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両一目惚れから始まる超楽勝ラブコメ  作者: 宵月しらせ


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第18話 ホラー映画

 古谷さん一家の団欒に混ざっての夕食が終わり、リビングで一緒にテレビを見ていると愛衣さんから「先にお風呂どうぞ」と促された。


 客なのに一番風呂なんて申し訳ない……と思ったが、客だからこそ一番風呂を勧めてくれているのかもしれない。

 お言葉に甘えて――と頭を下げ、風呂に向かった。


 漫画なら、ここで古谷さんが乱入してくるのが定番だろう。

 だが、今日の古谷さんがどれだけ暴走気味でも、さすがにそんなことはなかった。

 古谷さんの性格的に難しいだろうし、なにより両親がいる。

 特に何事もなく入浴が終わり、持って来たパジャマに着替えてリビングに戻った。


「パジャマ姿⁉」


 すると、俺を見た古谷さんが飛び上がりそうな勢いでソファーから立ち上がった。


「し、失礼しました。取り乱してしまって……ちょっと刺激的だったもので……」


 ちょっと意外だった。

 俺が古谷さんの湯上りパジャマ姿を見たらこうなるのもわかるが、古谷さんが俺を見てもこうなるのか。

 今さらだけど、古谷さんって俺のこと好きすぎじゃないか?


「そ、それでは次は私が入ってきますので、終わったらまた特訓の続きをしましょう。客間で待っていてください」


 古谷さんはそう言い残して風呂場に向かった。

 途中で「小野寺さんの残り湯……」とつぶやいているのが聞こえて来て、入る前からのぼせたみたいになっていたけど大丈夫だろうか?


★★★


 寝室としてあてがわれた客間で待っていると、一時間ほどして、古谷さんがやってきた。


「お待たせしました」


 そう言って襖を開けて入って来た古谷さんは、いつもとは違った感じの美しさを放っていた。

 まず、湯上りで上気した肌。赤くなっているのはいつもだが、風呂上りの赤さはひと味違う。

 例えるなら、茹でたカニの赤さと、もぎたてのリンゴくらい違う。どちらも美味しいが、その内訳は全然別物だ。


 あと、すっぴんという点だ。デートの時はばっちり決めて来るし、学校にも薄くだがメイクをしてくる。完全にすっぴんの状態を見るのは、たぶんこれが初めて。

 それでも美人なのは言うまでもないが、生まれたままの姿を見てしまったような気がして、なんかドキドキする。


 しかし、何といっても、パジャマ姿という点が一番だ。

 ピンク色のシンプルだがかわいいパジャマに袖を通した古谷さんは、その袖がちょっと余っているところも相まって、破壊的なまでに可愛い。

 あまりのかわいさに語彙が崩壊し、「かわいい、めちゃくちゃかわいい!」としか言えなくなってしまった。


「あ、ありがとうございます。小野寺さんもカッコイイですよ」


 お互いのパジャマ姿を見ただけでこの騒ぎ。

 もしかしたら俺たちは、バカップルというやつなのかもしれない。

 まだ手を繋ぐ以上のことはできないが……しかし、できることがどんどん増えていくにつれ、どんどん周りから顰蹙(ひんしゅく)を買うような二人になっていくのではないかと、ちょっと心配になる。


「それでは、これから特訓の第二弾を始めますが……」


「うん、何をするの?」


「映画を観ようと思います」


 古谷さんはタブレット端末を取り出した。

 それを起動させ、アプリを立ち上げ、和室用の脚の低いテーブルの上に置いた。

 そして、向かいに座布団を二枚敷く。その位置がピッタリとくっついているので、まぁそういう体勢で観ようって意味だろう。


「なんでリビングの大きなテレビじゃなくて、こんな小さなタブレットなの?」


「……これからホラーを観る予定だからです」


「うん?」


「怖いじゃないですか、ホラーって! 大きな画面だと怖さもその分大きくなるんですよ。だから小さな画面で観て、細部はわからないようにしないと!」


 なんかすごい剣幕で言われた。


「もしかしてホラー苦手?」


「大の苦手です」


「なら別のジャンルにしない?」


「いえ、ホラーがいいんです。恐怖が照れを上回れば、自然にくっ付くことができると思うので」


 どうやら今度は物理的な距離を埋めるフェイズらしい。

 素面でそれをやるには時間がかかりそうなので、幽霊に背中を押してもらおう――と。

 良さそうな作戦だが、映画を観る前から、すでに手が震えているのだが?


「これから怖いのを観ると思うと怖くなってしまって」


 スタート前からこの調子で、実際に観た時に古谷さんの心臓が持つのだろうか?

