第14話 バズ
ある日の放課後、写真同好会の活動のために教室に残っていると、上機嫌の高梨先輩が現れた。
ニコニコ笑っているところが鼻歌まで歌っている。
「何か良いことあったんですか?」
「あったよ~、あった。二人にも早く教えたくてさ。メッセージで教えても良かったんだけど、こういうのはみんな揃った時に盛大に発表したいからさ」
高梨先輩はスマホを取り出し、なにかのアプリを立ち上げる。
「それでは発表します。実は、なんと……あ~、もう少しもったいぶろうかなぁ~」
「なんとなく想像つくから引き延ばさなくてもいいですよ。どうせ写真が――」
「あっ、言わないで言わないで! あたしが言いたいんだから。ったく、しかたない子だね、小野寺くん。そこまでほしがられたら、あたしも鬼じゃない。さっさと教えてあげるよ」
と、結局しっかりもったいぶってから、先輩はやっと本題に入った。
「あたしたち写真同好会が、なんと――ただ今絶賛バズってます!」
だと思った。
「いいねが今八千三百……うおっ! 教室からここにくる間に八千四百まで伸びてる!」
そんな短い時間で百も伸びるとは、相当の勢いだな。
「昨日の夜までは一千いいねくらいだったのに、一気に爆増。これがバズかぁ……いやぁ、たまんないね。脳汁がドバドバ出て笑いが止まんないよ、ふへへ……」
高梨先輩が口元をだらしなく歪めて笑う。
よだれが落ちてきそうでヤダな……。
「バズったのって、昨日投稿した写真ですか? 小野寺さんがバッチリ決めたやつでしたよね? 世間が小野寺さんの素晴らしさに気付いたってことですね!」
古谷さんが自分のこと以上に嬉しそうにそう言った。
すると高梨先輩は、ちょっと申し訳なさそうな顔になり、視線をそらした。
「昨日の写真はね、一千二百いいね。まぁ伸びはいいけど、バズった写真に釣られて伸びただけっぽい」
……まぁそうだよな。
俺が大きめに写っている写真がそんなにバズるはずはない。
「ではどの写真が一番バズっているのですか?」
「それがさ、不思議なんだけど、前に撮った制服姿の二人が映ってる写真なんだよね」
高梨先輩が画面を見せてくる。
いつのまにか八千五百にまでいいねが伸びているその写真は、学校の近くにある神社の境内で撮ったものだ。
俺たちが並んで座り、足元から伸びた影がどこか哀愁を感じさせる。そんな一枚。
「これって、たしか三週間くらい前の写真ですよね? なぜ今?」
「なぜ今、これが? それがわかったら、あたしはとっくにインフルエンサーだ。しかし重要なのは、理由じゃない。バズったという事実が何より大事! バズって人気者になって収益化……正式に部として認めてもらうための実績ができたってこと」
すごいあっさりと本音がこぼれてたけど、建前は大事。
収益化が一番の目的だってバレたら、部に昇格どころか存続さえも危うい。
「バズるのは、一回目が一番難しいのよ。フォロワーが増えたら、二回目からバズる確率は一気に上がる。二回バズれば三回目の確率はさらに上がって――あたしたちは今、夢に向かって大きく前進したのだ! やったぜ!」
小さな体を思いっきり伸ばし、跳びはねて喜ぶ高梨先輩。
うちで最年長のはずなのに、なんか子どもっぽくてかわいいな。
「それじゃあ、今日は祝勝会ですか? ファミレスでも行ってパーッと――」
「はぁ、わかってない。わかってないなぁ、小野寺くん。ちょっとうまく行ったからって、すぐに気を緩めるなんて、二流のすることだよ」
なぜか憐れむ目で俺を見て、ぽんぽんと肩を叩く。
その手を、むっとした顔で古谷さんが振り払う。
古谷さんが怒ってるところ見るのって初めてだな。美人は怒ってても様になる――でも、自分が怒られる側だったら、たぶん美人だからこそ余計に怖いと感じるだろう。
「おやおや。まぁそれはいいとして……とにかく、打ち上げをするほど、あたしたちはまだ成し遂げちゃいないよ。これくらいのバズは、日々たくさん発生している。でも、全員が次に繋げられるとは限らず、それっきりで終わる人も大勢いる。ここからが勝負所だよ。一回バズったらすぐに畳みかける! 刺さる写真を次々投稿して、一見さんを固定客にするんだよ」
「なるほど、言いたいことはわかりました。でも、写真のストックってないですよね?」
