第15話 案件
そして土曜日。
朝九時に城西商店街の入り口で集合した。
最初の予定の店に向かう道中、俺の目に飛び込んでくる景色はどれも新鮮だった。
商店街はアーケードになっていて、中には看板や垂れ幕が多く、賑やかな印象を受ける。
まだほとんどの店が開店していない時間帯なので人はいないが、昼頃になれば買い物客で溢れるのかもしれない。
「こういう流行ってそうな商店街って本当にあるんだ……。竹下通りとか、横浜の中華街とか、極一部の話だと思ってた」
「そういうところと比べたら、ここもさびれている商店街になりますが……小野寺さんが以前にいた所には商店街はなかったのですか?」
「あったけど、チェーン店以外だと、居酒屋ばっかりだった。シャッターが閉じたままの所も多数。この商店街みたいに、九時台に開店準備をしてる店はごくわずか……」
中学生当時の俺は、商店街は子どもが行く場所ではないと思っていた。
ああいうのは大人が行く場所――しかし、大人になったら絶対に行くぞ! と思うほどの魅力がある場所でもなかった。
引っ越しをせずあの町に住み続けても、商店街の熱心な利用者になることはなかっただろう。
「この辺でもそういう商店街はたくさんありますよ。ここはうまくいっている数少ない商店街の一つです」
「まぁ地元の高校生にPR頼むくらいだから、ここも余裕ないんだろうけどね。さて、最初はここ」
俺たちの先頭を歩いていた高梨先輩は、パン屋の前で足を止めた。
ごく普通の何気ないパン屋。
商品棚とレジがあるだけで、イートインコーナー等もない小さなパン屋だ。
「おはようございまーす! 西校写真同好会です」
高梨先輩は準備中の札が掛けられたドアを開け中に入っていった。
「ああ、はい。おはようございます」
出てきたのは、三十代くらいの女性。
にこりと柔らかな笑みを浮かべ、いかにも客商売に慣れていそうな雰囲気。
「店長の西野です。今日はよろしくおねがいします」
「おねがいします。良い宣伝になる写真を撮れるようがんばります」
高梨先輩が頭を下げたので、俺たちもそれに続く。
俺は少し緊張があったのだけれど、先輩はなんか落ち着いている。一才しか違わないのに、ちょっと大人に見えた。
カメラを買うためにいろいろなバイトをしたと言っていたが、その経験のおかげだろうか。
店長さんは古谷さんの顔を見て「まぁ!」と声を上げた。
「SNSの写真で見てかわいい子だとは思っていたけど、実物は写真より三割増しね!」
「いえ、そんな……」
照れる古谷さんの横で、高梨先輩が少し複雑そうな顔をしている。
かわいさ三割減の写真、と言われたと感じたのだろうか。
「こんな子がうちのパンを食べている写真があったら、きっとお客さんがもっと来てくれるわね」
「今もSNSはやってるんですか?」
「やってるんだけど、全然見てもらえなくて」
店長さんはスマホを取り出し、店のアカウントを見せてくれた。
最新の投稿で、いいねが五十。
「この五十だって、家族や友達で二十。商店街の他の店で二十。常連のお客さんが何人かいいねしてくれてるみたいだから……」
ほとんど身内票ってわけか。
しかも更新ペースは月に二回か三回くらい。
これでは宣伝になっているとは言い難い。
「だから、今日は結構期待してるんですよ」
最近バズっているとはいえ、あくまでも高校の同好会活動。
どれだけのことができるのかという不安はあったが、そう言ってもらえるとやる気も出ると言うものだ。
「では、時間もあまりありませんので、さっそく撮影を始めましょう。お話ししている通り、撮影するのは一店につき一種類の商品だけです。どのパンにしましょうか?」
先輩がカメラの準備をしながらそう言う。
「これでおねがいします」
店長さんが指差したのはフルーツがたっぷり乗ったデニッシュ。
見るからにサクサクしている生地と、イチゴの赤色が食欲をかき立てる。
「それでなんですけど、彼女さんのワンショットでおねがいしたいんです。あ、いえ、悪い意味ではなくてですね、なるべく商品を大きく映してほしいので、お顔の小さい彼女さんが食べているバストアップがいいんじゃないか、と……」
誤解しないでくださいね、と店長さんは付け加えたが、なんか俺はいらないと言われたような気がするな……。
まぁ言い分はもっともだ。
それに、クライアントの意見は最大限に尊重しなければいけない。
俺は高梨先輩の後ろに下がり、レフ版を持つ係になった。
そうして始まった撮影は、順調に進んでいった。
古谷さんがデニッシュを手に取り、口を開けて食べる。
それら一連の流れを、先輩はパシャパシャと撮っていく。
違う角度の写真も撮るため、新しいデニッシュを手にし、また同じように食べる。
一口食べたら、そのデニッシュはお役御免になってしまうのはもったいないが、食べかけでは見栄えが悪いからしかたない。
五つのデニッシュを使って撮影をした後、先輩はカメラのモニターを店長さんに見せた。
「良いのがたくさんありますね」
「後でデータ送りますから、どれを使うか選んでください」
これで一店目は終わり。
時間にして、十五分ほど。
「ありがとうございました。これ、今日のお礼です」
と、店長さんが大きな袋を渡してくれた。
中には、パンがたくさん入っている。さっきのデニッシュ、チョココロネ、カレーパン、クロワッサン……三人分の昼食としては多すぎる量だ。
少しうちに持ち帰るか。
「冷凍保存もできますよ。食べる前にオーブンで軽く焼くと食感が戻りますので」
というアドバイスをもらい、俺たちはパン屋を離れた。
店長さんが見えなくなってから、俺は高梨先輩に訊いた。
「案件っていうから、お金がもらえるんだと思ってました。現物支給なんですね」
すると先輩は肩をすくめた。
「SNSのいいねしか実績がない高校の同好会に、金を払ってくれるところはなかなかないよ」
「まぁ……そう言われるとそうかもしれないですが」
「それに、この辺の小さな店からモデル代もらっても、せいぜい二~三千円だよ。一人頭千円でも、十五分ってことを考えたらすごいバイトだけど、あたしの目的は小銭稼ぎじゃないから。今はタダ同然でいいから案件もらって、地元に顔を売るターンだから」
「俺に文句言う権利はないんで、それでいいですけど……何もしてないし」
「荷物持ちしてくれてるじゃん。これからお土産たくさんもらうから、大活躍してもらわなきゃ」
まるで他の店でも、俺の出番はなさそうなことを言っている。
……実際、そうだった。
どこの店に行っても、「彼女さんのワンショットで」と言われる。
俺の存在意義は……?
