第23話 IF
この日の放課後は、昨日決めた新チームでの撮影だった。
俺は菊池さんと一緒に、ラーメン屋へ撮影に行った。カメラを回すのは高梨先輩。
撮影は滞りなく進み、この日の仕事は無事終了した。
同じ時刻に別の場所で撮影をしている古谷さんが終わるのを待つため、商店街をぶらぶらしている時だった。菊池さんから、
「少し話があるんだけど、時間あるかな?」
と、言われた。
高梨先輩は別のことをしたいようなので、二人で話すことになった。
菊池さんは、どうやら知り合いに話を聞かれたくないらしく、でもここは学校の近くなので、場所が難しい。その辺のファミレスやファストフードの店では、どこに知り合いがいるかわからない。
なので、駅とも学校とも違う方向に歩きながら話をすることにした。
気を付けながら移動していれば、すれ違う一瞬に話を聞かれることはあっても、横でずーっと聞き耳を立てられることは避けられる。
「なんの話ですか?」
俺が話を切り出すと、菊池さんは何度か周囲を確認し、それから逆に訊き返して来た。
「小野寺くんと古谷さんは付き合ってるってことでいいんだよね?」
「ええ、そうですけど。そんなことが訊きたかったんですか?」
「いえ、そうじゃなくて……どうやって付き合ったの?」
「どう、とは?」
「こういうことを言ったら失礼なのはわかってるけど、古谷さんって、間違いなく男子にモテる人だよね?」
「ああ、まぁそうですね。本人がうんざりするほどモテてたみたいです」
「でも、小野寺くんは、その……モテないとまでは言わないけど、いくらでも選べる人がわざわざ選ぶほどじゃないわよね?」
「思ったより失礼なこと言われてびっくりしてます」
「ごめんなさい。見下してるとかじゃなくて。私と同じくらいっていうか……。あと、古谷さんって森田くんと同じくらい顔がいいじゃない? だから、あなたたちには親近感が湧くっていうか……なのに、あなたたちが付き合っているのがすごいっていうか、不思議っていうか、どうしたのかって話を聞きたいっていうか、その……」
後半になるにしたがって、菊池さんの言葉がはっきりしなくなり、もごもごしていった。
まぁ言いたいことは何となく理解できた。
「菊池さんは森田くんのことが好きなんですね」
「えっ⁉ な、なんで?」
「そういう態度取ってたんで……」
「そんなにわかりやすかった?」
「はい、ものすごく」
「そっか……じゃあ白状するけど、私は森田くんのことが好き。できることなら、森田くんと付き合いたい」
そう言った菊池さんの表情は、なかなか意志の強さを感じさせるものだった。
曖昧だったり軽い気持ちではないのだろう。
「森田くんに彼女はいるんですか?」
「いない」
「なら、気持ちを伝えたらどうですか? 三人しかいない動画研究会の仲間ですし、その分距離も近いんじゃないですか? 結構チャンスあるかもしれませんよ」
「でも、森田くんってすごくモテるのよ。いろんな人に告白されてて……高校入学からここまでの一年で、二十人くらいフってるの」
「二十……」
要塞王子とかあだ名ついてそう。
「より取り見取りなのに誰とも付き合わないってことは、きっと理想がものすごく高いんだわ。私なんかにチャンスがあるはずない……でも、告白しなければ、部活仲間として近くにはいられる」
「それで満足なんですか?」
「満足なはずないでしょ! 気持ちを伝えたいけど、伝えたら全部が終わる……そう思って、ムリヤリ諦めようとしていた。でも、そこへあなたたちが現れた。私たちによく似てるのに、付き合っているあなたたちが。もしかしたら、あなたは私の希望かもしれない。教えてちょうだい、あなたがどうやってあの古谷さんを口説き落としたの?」
ものすごい剣幕でまくし立てられる。
必死というか……後がないと言うか。本当に悩んでいたのだろう。
その質問に答えられるのなら、答えてあげたいが……。
「すみません、実は、俺は全然口説いてないんです。古谷さんの方から告白して来て」
「……冗談でしょ?」
「その発言は失礼過ぎて冗談にすらなってないですけど?」
「……そうね、ごめんなさい。今のは失言だった。でも、古谷さんから告白って……だって、あの子のあの顔で、しかも性格も良いし……選びたい放題でしょ?」
「ええ、そうでしょうね」
「なのに小野寺くんに告白したって……あ、わかった。幼馴染みね。昔から仲が良くて、他の人たちが入り込めない絆が昔からあった――」
「高校に入ってから出会いました。なんか一目惚れしてもらったらしくて」
「……え?」
信じられないのはムリもない。
俺だって、俺くらいの容姿のやつが、古谷さん級の容姿の人に一目惚れされたなんて話を聞いたら、耳の穴から血が出るくらい耳垢をほじり出す。
「――という感じで、初めて顔を合わせたその場で告白されたんですよ」
馴れ初めの話をざっくりと話した。
「それで付き合うことになったの?」
「はい。俺も一目惚れだったので……自分で言っててなんですが、不思議な話ですよね」
「……似ていると思ったけど、あなたたちは私たちとは全然違ったみたい。全然参考になりそうもないわ。相談に乗ってくれてありがとう」
話はそこで終わってしまい、菊池さんは家に帰るため、方向を変えた。
せっかく相談してくれたのに、全然力になれなかったのは残念だが……変なアドバイスをするよりは、なにもしない方がマシかもしれない。
そう思って、俺は商店街に戻った。
その途中、小さな公園の横を通った。
そのブランコのところに一組の男女がいた。古谷さんと森田くんだ。
カメラはないので、撮影ではないようだ。
なにか話をしているようだが……聞いていいのだろうか?
