第30話(累計 第103話) 悪を断つ刃
倉庫の高い天井に最上部がぶつかりそうな、異界の巨木。
クトゥルフ神話生物<黒い仔山羊>は、更に成長を続ける。
「さあ、<黒い仔山羊>よ。かの者たちを襲うのです。ふふふ、人外な神話生物を前に正気を失わないだけでも、お見事。しかし、この巨体を人の身でどう退治しますか、綾香どの?」
天井にぶち当たった巨木の幹によりメキメキという異音が聞こえ、トタンらしき金属板が天井からバラバラと落ちてきている。
「ひ、ひなちゃん……。これ、どうしよう? わたし一人では斬り倒せないかも……」
神話生物の見た目や邪気からの恐怖は全く感じなくなったが、今度はその巨体から繰り出させるパワーに恐れが生まれてきた。
……鞭のように繰り出される触手が当たった機械が、一撃でバラバラになってる。これ、ここで倒さないと都内で暴れられたら、誰にも止められないわ!
「お姉さま。こういう時のために、此方とお姉さまで訓練したモノがあるのではないかや、うふふ?」
「あ! <無銘>! あれなら、戦えるわ」
わたしの弱音に対し、悪い笑顔で返してくれるひな。
その発言に、わたしは光明を感じた。
「あの、守護鬼神という図体がデカいだけの木偶人形ですか? そんなのを呼ばせる暇などあげないです。<黒い仔山羊>よ、分身を産むのです!」
だが、奈良原も甘くない。
<黒い仔山羊>に新たなる命令を下す。
「キシャ―!」
もう天井をぶち抜き越え、見上げるようなサイズまで成長した<黒い仔山羊>。
奇声を上げながら、縄が集まったような幹にある大きな口から卵らしきものを、いくつも吐き出す。
その卵の殻が割れると、そこからミニサイズの<黒い仔山羊>が何体も生まれてきた。
「ど、どうしよう? く! このー!!」
「こ、これは困るのじゃ! こっちに来られると召喚するのを邪魔されるのじゃ!」
わたしは、ひなに迫りくるミニサイズの<仔山羊>を切り払う。
一体一体は大して強くもないが、数が膨大。
あっというまに工場倉庫内は、巨木と無数のミニ<仔山羊>で埋め尽くされた。
……これ、倒れた人を先に逃がしておいて良かった。じゃないと、わたしも戦えないわ。でも、コイツら相手じゃ警官隊がアテにできないから、数で押されだしたら、ちょっと厳しいかも。
だが、わたしとひなには頼れる味方がまだ居た。
「綾香ちゃん、わたし達が時間を稼ぐわ。ひな、早く鬼神を呼びなさい!」
警視正は、通信機で警官隊に一時撤退命令を出し終えた後。
手持ちの自動小銃を小気味よくタンタンと連射発砲。
<仔山羊>を一匹ずつ確実に倒し始めた。
「俺も雑魚なら楽勝だ。服を脱いでくるから、ちょっと待ってな!」
和也も、機械の影で戦闘服を投げ捨てるように脱いだかと思えば、魔神に変身。
以前の巨人形態より小さく細い、しかし力強い体躯をした姿。
角や羽、尾はあるものの、まるでギリシャ彫刻の英雄のような体形となり、振るう拳や尾の一撃で<仔山羊>たちを殲滅していく。
「オラ、オラ、オラァ! 悪魔の力を身に着けた正義のヒーローさまのお通りでい!」
「和也お兄様。それ、〇ビルマンの主題歌の丸コピーなのじゃ! とはいえ、二人の援護は助かるのじゃ。お姉さま。此方は今のうちに召喚陣を作るのじゃ。その間、無防備な此方を守ってくれぬかや?」
笑みを浮かべた上目遣いで、わたしに警護を懇願するひな。
「もちろんよ、ひなちゃん!」
「もー、撫でるでないのじゃー!!」
わたしは空いた左手でそっとひなの頭をポンポンと撫でた後、返事をしながら迫ってくる<仔山羊>を右手一本で斬り捨てた。
「おー、これは大変な状況だねぇ。警視正、保護した工員と怪我人は全員輸送した。残る警官や自衛隊員らは、遠巻きに待機を命じておいたぜ」
ドスン。
小銃とは違う低い発射音と共に、新たなる味方。
道明が倉庫の出口から出てきて報告をしながら、散弾銃で警視正の背後に迫っていた<仔山羊>を撃ち倒していた。
「これは想定外ですねぇ。まさか、神話生物を見ても恐怖を覚えない異常者が、これほど揃っているとは。更に魔神になったものが、正義のヒーローですと? つくづく、綾香どのの周囲には特異点が揃いますねぇ」
倉庫の床が<仔山羊>に埋め尽くされたため、立つ場所が無くなった奈良原。
空中に結界で足場を作り、そこに気絶した松戸を載せて一緒に浮かび、上から目線で嘲笑しながらわたし達を見下す。
「奈良原! 人は貴方の思うような弱い存在じゃないわ! 貴方の野望は、今日。ここで潰す!!」
横薙ぎの一閃で、二体のミニ<仔山羊>を斬り捨てながら、わたしは奈良原に吠えた。
「お待たせしたのじゃ! いでよ、此方とお姉さまの守護鬼神。神を断つ巨大な剣、<無銘>よ!!」
可愛い声で朗々と召喚の詠唱をするひな。
その声に従い、床に書かれた魔法陣の中から吹き荒れる旋風と共に無数の光り輝く呪符が舞い上がる。
それは周囲の金属や小石を巻き上げて集めながら、巨大な座った骸骨。
金属製の骨格を放電すら起こしながら作り上げていく。
「キジャァァァ!」
<無銘>から放たれる魔力に、<黒い仔山羊>は怯え、震えながら悲鳴を上げる。
「先程は木偶人形と申して、すいません。これは、中々に手ごわいですね。召喚中も結界内で手出しできません」
空中に浮かぶ奈良原も、顔をしかめながら感想を言っている。
「お姉さま!」
「分かったわ」
ひなの声で、わたしは立膝で魔法陣内に座る<無銘>の胸。
コクピット部分に結界を越え飛び乗り、手を大きく伸ばして、背伸びをしていたひなを引き上げる。
「さあ、奈良原! わたし達は負けないわ!」
「此方もお姉さまと一緒なら無敵なのじゃ!」
二人座ったコクピットの周囲にも多数の呪符が張り付き、装甲と変わっていく。
更には巨大な手の内に、一本の棒。
いや、何物をも切り伏せる巨大な片刃剣が生まれた。
「悪を断つ刃、守護鬼神<無銘>。いざ、参る!」
完全に組みあがった機体を駆り、わたしは<黒い仔山羊>へと飛びかかった。
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