第9話 初めての撮影
学校を出て移動すること一分。
間違いではない。本当に一分だ。
細かく言うと、学校を出て横断歩道を渡り、向かいの公園に移動した。
ここがそのパワースポットらしい。
「近すぎる……」
「その辺は特に密集しているからね」
だとしても、もうちょっと移動した感じがほしかった。
これだと普段の日常からほとんど離れていない。教室の窓からだって見える場所だ。
「本当にここにいると好きな人に素直になれるんですか?」
「それは君たち次第だねぇ」
高梨先輩は身も蓋もないことを言い、バッグからカメラを取り出した。
高梨先輩の小柄な体には不釣り合いなほどに、大きくてゴツい一眼レフ。
なんか高そうだけど、いくらくらいするんだろう?
「本体だけだと二十万くらいかな。そんな高いもんじゃないよ」
あれ、心読まれてた?
「このカメラ見た人は全員同じ質問するからね。まぁ高校生が貯金やバイト代をはたいて買えるていどの物ですよ。まぁこれにレンズがいくつも加わるから、結局相当の額になるけど」
二十万だって相当だと思うのだが……趣味の世界にどっぷり使ってる人って、金銭感覚がおかしくなるって本当なんだな。
「さて、さっそく写真を撮りますんで、適当に公園デートでもして」
「具体的に公園のどこがパワースポットとかは?」
「特にないけど、とりあえず池の周りが絵になりやすそうだからその辺歩いて」
いい加減だなぁ。
「とりあえず歩こうか」
「そうですね」
この公園はうちの高校と同じくらいの敷地面積がある。古谷さんの話では、昔はここに中学校があったらしい。
近隣の別の中学校と統合されて廃校になった後は、校舎を潰して公園にしたそうだ。
公園の池は端から端まで五十メートルくらいあって結構広い。
昔はここにグラウンドがあったのか、それとも校舎があったのだろうか――そんなことを考えながらゆっくりと歩いた。
しかし、そんなに落ち着いた気分でもいられない。
パシャパシャという大きなシャッター音が絶え間なく聞こえてくるからだ。
高いカメラなんだからサイレントモードとかついてないんだろうか?
落ち着かない理由は他にもあり、一分おきくらいに小学生が自転車で俺たちの横を通り抜けていく。
池の周りを走るレースをしているようだ。
中には俺たちをじーっと見て「デート?」と声をかけてくるやつもいる。
見知らぬ小学生ならまだマシ。
学校の向かいということもあって、ランニングをするうちの高校のジャージを着た集団と、何度も何度もすれ違う。
「噂の二人だ」「学校のこんな近くでデート?」「なんで撮影してるの?」という声は、小学生の冷やかしの何百倍も気になる。
「高梨先輩、やっぱりこの場所はやめましょうよ。気が散るどころじゃないです」
「私もそう思います。これじゃどんなパワースポットだって効果ないですよ」
俺たちの抗議を、高梨先輩は首を横に振って流した。
「バズらせることが目標って言ったでしょ。なにやってるのかって注目されるのは、すごく良いことなんだよ」
「それはそうかもしれませんけど……」
「それに写真を撮るのが目的なんだかから、実際にパワースポットの効果があるかどうかなんて関係ないし」
本当に正直な人だな。
「とはいえ、二人の表情がこんなに硬いと、良い写真も撮れないなぁ。池の周りはあきらめて、もうちょっと人が来ないとこ行くか」
で、移動したのは、広めの芝生の上。
自転車乗り入れ禁止、運動禁止のおかげで、遊ぶ小学生や部活の高校生は入って来ない。
しかし、広々としているせいで、公園のどこからでも見えてしまうという欠点もある。
いや、もうわかってる。どこにいたって衆人環視からは逃げられない。そもそも写真をバズらせるのが目的なのだから。
……協力したのは早まった判断だったかなぁ。