きっとたいした話ではない。
まぁそれでも、気になるものは気になる。
盗み聞きは良くないが、堂々と正面から近づいて行くのなら問題ないだろう。
「やぁ、そっちの撮影はどうだった?」
と、手を振りながら駆け寄る。
「小野寺さん! 順調でしたよ。そちらの撮影は?」
「こっちも順調」
古谷さんが笑顔で受け答えしてくれた。
それだけで胸のつかえが取れたような気がした。
だがその横で、森田くんは、浮かない顔になっていた。
彼はブランコから立ち上がると、
「二人ともお疲れ様。撮影はまだ続くから、これからもがんばろう。俺はもう帰るから。じゃあね」
一瞬にして爽やかなイケメンスマイルを作り上げ、去って行った。
旦那が帰って来たから、急いで窓から逃げる間男――に見えなくもない。
「なんの話してたの?」
「あまり口外しない方がいい類の話だったのですが……黙っていると、小野寺さんは心配ですよね?」
「古谷さんのことを信じてるから大丈夫……と言いたいけど、心配は心配。話してくれるなら聞きたい」
「恋愛相談をされていました。顔面偏差値的にシンパシーを感じた、と」
デジャヴ。
俺もかなり似た状況にさっきまでいた気がするぞ。
「どういう相談だった?」
「さすがに詳しいところまで話していいものかどうか……」
「もしかして、森田くんは菊池さんのことが好きだったりする? それで、どういう経緯で俺と付き合うようになったのかを訊かれたりした?」
「え? な、なぜそこまでわかるんですか?」
「特に根拠はないよ。ちょっとした勘」
とはいえ、勘を働かせるための取っ掛かりはあった。
森田くんと菊池さんはどこか俺たちと似ていて、その菊池さんがさっき俺に恋愛相談をしてきた。
そこへ、森田くんも古谷さんに恋愛相談をしていたとなると、まさか内容も同じでは? と思ってしまうのは自然な流れだろう。
「森田くんは菊池さんが好き……でも、告白したら今の関係が崩れるかもしれなくて、それが怖くて動けない」
「なぜ全部知っているんですか⁉ ……盗み聞きは、いくら小野寺さんでもダメですよ?」
「いや、さっきまで菊池さんとほぼ同じ話をしてて」
恋愛相談された話をペラペラとしゃべるのはマナー違反だとわかっているが、こうなったら黙っている方が悪い気がする。
というわけで、さっきの話を全部しゃべってしまった。
「そうですが、菊池さんは森田さんに一目惚れだったんですか」
「まぁあの顔ならわかるけど」
「森田さんも菊池さんに一目惚れだったそうですよ」
「……そっちはわからないな」
「私はわかりますよ。世間一般での評価と、自分の評価が常に一致するわけではありません。そういうのとは関係なく、恋とは一瞬にして落ちてしまい、戻れなくなってしまうものなのです」
そう言って古谷さんがほほ笑む。
そして、俺は以前に思ったのと同じことをまた思った。
あの二人は俺たちに本当によく似ているな、と。しかし、まるで鏡写しのような似方だ。
「森田さんは、菊池さんを一目見た瞬間、運命の人だと確信して、その場で告白しようとしたそうです」
「しようとした、ってことはしなかったの?」
「理性が働いて言葉にできなかったそうです。もっと仲良くなってから、チャンスを見て――と考え、結局何もできずに一年が経過してしまった、と。このままだと高校生活全部このままで終わりそうなので、なんとかしたいけどどうしたらいいのか? と相談されました」
「それで、どう答えたの?」
「わからない、答えました。私は小野寺さんの顔を見た瞬間に勢いで告白しましたけど、もしあの時にできなかったら、たぶん今でもなにもできないでいると思います。そんな私にアドバイスなどできるはずもなく……不甲斐ない」
「俺も菊池さんになにも答えられなかった……不甲斐ない」
そう、不甲斐ない二人なのだ、俺たちは。
ただ勢いに任せ一歩を踏み出してしまっただけ。
それがたまたま功を奏してしまっただけで、特になにがすごいわけでもない。
俺たちと、あの二人となにが違うかと言えば……たぶんほとんど変わらない。
もし森田くんが理性を振り切り、勢いだけで動くことができたなら、二人のこの一年はまったく違うものになっていただろう。
「……他人の恋路に首を突っ込むのは野暮と知っていますが、あの二人はどうも赤の他人とは思えません。彼らは、あったかもしれない世界の私たち、です」
「うん」
「だから、なんとかしてあげたいです。出過ぎたマネかもしれませんが……」
「出過ぎてなんかないと思う。自分たちじゃどうしようもないと思ってるから相談したんだろうし。それに、まったく同じタイミングで、俺たちに相談してきたっていうのも縁がありそうだ。なにかしてあげよう」
それから俺たちは、二人をくっつけるための作戦を考え始めた。