過去のボツ写真ならいくらでもあるだろうが、さらなるバズが必要なタイミングで、お蔵入りを連発してもあまり効果はないだろう。
「うん、ない。だから、今日も撮影するよ」
まぁそうなるか。
「じゃあ、一度家に帰って服を持ってきます。昨日のとは別に、買ったやつがまだあるので」
「いや、二人とも制服でいいよ」
「でも、せっかく買ったのに」
「だって、バズったのは二人とも制服の写真だったし。何がウケたかわからない以上、なるべく一回目と合わせた感じで行きたいから」
「…………」
まぁ高梨先輩が言いたいことはわかる。
バズったのと全然違うものより、亜種の方が受け入れられやすいだろう。
納得できる作戦だが……イマイチ納得できない。
あまり大きな声では言えないが、昨日の俺は、俺史上一番見た目が整っていたつもりなのだ。
古谷さんだってめちゃくちゃ褒めてくれたし……いや、それはいつものことだけど。
なので、アレがバズってほしかった。
普段の俺が映った写真がバズってしまったら、じゃああの買い物デートは何だったんだ? ってことになってしまう。
あれはあれで楽しかったから、まぁいいんだけど。
う~ん……。
悩みが顔に出ていたのか、高梨先輩の視線が逸れたタイミングで、古谷さんがそっと耳打ちしてきた。
「あの服を着たカッコイイ小野寺さんは、デートの時のお楽しみですね。私だけが独占できるなら、私としては嬉しいです。みんなに見せて自慢したかった気持ちも、ないではありませんけど」
言い終わるとすぐに顔を離した。
高梨先輩が視線をこっちに戻した時には、元通り……いや、完全に元通りではない。
間違いなく、顔に出ていた。
高梨先輩が、俺たちの顔を交互に見て、首を傾げていたのがその証拠だ。
★★★
それからさらに何回か撮影を行い、中規模のバズが複数回あった。
いいね一万超えはまだ一件しかないけれど、五千近くはたびたびある。
パワースポット巡りの写真アカウントとしては、そこそこの人気アカウントに育ってきたのではないだろうか。
そういう時期に、高梨先輩がまたも上機嫌で現れた。
「案件いただきました~」
今回はもったいぶらず、開口一番そう言った。
「案件というと、企業がインフルエンサーに宣伝してもらうアレですか?」
「そう、そのアレ! 人気者の証、案件!」
「ああいうのって動画投稿者にくるものと思ってましたけど、写真でもあるんですね。それで、どういうところから声がかかったんですか?」
「ふふふ、聞いて驚け。あの城西商店街だよ」
「…………へぇ」
「驚けよ!」
「そんなこと言われても、知らないですよ。まだ二ヶ月もここに住んでないのに、そんなローカルな地名」
「ったく、勉強が不足だなぁ。古谷は知ってるよね?」
高梨先輩に話を振られると、古谷さんは頷いた。
「もちろんです。というか、私たちの中学校から一番近い商店街ですよね?」
「そう、そこっ!」
なんだ。案件って言うかどんなすごいのかと思ったら、思いっきり地元からか。
「私もたまに買い物に行きますよ。それでどこの店からですか?」
「だから、商店街からだって。商店街全体」
「商店街全体。それはつまり、複数のお店が対象ということですか?」
「その通り」
「具体的に何をするのか聞いてますか?」
「いろいろなお店の看板商品を食べてアピールしてほしいって」
「動画じゃなくて写真ですか? 動画の方がわかりやすいんじゃ」
「できれば動画にして欲しいって言われた。でも、それは断っておいたよ。私は動画じゃなくて写真を撮りたいから」
すごい個人的な理由だな……さすが高梨先輩。
「食べているところを写真に撮るだけでいいんですね?」
「そうだよ。簡単に思うかもしれないけどちょっとした表情とかを切り取るわけだから、むしろ動画より大変かもしれないから、ちょっと覚悟してね」
「覚悟とは?」
「良い写真が撮れるまで、同じものをたくさん食べてもらうことになる。だからお腹すかせてきてね。満腹で食べたくない、っていうのが表情に出たら絶対ダメだから」
「結構大変そうですね。でも、地元の商店街のPRに協力できるのは面白そうです」
「そうそう、きっと面白いよ。ってことで、今度の土曜日に撮影するから」
ということで、写真同好会の転機となる大きなプロジェクトが始まった。




