し、この世界からお出になり、手始めに地球を我が物とするのです。全ては、憎らしき旧神に復讐するために!」
奈良原が指さす彼方、遠方。
そこには、二つの集団が存在する。
フルートやオオボエ、太鼓など数々の楽器を演奏する見たことも無い姿の異形なるモノたちに囲まれた泡立つ不定形体の異形が、無限に膨張と収縮を繰り返している。
また、おぞましい虹色に輝く球体の集合体もさらに奥にいた。
球体が弾けると同時に「扉」が開く。
そこからは、見たことも無い世界や地球らしき風景が垣間見える。
「あ、あれが、邪神の王!」
「ほう。我らが王の姿をその眼で見ても、まだ正気を保てるとは! ヒトの身で神の御前に出られる力。ますます、今後も綾香どのの力を欲しくなりました」
異形なる神々が、徐々に迫りくる。
その凄まじい気配とおぞましい姿は、わたしの精神を蝕み削る。
空間をゆがめるためか、その全体像は明確には見えない。
だが何故か、その表面ははっきりと見え、粘液に覆われた表面は絶えず泡立ち、眼や口、耳らしき器官が生まれては、粘液の海に沈み消える。
吸盤を持つ触手は、周囲で楽器を演奏する仲間すら捕縛して口に放り込んで喰らう。
球体が弾けた後に出来る「扉」も、見たことも無い生き物や岩、水。
更には歪な建物を空中に吐き出し、逆にこちらの「闇」を吸い込む。
とても人間には、把握も理解もできないその姿と力。
……これ、正気を失った方が楽だったのかもしれないわ……。
わたしの油断で、恐るべし邪神たちを解き放ってしまった。
許せざる罪、人類絶滅の危機。
正気を失えば、その恐ろしさを感じる事もなかったのに、わたしは気が付いてしまった。
もう、わたしのちっぽけな力では。
一人では、最早どうしようもない事を。
「あ、ああ! あぁぁぁぁ!!」
「お、ようやく正気を失いましたか? 時間差で己の矮小さと無力さを理解しましたか? これで壊れてしまうのは少々惜しいですね。せっかく、我らが王が、地球を蹂躙する姿をお見せできるかと思いましたが……」
わたしの口から大声が飛び出す。
自分が仕出かした事、そして何も出来ない事への怒りと申し訳なさ。
そして、これから起きるであろう惨劇への痛恨と悲しみで。
「では、我らが王アザトース。副王ヨグ=ソートスよ、ここから……」
「そうはいかんのじゃ!!」
だが、わたしの絶望の叫びをかき消し、奈良原の笑みを打ち砕く声。
乙女の清き叫びが、虹色の闇を打ち消す様に響いた。
「え!? ひなちゃん!」
「お姉さま、まだ壊れるのは早いのじゃ」
叫ぶのを止め、声の方に振り返る。
そこには、いつも通り。
わたしに笑いかけてくれる少女。
ひなが居た。
「え!? え? ここは閉鎖空間でしょ? どうして、ひなちゃんまで来ちゃったの?」
「此方が、お姉さまお一人にする筈ないのじゃ! 邪神の企みなぞ、力業で押しつぶしてやるのじゃ!」
わたしに飛びついて抱きつき、ドヤ顔のひな。
その小さくも柔らかくて暖かい身体。
そして優しい香り。
それまでパニック状態だったわたしの心は、すっかり落ち着いた。
「な、何故。『鍵』でもない小娘が、この結界内に入ってこれるのですか!? そ、それに神を見て精神が崩壊しないなど?」
「あんなの。海産物にしか見えぬし、特撮怪獣としてもデザインが最悪。センスが壊滅的なのじゃ。それに力とて、想像の範疇。結局は神でも無く、少々力を持っただけの愚か者どもなのじゃ」
予想外らしい展開に、これまでの余裕をすっかり失くす奈良原。
ひなも、邪神など大したことないと言い返す。
こんな状況なのに、ひなはいつものひなだった。
……ぷ! 邪神もデザインにケチ着けられたら可哀そうね。確かに言われてみれば、いいとこ悪夢の範疇かしら?
「い、言わせておけば!! だ、だが、クソガキども。オマエらには、神の王を倒す力などないであろう? もう『門』は開いてしまった。我らが地球に現れるのも時間の問題……」
「そこでなのじゃ。お姉さま、此方に力を貸してほしいのじゃ。確かに、このままでは邪神が地球に現れ、世界は終わるのじゃ。じゃが、お姉さまなら、それを阻止できるのじゃ!」
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