第31話(累計 第104話) 魔木を断つ刃
工場倉庫の天井をぶち抜き、死臭と粘液を振りまきながら高くそびえる異界の巨木。
クトゥルフ神話生物<黒い仔山羊>。
<這い寄る混沌>の顕現が一つ、奈良原の命令で暴れまわり、伸ばす触手は置かれている機械だけでなく倉庫自体をも破壊していく。
さらには時折、触手で捕まえた獲物を幹に開いた大きな口へと放り込む。
……あらかじめ倒れていた工員や恐怖した警察官を逃がしておいて良かった。今は機械を食ってるけど、選り好みしないのは逆に怖いわ。
「ぃやぁぁぁぁ!」
わたしは異形なるバケモノと戦うため、気合を上げるために叫びながら、守護鬼神<無銘>の両腕で野太刀を袈裟懸けに振り下ろす。
しかし、まるで地面を叩いたかのように鈍い反動が返ってきた。
「くぅぅ。案外、硬い!」
すでに<無銘>の両腕を広げたよりも太い幹。
おそらく直径四メートルは超える巨木に振り下ろした刃は、「切断」の異能を乗せているにも係わらず、ロープが集まったような幹の半分も進まないうちに止まる。
「ふふふ。そう簡単に切り倒せるものではないですよ、綾香どの。何せ、この子には火炎も雷撃も酸も毒も、ありとあらゆる魔法攻撃すら効かないんですから」
工場の屋根よりも更に上空に浮かぶ奈良原。
文字通り、上から目線で見下して嘲笑する。
「取り込み中だから黙ってて、奈良原!」
「余計なことを言うでないのじゃ、この道化師が」
……魔法攻撃が効かないのなら、物理攻撃でごり押しするしかないの? でも、簡単に剣で倒せる相手じゃないわ。
<仔山羊>の振り回す触手が迫ってくるので、急いでバックダッシュ。
空振りした触手、先端のかぎ爪が床や壁に大きな傷を残す。
「お姉さま、ここは一旦距離を取るのじゃ!」
「そ、そうね。了解」
巨体を支える脚は四本だけ。
そのため本体の動き自体はとても遅い。
しかし、触手が伸びる範囲は遠く、更には口から吐き出した分裂体が足元で暴れるのが実に嫌らしい。
警視正らが分裂体を撃破してくれているものの、彼らを踏みつぶさないようにもしないといけない。
……分裂体でも踏んづけたら、体液で滑って転びそう。
「うおっと。嬢ちゃん、気を付けてくれよ」
「あ、和也さん。ごめんなさい」
今も、分裂した小さな<仔山羊>を撃破していたデ〇ルマン姿の和也を踏みそうになった。
「母さま達、此方らから一旦離れるのじゃ。工場が崩落するのも時間の問題じゃし、何より踏みそうで危ないのじゃ」
わたしが周囲の分裂体を切り倒す間に、ひなが周囲に呼びかけをしてくれる。
「了解したわ、ひな。『アレ』と『コレ』、準備しておくわね。うふふ」
「アレ? コレ? ひなちゃん、警視正は何を準備してくれるの? アレは神器って聞いているけど?」
「ふふふ。こうなったら切り札を使うのじゃ。どうせ、上空の邪神道化は此方らが苦戦するのを楽しんでおるのじゃ。その目論見を外してやるのじゃぁ」
わたしが戦闘中にも係わらず思わずひなに聞いてしまうのだが、奈良原を警戒してか、はぐらかして教えてくれない。
警視正も、こんな時にまで含み笑いまでするのには、何か秘策があるのだろうか?
「綾香嬢ちゃん、俺が『コレ』準備しておくから、うまく駐車場の自衛隊トラックまでバケモンを誘導しな」
「わ、わかりました、道明さん」
どうやら、コレというのがトラックで運んでいた荷らしい。
自衛隊の大型トラックにカーキー色の幌を被せていた大物があった覚えがある。
「ほほう。無敵の<仔山羊>に対し、まだ対抗策があるんですか? 流石に神話生物の登場は想定外のはずですが?」
「此方ら人間を甘く見るでないのじゃ!」
言い返す暇のないわたしに代わり、にやにや顔で見下ろす奈良原に言い返してくれるひな。
視界の端では、和也が最後尾で分裂体を迎え撃ちながら、皆が工場から出ていくのがモニター越しに見える。
「お姉さま! 全員の避難確認したのじゃ。このまま雑魚を一掃するのじゃ」
「了解! 二人で練習した技を使うね」
ひなからの声を受け、わたしは体内の気力を練り上げる。
そして、鬼神の右手一本で握った野太刀を水平に構え、左手をそっと刀身に添えて支える。
「ノウマク サンマンダ バザラダン カン! <不動明王・聖火炎剣>!!」
ひなの唱える真言により、守護鬼神<無銘>に持たせた野太刀に炎がまとわりつく。
「やぁぁ!」
わたしは野太刀を一気に振るい、<仔山羊>の本体ごと分裂体を刀から伸びる炎の鞭で薙ぎ払った。
「キシャァァ!」
悲鳴を上げながら、不動明王による浄化の炎に焼き尽くされていく<仔山羊>たち。
分裂体は、あっという間に燃え尽きる。
魔法や炎が効かないと言っていた本体すらも、幹や触手を焼こうとする炎を暴れまわって消そうとしていた。
「あら、炎が効かないはずでしたけど? どうしましたか、奈良原さん?」
「むむむ? 神による浄化の炎相手では完全無効化は難しいのでしょうか? これは想定外。しかし、この程度ならまだ……」
時間稼ぎのわたしの挑発で、不思議がる奈良原。
どうやら、まったく効果がないわけではないらしい。
「じゃあ、もう一太刀入れますか!」
雑魚が完全に焼き払われた中、既に工場は柱のみを残し、最早崩壊寸前。
中央に鎮座し、<無銘>からでも見上げるまでに成長した魔界の大樹。
<黒き仔山羊>は、神の力で焼かれた痛みからか激しく触手を振り回していた。
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