第25話 イチャラブ三本勝負
この企画のクライマックスとなる東西対抗戦は、高体連の県大会翌日に行われた。
世間的には平日、だが高校生にとっては代休ということで、人の少ない商店街で長時間に渡って撮影ができる都合のいい日だった。
「じゃあ今日の企画を説明するので、みんな資料を見て」
撮影場所となるカフェに集まり、そこで堀尾さんが段取りの書かれた紙を配布した。
「タイトルは【東高カップル対西高カップル イチャラブ三番勝負‼】ってことで、商店街の店を三軒回って、三番勝負をしてもらう。店は、カフェ、カレー屋、雑貨屋の三つ。先に二勝した側の勝利。宿命のライバルである両校のプライドにかけて、熱い戦いをするように」
対決種目は、カフェでは早食い、カレー屋では大食い、雑貨屋は「秘密」と書かれている。
「あの、組み合わせって東西でいいのかな? 需要を考えたら……」
と、菊池さんがおずおずと挙手する。
「需要はともかくとして、東西じゃないと供給ができないの。普通の撮影ならともかく、カップルとして森田くんと共演することはできないって古谷さんが言ってるから」
「そうですか……なら、しかたないですね」
しかたないと言いながらも、菊池さんはどこか嬉しそう。
俺たち西に合わせるための偽装とはいえ、森田くんとカップル扱いされるのが嬉しいのだろう。
森田くんの方も、たまに嬉しそうな表情を見せる。
もし俺と菊池さんがカップル役として共演していたら、たとえウソの組み合わせとわかっていても、笑うことはできなかったんじゃないだろうか。
「それで、これが一番大事なんだけど……」
はぁ、とため息を吐きながら、高梨先輩が言う。
「これは出来レースなの。勝敗はすでに決まってるの」
「え、どういうことですか?」
と、森田くんが首を傾げる。高梨先輩は苦笑いしながら、彼の疑問に答える。
「なにせクライアントが城東商店街だからね。地元の東高が勝たないと困るって言うんで……西高の生徒としては残念だけど、それに従うしかないわ」
堂々の八百長宣言。だが、しかたのないことだ。
だって、三本勝負ということで、三つの店に協力してもらっているのだから。
すべての店に行かなければいけないが、ガチでやってどっちかが二連勝してしまったら、最後の店は消化試合になってしまう。
それじゃ申し訳ないから、ある程度空気を読んで勝敗をいじるのは当然だ。
で、そこまでするのなら、もう最終結果まで手を加えても同じってわけで……。
「一戦目はガチ。二戦目は一戦目で負けたチームが勝つように調整。三戦目は東が勝つ。不自然にならないように、この流れを作って。ってことを納得してくれたのなら、さっそく一戦目を始めしょう」
突然八百長をしろと言われて、森田くんたちは複雑そうな顔をしているが、高梨先輩が店の人に対決の準備を始めてもらうように伝えたのを見て、覚悟を決めたようだ。
ちなみに俺たちは、今日の本当のテーマは森田くんたちをくっ付けることだと思っているので、八百長に対して特に思うところはない。
★★★
収録が始まり、まずは今日の企画が対決であることを説明するオープニングを撮った。
それから一店目のカフェの説明をした後、対決用の商品が運ばれてきた。
「最初の対決は、ジュースの早飲み対決です。この店の売りであるスペシャルイチゴジュースを先に完飲したチームの勝ち。ちなみに私用しているフルーツは、すべて県内産です」
高梨先輩の説明を聞きながら、そのジュースが注がれたグラスを見る。
でかい。確実に五百ミリは超えている。
それだけならいいのだが……問題は、グラスが二人で一つという点だ。
そして、ストローも一本。
「すみません、ストローもう一本もらうことって――」
「できません。環境保護の観点から、この対決ではストローの使用本数を最低限にしております」
とんでもない答えが堀尾さんから返って来た。
環境保護とか、絶対に適当に考えた理由だろ。
ただ単に同じストローで飲ませたいだけに決まってる。
だって、これってイチャラブ対決だから。
くそっ、八百長で対決するところまではみんなで決めたのに、具体的な部分は高梨先輩と堀尾さんだけで決めていたのはそういうことか。
罠にハメたつもりが、まさか俺たちもハメられる側だったとは。
「ど、どうしましょう、小野寺さん……」
古谷さんの顔は、県内産イチゴを贅沢に使用したイチゴジュースよりも真っ赤だ。
小粒ながらも甘さと酸っぱさが特徴的で、まるで初恋のような味わい――テーブルに置かれた原料のイチゴの説明書きが、余計に意識させてくる。
同じストローでジュースを飲むって、いわゆる関節キスなわけだが……まだしたことないぞ、そんなの。
いきなりやれって言われても……。
っていうか、森田くんたちの方こそ、こんなのできないだろ。
付き合ってるわけでもないのに。
なんでこんなハードル高いことをいきなりやらせようと考えたんだ、この二人は。
……ただおもしろがってるだけか? ありそうだ。高梨先輩と堀尾さんだからな。
古谷さんの様子を見つつ、森田くんたちのこともチェックし、全方位に警戒を張り巡らせていると、高梨先輩が全員に見えるようにカンペを出した。
――塩試合やめろ!