 逆に、想像上の恐怖がすごすぎて、実際の映画がたいしたことないように感じられるかもしれない。

 先行きがあまりに不安だ。


「どの映画がいいでしょうか? あまり怖くないのがいいんですが……」


 古谷さんは配信サイトのページをスクロールしながら、良さそうな映画を物色する。

 しかし、目を半分閉じた状態で探しているので、なかなか苦労している。


「この映画は評判がいいみたいなのでこれにしましょう」


 迷った挙句、他のユーザーからの評価が特に高い映画にすることにしたようだ。


「ホラー映画の場合って、評価高いのは怖いってことなんじゃないのかな」


「……かもしれません。ですが、大勢の人が安心して観られる初心者向けということかもしれません」


「レビュー欄を見てどっちかチェックしてみる?」


「いえ、それはネタバレになるので」


 特訓ではあるが、映画としても楽しむつもりではあるようだ。

 楽しめればいいのだが……。


「では、再生します」


 そして、九十分のホラー映画が始まった。


★★★


 その映画の内容は、簡単に言ってしまえば、クローズドサークルでの和風ホラー。

 肝試しをしていた大学生のための男女数人が、探索場所である山奥旧家屋に閉じ込められてしまい、脱出するために右往左往するというものだ。


 何十年も放置されていたその家では、昔凄惨な事件があったらしく、その痕跡があちこちに残っている。

 例えば地下室にある座敷牢。その中に放置されている首のない白骨死体。謎の神を祀る祭壇。そして、すべてのドアというドアに貼られた御札。


 登場人物たちは、そこから脱出するため家屋を探索していくのだが、一人また一人と姿を消していく。

 主人公は果たして脱出できるのか?


 ――というものなのだが、実は幽霊などの直接的な描写はなかった。

 最後までなにが起きているのかほとんどわからず、状況を振り回されていく様子だけが描かれている。

 消えた登場人物たちがどこに行ったのかもわからず、ただ静かに姿を消していく展開は、すっきりとはしないがひたすらに不気味だった。

 

 終わってみれば、叫ぶような恐怖はなかったけれど、強く印象に残る作品だった。

 なにが起きているのか、原因はなんだったのか、それがわからないからこそ、いつどこで同じことが起きてもおかしくない。そんな恐怖を抱かせるタイプのホラーだった。


 問題点は、わかりやすい恐怖スポットがなかったため、恐怖の勢いに任せてスキンシップを図る――という作戦を実行できなかったことだ。

 その割に古谷さんへの精神的な負荷は大きかったらしく、俺の隣でガタガタと震えている。


「大丈夫?」


「だ、大丈夫です……大丈夫ですが……」


 その時、外から車が通りすぎる音が聞こえてきた。

 すると古谷さんはびくっと体を跳ねさせた。

 全然大丈夫じゃなさそうだ。


「今日はこれくらいにした方がいいんじゃない?」


「で、ですが、まだ特訓をしていません。何か少しでもスキンシップをしておかないと」


「でも今から別の映画を観るのはムリそうじゃない?」


 古谷さんのメンタルの方もそうだが、時間的にも厳しい。


「……そうですね。では、映画ではなく、ホラー系の短い動画にしましょうか? 五分くらいでお手軽に怖いのも探せばあるかと」


 ということで動画投稿サイトでホラー動画を見始めたが、何本か見て気が付いた。

 こういう動画は、叫ぶ系のホラーではなく、意味がわかると怖い系のホラーだ。今日の趣旨には合っていない。

 そして、古谷さんのメンタルへのダメージはやっぱり大きく、映画の後にさらに続いた恐怖で、途中でついにギブアップしてしまった。


「も、もうムリです。おうちに帰ります……」


「落ち着いて、ここが古谷さんの家だよ」


「そうでした、ど、どうしましょう?」


「いっそ寝てしまった方が楽かもしれないよ」


「一理あります……しかし、今ここで部屋に戻っても、絶対に寝られません。それに特訓の成果が出ていませんし」


「特訓は明日の朝でもいいと思うけど、寝られない方が問題だね」


 明日も撮影なので、寝不足だけは絶対に避けたい。

 古谷さんをリラックスさせて寝てもらうにはどうすればいいか。

 月並みだが、こんな方法しか思い浮かばなかった。


「ちょっと失礼」


「え? ひゃっ!」


 古谷さんの頭を撫でると、彼女は軽い驚きの声をあげた。

 でも逃げることはせず、俺に撫でられるがまま……そのうちに、こわばっていた表情が緩み、目が細くなっていく。


「なんかリラックスしてきました」


「寝られそう?」


「はい。すごいです、あんなに怖かったのに、小野寺さんに撫でてもらったら、恐怖が全部どこかに消えました。小野寺さんは私にとって万能の特効薬かもしれません」


「ずいぶん買いかぶられてもみたいだけど、役に立ててよかった」


「これでゆっくり寝られます。おやすみなさい」


「うん、おやすみ」


 古谷さんは立ち上がり、部屋のふすまを開けて廊下に出た。

 閉める時にもう一度俺の方を向いて、少しもじもじしながら言った。

 

「毎晩通話しておやすみと言っていますが、直接顔をみて言うと全然違いますね。まるで……一緒に暮らしてるみたいです……これだけで、今日来てもらった甲斐があった気がします」


 そう言った後、古谷さんは少し小走りで部屋に戻っていった。

 今のは反則だ。


 古谷さんの前で、ホラーにビビってる姿を見せたくないと気を張っていたのに、別角度から飛び道具を使ってくるなんて。

 今夜寝られないのは、俺の方かもしれない。 

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