第35話(累計 第108話) 無垢なる刃、邪なる神に抗う
「命乞いをするなら、今ですよ? 己の無力さに絶望して、私の僕となって下されば、貴女だけでなく、ご家族やお仲間も助けてあげますよ」
半壊し、擱座。
スクラップ寸前の守護鬼神<無銘>。
そこへ向かって邪神<這い寄る混沌>の顕現、黒騎士が一歩ずつ。
ガシャンガシャンと音を立て、迫ってくる。
……まだ! まだ、もう少し。『アレ』は何度も使えないから、今は辛抱!
「それでもご不満ですか? いえ、私は人類が滅ぶのを望んではいません。だって、こんなに面白い知的生命体なんて、どの並行宇宙にもいません。矛盾の固まりであり、混沌。我ら、外なる神々や旧|支配者を崇め奉るに、これ以上最適な種族などおりません」
嘲笑し、人類を見下しながら、服従を迫る邪神。
その傲慢さに怒りを覚え、わたしは思わず歯を食いしばった。
「貴女がたも、家畜を飼育するでしょう? 可愛がって育て、そしてそれを殺して喰らう。それと同じ。我らは貴女がた人類を大事に飼育するのです。この宇宙、並行世界には我らよりも更に残酷で理不尽な存在がいくつもあります。それらからも庇護してあげますよ?」
一歩ずつ歩み寄り、私を懐柔するような台詞を吐く邪神。
黒騎士の仮面、そこには一切の表情は無く能面。
まさに無貌の神。
しかし、その声には高揚感があり、わたしたちが絶望するのを楽しんでいる様にも聞こえる。
……こいつ! まだ、わたしたちを弄ぶつもりなの!?
「あれ? 綾香どの。そしてひなどの。言い返してこないんですか? 普段なら『違うのじゃ』と叫ぶ場面ですよ。あ、そうですか。私が隙を見せるのを待っているんですね。貴女がたの表面思考など、簡単に読めてしまうんです」
わたしの間合い、その一歩手前で立ち止まる禍々しい黒騎士。
彼は、わたし達の策など完全に読んでいると見下す。
「なるほど、『アレ』ですかぁ。確かにアレでしたら、私にも効果はあるでしょう。ですが、所詮は形代。神剣そのものではないレプリカ。私に直接刺さないと効果は出ないですねぇ」
「あ!? そ、そこまで見抜かれているの!?」
わたしは、<這い寄る混沌>がわたしたちの秘策まで読み切っているのに、ついぞ驚いてしまった。
「お、良い声ですねぇ。恐怖と驚き、困惑がまじりあったような感情。実にぃ心地いいぃ。さあ、もっと絶望しなさい。まだ絶望が足りないなら……。そうですね、この邪魔な結界を作っている方を殺しましょうか? 貴女らの血縁とか。そうすれば……」
「このインチキ神モドキ! 此方のひいお婆さまに手出しするのじゃ!! そんな事をすれば……」
ひなに対しても脅迫をしてくる奈良原。
曾祖母を人質に取られては、さしものひなも声が詰まる。
「すれば……。どうなさるんですか? ポンコツな守護鬼神とやらは、消滅寸前。全ての策はバレ、弾も尽き、弓折れ、刀尽き。もう、貴女がたには選択肢はないのです。さあ、私の僕となりましょう」
「……どうしたらいいの……」
全ての策を封じられ、追い詰められたわたし達。
<這い寄る混沌>を追い詰めていたと思っていたが、逆に追い詰められていたのは、わたしたちだった。
「……もう、だめ……」
操縦桿を握る手に力が入らない。
偉そうなことを言ってても、わたしには何一つ守る事が出来ない。
そう、背後に座る小さな女の子、一人すらも。
「……お姉さま。此方、お姉さまと一緒なら、何も怖くないのじゃ。たとえ、今ここで死んでも後悔しないのじゃ」
弱弱しい声で後方席から呟いたひな。
その声を聞き、わたしは背後に急ぎ振り返った。
「じゃが、じゃが……。本当は、お姉さまや皆と一緒にずっと生きていたいのじゃ!! 笑いあって生きたいのじゃ!」
泣きながら微笑んでくれたひな。
その幼いながらも美しい顔は、血と埃に汚れている。
これまで気が付かなかったが、ひなはコクピット内を飛び交った破片で負った切り傷から幾筋の血を流していた。
「ひなちゃん! 怪我しているの!?」
「それは、お姉さまもじゃ。随分とボロボロじゃな」
わたしもヘルメットを脱ぎ自分の姿を見返せば、防弾防刃素材の服も幾か所も傷つき、額から血が垂れているのに気が付いた。
「うふふ。お揃いだね、ひなちゃん」
「そうじゃな」
わたしは、顔に垂れる血を拭う。
そして絶対的な死を前にし、不思議と笑ってしまった。
それは、ひなも同じ。
「どうしましたか? 死を前に心が壊れてしまいましたか? それならそれで、『鍵』に仕立てやすいのですが?」
「アンタ! うっさいわ。さっきからぺちゃくちゃと自分の都合の押し付けばかり。自分で封印が解けないからって、わたしを道具にするの、間違っているわ! 人間よりも高等な神さまが、人間の力を借りないといけないのって、恥ずかしくない!?」
二人のささやかな触れ合いすら邪魔する邪神。
わたしは頭にきて、思いっきり言い返す。
神さまともあろうものが、人間の力を無理やり借りないと何も出来ないと。
「く! 今度は舌戦ですか? いいでしょう。相手して上げましょう。我ら偉大なる御柱。たかが百年も生きぬし、生身では星から離れて生きる事も、他次元にも行けぬものたちとは違うのです。偉大で高等で、強く素晴らしき存在。そんな神の役になれるのは実に誉れ。名誉あること。そこに、どんな不満があるのですか?」
<這い寄る混沌>はこれまで向けていた剣先をわたし達から外し、天を仰ぐ。
そして自ら邪神たちが素晴らしい存在であり、それらに使われてこそ名誉だと言い張る。
まるで、舞台上の名優のように酔いしれる。
「そんなの不満しかないのじゃ! 第一、そんなに強い存在が封印されてしまったのは、どうしてじゃ? 大方、今みたいに傲慢と愚かさゆえに敗れ去ったのじゃな」
「こ、このクソガキがァ! 我らを! 偉大なる父神。アザトゥースさまやヨグ=ソトースさまを愚弄するかァ! あれは、卑怯なる旧神の策略にハマってしまったが為。本来であれば、負けるはずの無い戦いであったのです!」
ひなの挑発。
どうやら邪神に対するクリティカルヒットであったらしく、急に<這い寄る混沌>の顕現はこれまでの紳士的な態度を崩し、叫び出した。
……これ! チャンスかも。ナイス、ひなちゃん。
わたしは、残る力で操縦桿を握り返した。
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