第33話(累計 第106話) 混沌へ挑む刃
「では、そんな賢い綾香どのに敬意を示し、私自ら戦ってあげます」
わたしの挑発に対し、珍しく嘲笑を消した<這い寄る混沌>の顕現が一体、奈良原。
空中に作った結界足場の上から、わたしに対し自ら戦うと宣言した。
「そうですね。この汚くて、勉強はできても愚かな邪魔モノは……。受け取ってください」
そして、空中から足元で気絶していた白衣の男。
松戸をポイと放り投げた。
「あ、危ねぇ!」
和也がいち早く動いてくれ、空中で松戸を受け止める。
……あー、これは完全に正気を失くしているわ。息はしてるから、このまま逮捕ね。
和也の腕の中の松戸。
白目を向き、口から泡を吹いて完全に気絶している。
「母さま。そこなる狂博士を持って、ここから逃げるのじゃ。奈良原は本気の様子。此方らは、皆を庇う余裕が無いのじゃ。奈良原や、紳士な其方なら、そのくらいの時間はくれるのじゃろ?」
奈良原と交渉するひな。
警視正ら、足手まといになりかねない人たちの避難の許可を先に得ようとする。
「……そうですね。ここで本気の綾香どのを見たいので、認めましょう。じゃないと、今にでもバルカン砲の餌食になりそうなので」
奈良原も、わたしが殺気込みでバルカン砲の銃口を向けているので、小さく肩をすくめ、しょうがないと皆の避難を認めてくれた。
「わかったわ、ひな。『アレ』を先に渡しておくから宜しくね。綾香ちゃん、二人で必ず生きて帰ってきて」
「ありがとうなのじゃ」
「はい、警視正。必ず!」
一旦開いたコクピットに乗り込み、ひなへ大事そうに布で包まれた細長い物を渡した警視正。
わたしたちにそれぞれハグをして、生き残れと言ってくれた。
「もういいのですか? こっちは、何時でもいいんですよ?」
奈良原は空中から地上にゆっくりと降り立ち、早く戦いたいと宣う。
「女の子には化粧直しをする時間も必要なの。もう少し待てないかしら?」
だが、警視正らが安全地帯まで逃げる間、わたしは時間を稼ぎつつもバルカン砲の銃口を奈良原からは絶対に離さない。
「ひなちゃん。奈良原、<這い寄る混沌>にバルカン砲が効くと思う?」
「正直、当たったらラッキー程度じゃな。物語に出てくる通りの存在であれば、空間を弄る時空間歪曲場によるバリア持ちじゃ。実体弾じゃから、光学兵器や魔法攻撃よりはマシじゃ」
外部スピーカー機能を切って、ひなと作戦会議。
奈良原に対しての対策を聞いておく。
「お姉さま。『アレ』はギリギリまで使わぬのじゃ。おそらく使えるのは、此方とお姉さまの魔力気力を全部使っても一太刀。ここぞという時に振るうのじゃ」
「分かったわ。奈良原さん、こっちは準備良いです。で、そのままのお姿で戦うんでしょうか? 流石に<無銘>ですと踏みつぶしてしまうんですけど?」
無事、周囲から皆が逃げたのを確認後。
奈良原に戦いの開始を宣言する。
ただ、人間サイズ相手だと流石に心が痛むので、こちらも自由に戦えと言ってみた。
……プチンと踏みつぶしたりするのは、流石に感触が嫌だわ。
「では、貴女がたと同じサイズ。同じ姿でかつ剣で戦ってみましょう。それでこそ、私との実力差を実感できるでしょうし。心まで打ち倒し、『鍵』になってもらいます。では、ふむ!」
しばし顎に手を当て、考えをしている奈良原。
ではと、わたしが駆る<無銘>と同じ姿になると宣言し、力を籠める。
すると、彼の周囲に黒い竜巻が発生。
<無銘>すらも吹き飛ばそうとする突風が吹き荒れ、それが突然止まると……。
「黒騎士のつもりかや?」
「ええ。そちらが武者なら、騎士で応じるのが筋というものでしょう」
そこには、<無銘>と同じくらいの身長をした黒い鎧をまとった騎士らしき存在が立っており、そこから奈良原の声が聞こえてきた。
……まるで、黒曜石みたいな感じ。全身が刺々しくて両腕も剣が直接生えているわ。
「では……。参ります!」
……早い!
奈良原の宣言と同時に、モニター画面から黒い騎士の姿が消える。
わたしは悪寒が走った場所。
鬼神の左鎖骨部分へと拾い上げた野太刀を思わず動かすと、凄まじい衝撃を受け、そのまま駐車場の端まで吹き飛ばされた。
「きゃぁぁぁ!」
コクピットの中は、まるでミキサーの中のように振り回される。
前面モニターもヒビが入るし、細かい金属部品がコクピット中を弾丸のように飛びかう。
「お見事、綾香どの。音速を越えた我が攻撃に反応できるとは、中々ですね」
轟音と突風が、吹き飛ばされた後に<無銘>を襲い、その後から奈良原の呟きが聞こえてきた。
「くぅぅ。あ! ひなちゃん、大丈夫!?」
「此方の事は心配せぬで良いのじゃ。じゃが、呪術以外に剣術も強いとは想定外なのじゃ!」
一瞬気を失いそうになるも、背後に座るひなの事を思い出し、気合を入れ直して機体を起こそうとする。
「そのまま寝てたら死にますよ。ほら!」
両腕をクロスして振るう奈良原。
腕の先にある剣は音速を越えたのか、モニター上では全く見えない。
だが、そこから放たれた衝撃波がコンクリート舗装された地面をガリガリと削りながら迫ってきた。
「うぁわぁ!」
ジャンプジェットと背筋を使い、一気に飛びあがる<無銘>。
なんとか衝撃波を避けたかと思えば、今度はモニターいっぱいに黒い騎士が映る。
「なんとぉぉ!」
突き下ろしてくる黒騎士の剣先に野太刀の剣先をぶつけ、攻撃を逸らす。
「ほう?」
不思議そうな声を上げる黒騎士に対し、逸らした勢いのまま突きを繰り出すが、ひょいとバックジャンプで避けられた。
「はぁはぁはぁ……」
「まだ立っていますか? 今までこの姿で立ち会って、三合までの打ち込みを凌いだ剣士は居ませんでした。強く、実に美しい剣術。ますます、綾香どのが欲しくなりました」
機体を立ち上がらせ、なんとかして呼吸を整えようとして、肩で息をするわたし。
そんな様子を嘲笑するがごとく、両腕の剣を打ち鳴らし拍手風にしてみせる黒騎士、奈良原。
まだ余裕いっぱいで遊んでいる様に見せるのが、実にいやらしい。
「で、降参しますか? このままでは、私。貴女を殺してしまいます。それでは、『鍵』になりませんですし」
降伏しろとばかりに、両腕を広げて歓迎するかのように隙を見せる奈良原。
そこには上位者としての傲慢さと圧倒的な余裕が見える。
「う、うるさい! わたしは、絶対に貴方には! 人を人とも思わない邪神になんて負けてあげない!」
各所で火花が散るコクピットの中。
そんな彼に対し、わたしは負けぬと啖呵を切り返した。
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