――誰か動け!
たしかにとんでもない塩試合だ。
これではどう編集しても動画にならない。
やるしかない――覚悟を決めて、ジュースに手を伸ばす。
だが、同じタイミングで古谷さんも手を伸ばしていた。
同時にグラスを掴み、手が重なる。
「「あっ!」」
奇跡的なタイミングの噛み合いが、今は逆に悪かった。
せっかく決めた覚悟が、思わぬ接触によって崩れてしまい、俺たちはグラスを二人で握ったまま固まってしまった。
高梨先輩の笑い声が聞こえてきたが、動画的にはちょっとまずいわけで……。
そうやって俺たちが動けないでいる間に、森田・菊池ペアに動きがあった。
森田くんが菊池さんにグラスを差し出し、菊池さんはそれを一口飲んだ。それから森田くんが、残りをすべて飲んだのだ。
俺たちが詰んでしまったので、しかたなくがんばってくれたのだろう。
背中を押すという目的は達成できたので結果オーライのような……偽装カップルに助けてもらう本物カップルというのが、なんとも情けないような……。
★★★
場所を移動して、今度はカレー屋。
一戦目では森田・菊池ペアが勝ったので、二戦目は俺たちが勝つ段取りだ。
対決場所のカレー屋は、ネパールカレーの店だった。
そして対決種目は大食い。制限時間内にナンをより多く食べたチームの勝ち。
ただし、制限が二つ。
食べられるのは、ペアのうちどちらか一人だけ。大食いなので、俺と森田くんがその担当になる。
そして、もう一つの制限が重要。
食べる人は、手を使ってはいけない。
食べる担当ではない人がナンをちぎり、カレーにつけ、食べる担当の口に運ばなければいけないのだ。
つまり、あ~んだけで大食いしろ、ということだ。
「あの……あ~んとかしたことないんですけど」
高梨先輩にそう言うと、先輩はこれ以上ないほどわかりやすく呆れた顔をした。
「二ヶ月も付き合ってて、間接キスすらしてない、あ~んもできない……逆にあんたらはなんならできるわけ?」
「それを言われると弱いんですが……手なら繋げます」
「違うでしょ。この勝負に勝てるのよ。っていうか、勝ちなさい。森田くんたちはあんたたちより食べないように調整してくれるけど、あんたたちが全然食べないんじゃそれもムリだから。死ぬ気で食べる必要はないけど、ちゃんと大食い対決してるように見えるくらいは食べなさい」
たしかにその通りで、俺たちが全然食べられないんじゃ八百長もできない。
それに八百長はバレたらまずいわけで、それなりにちゃんとしてる風を装う必要もあるわけで……。どうやらあ~んからは逃げられそうもない。
「では、撮影スタート」
さっきと同じように店の紹介をして、それからカレーとナンがテーブルに並べられる。
カレーは、バターチキン、ほうれん草、豆、キーマ。必要ならばさらに追加してくれるらしく、普通ならばお喜びのカレーパーティー状態だ。
「で、では……失礼します」
古谷さんはナンをちぎり、それをカレーにつける。
だが、手が震えているせいで、思いっきりカレーの容器に指が入ってしまった。
「大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。そこまで熱くありませんでしたから」
「そう、ならよかった……」
古谷さんはおしぼりで指を拭こうとしたが、そこへ高梨先輩のカンペがカットインする。
――ナンでぬぐえ。それを食わせろ。
この女……。
その指示に古谷さんは挙動不審になりながらも、またナンをちぎり、指についたカレーをぬぐった。
そして、そのナンを俺の口に近づけてくる。
大丈夫か、これ。絵面的に、少し強烈過ぎないか?
「………………」
だが、古谷さんはいつものように、途中で動けなくなった。俺の顔まで三十センチくらいのところで手が止まった。
――顔で迎えに行け。
とまたしても指示が出る。
ずいぶんと難易度が高いことを要求してくる……だが、古谷さんにばかりがんばらせるわけにはいかない。ここは俺ががんばるところだ。
空中で止まっている古谷さんの手……ではなく、その先にナンに向かって顔を近づける。
ナンは結構大きめにちぎられている。
だから、そこまで密着しなくても食べられる。
以前にやったバゲットを両側から食べていくやつの感覚でいけるはずだ。
だが……今回は少し勝手が違った。
固まっていた古谷さんも勇気を出して、少し手を前に出した――俺がナンにかみついたタイミングで。
その結果、勢いあまって、古谷さんの指まで口に入れてしまった。
「ひゃっ!」
驚いた古谷さんが慌てて引っこ抜こうとするとが、歯の裏に引っかかって簡単に抜けない。
慌てれば慌てるほど手は抜けなくなり、彼女の指は数秒ほど俺の口に咥えられたままだった。
その間、俺の舌にはずっと指が触れていて……スパイスたっぷりの本格カレーよりも、古谷さんの指の方が刺激的だった。
「あの……今のシーンはカットしてくださいね」
と古谷さんは堀尾さんにおねがいしたが、「するわけないでしょ」と言われてしまった。
それでまた顔を赤くした古谷さんだったが、これで吹っ切れてしまったのか、その後は次々に俺の口にナンを放り込んできた。
もしかしたら、八百長がなくても勝てていたかもしれない。