とはいえ、話を聞かれることがないくらいには通行人と距離が離れているため、さっきよりはちょっとマシだ。
「じゃあ二人でなんか会話して。あたしはここにいないと思ってさ」
そういうのは簡単ではないが、やるしかない。
古谷さんの方を向いて、今日の学校でのことなどを話す。
しかし、古谷さんはちょっと不満そうな顔。
ここに来た理由……素直な言葉を聞きたいということだろう。
そこまでわかっているなら、いい加減俺も腹をくくらないと。
高梨先輩がいて恥ずかしけど、言われた通りいないものとして振る舞おう。
「えっと……古谷さん」
「はい、なんでしょう?」
「初めて古谷さんの顔を見た時に思ったんだけど、こんなにかわいい人が世の中にいるんだな、って衝撃を受けたんだ。世界中を探しても、古谷さんよりかわいい人はこの世にいないと思う。だから、俺に告白してくれて、本当にありがとう。もし古谷さんからしてくれなかったら、俺からはできなかったと思う。俺じゃ釣り合わないから、最初からあきらめてたかもしれない」
「そんな……そんなことありません。自分で言うのもなんですが、私と小野寺さんはお似合いだと思います!」
「でも、告白したいと思っても、要塞姫なんてあだ名を知ってたら、間違いなくビビってた」
「もっと自分に自信を持ってください。あなたは私が選んだ人ですし、私はそんなに大層な人間でもありませんから」
そう言った古谷さんの顔は、やっぱり世界一かわいいけれど、それでも普通の女の子のような気がした。
どれだけ美人でも、気後れする必要はない。
俺が古谷さんに釣り合っているか、本音を言えば自信はない。
でも、古谷さんがそう言ってくれてるのなら、自信を持たなければ失礼だ。
自信の根拠は古谷さんが認めてくれるってことだけ……今はそれでもいいのかもしれない。
「古谷さんに釣り合う男ってみんなに認めてもらえるように、がんばってみるよ。顔はムリだけど、成績とかその辺で」
学年トップとかはムリだろうが、上位なら不可能ではないはずだ。
上の方に入れれば、「なんであいつが……」という目で見られることは、きっと減る。
「他の人にどう思われるかがそんなに重要だとは思いませんが、小野寺さんががんばるというなら、私は応援します」
そうして見つめ合って、なんか良い雰囲気になったんじゃないか? と思ったところで、邪魔が入った。
高梨先輩のカメラのシャッター音……邪魔が入るもなにも、そもそもずっと見られてるんだった。
いないものとして扱い過ぎた。
今の全部見られてたのは恥ずかしいな。
「あ、もうお話終わった? おつかれ~! めっちゃ良い写真撮れたよ、最高! 恋する乙女の美しい横顔いただきました!」
高梨先輩は、撮ったばかりの写真を見せてくれた。
そこに映っていたのは、観光案内のポスターにして、今すぐ新幹線の駅に貼ってしまいたくなるほどの美しい横顔。
古谷さんの横顔だからこんなに美しいのはもちろんだが、高梨先輩の写真の腕もかなりのものなんじゃないか?
ちなみに俺はこれっぽっちも映っていない。
……あれ?
もしかして、俺っていらない子?
「いやいや、小野寺くんは必要な人材だよ。古谷からこんな表情を引き出すなんて、君にしかできない仕事だからね」
また心を読まれた。
……もしかして、俺の表情ってものすごく読みやすい?
「さて、後はパワースポットの紹介文を作って投稿するだけ。あたしはさっさと帰って家のパソコンで作業するから、二人はデートの続きをどうぞ。んじゃ、おつかれ~」
そんなことを言われても、一度途切れてしまったさっきの流れに戻れるはずなどなく……。
カメラをしまい、駆け足で帰って行く高梨先輩の後ろ姿を見ながら、俺たちはまたいつものように、ちょっと緊張した空気に包まれるのであった。