しかし、自信を失いかけたあたりで、「二人でおねがいします」と言ってくれる店が現れた。
和菓子屋さんだった。
たい焼きの生地を使ったハート型のお菓子が出てきた。
「うちの看板商品なんですよ。これをカップルで、二つに割らずに食べると末永く一緒にいられる……という噂がどこかから流れてきまして。今回はそれに全面的に乗っかりたいな、と」
この地域に多い恋愛成就のジンクスは、パワースポットだけでなく食べ物にも及んでいるらしい。
「趣旨はわかりました。でも、二つに割らずに食べるって、どうやって?」
「両側からかじっていく人たちが多いみたいですね。ポッキーゲームみたいに」
ぽ、ポッキーゲーム……。
それって、食べ進めるとキスになってしまうアレか?
い、いや、これはあくまでも写真。ある程度の時間をかけて撮影する動画ならハプニングもあり得るが、写真だから、最初の一口を切り取るだけだ。
うっかりキスしてしまうようなことはない。
そもそも宣伝写真なのだから、キスするほど商品を食べ進めていいはずがない。それじゃ肝心のたい焼きが写らない。
「こちらがそのたい焼きになります」
店長さんが持って来たハート型のたい焼きは、思ったより二回りほど大きかった。
これなら、端と端を咥えても、顔は結構離れている。だから大丈夫……と、自分に聞かせてみたが、そう簡単には割り切れない。
だって、こんなに近い距離まで古谷さんに顔を近づけたことがない。
だが、クライアントにそうリクエストされたのだ。そして、これが俺の今日の初仕事。
断るわけにはいかない。
たい焼きを手に取り、片端を軽く咥える。
ほんのり甘い香り、表面はカリッとしているが、中がふんわりしっとり柔らかいのが唇から伝わって来る。
これはかなりうまいはずだ。このまま食べてしまいたくなるが、そこは我慢。
古谷さんが食べやすいように、彼女の口元にもう片端を近づける。
古谷さんは顔をイチゴのような色にしながら、目を泳がせる。
それから口を開けて、たい焼きに顔を近づけ――たが、微妙に角度がズレ、そのまま頭がたい焼きの横を通り抜けた。
勢い余って、テーブルにガツンとすごい音を立てて頭を打ち付けた。
「だ、大丈夫?」
「………………いろいろな意味で、限界かもしれません」
古谷さんはテーブルに突っ伏したままそう答えた。
心なしか、頭から湯気が立っているような……いや、さすがに気のせいか。
だが、恥ずかしさがオーバーフローしてしまったのは間違いなさそうだ。
「あれ、なんか悪いことしちゃったかな。じゃあ違う構図で――」
店長さんが気を利かせてくれる。
相手からしたら、高校生が、たかがポッキーゲームの真似事くらいでここまでテンパるとは思ってもみなかったのだろう。
「そうですね。古谷のワンショットならこういうことはないと思いますので――」
「いえ、二人でやらせてください!」
高梨先輩が提案しようとしたら、古谷さんが勢いよく起き上がった。
「やっと小野寺さんに出番が来たんです。私のせいでできなかったなんて言わせません。やります、やらせてください」
「わ、わかった……でも、今の状態で両端咥えたって、ぎこちなさばっかりが目立って宣伝にならないよ。もっと自然な笑顔を作ってくれないと」
「た、たしかに……形だけできてたらいいってものでもないですよね。うぅ、どうしよう…………あの、少しお時間をいただくことってできますか? 明日でもいいので」
古谷さんは店長さんに訊いた。
「明日? まぁいいですけど」
「では、明日、この時間にこの場所で。私たちの本気のハート型たい焼きの食べ方をお見せします」
なんか料理バトルが始まりそうな雰囲気を出してるけど、俺たちはただ食べるだけだ。
★★★
店を出て、商店街にある喫茶店で一休み。
ちなみに、この喫茶店でもさっき撮影している。コーヒーを出してもらったが、さっきのお礼ということで、お代はサービスしてくれるそうだ。
「すみません、足を引っ張ってしまいまして」
古谷さんがこの世の終わりのような顔でうなだれる。
和菓子屋では最後に啖呵を切っていたが、座って落ち着いたらずんずん落ち込みだしたのだ。
「大丈夫、ほぼ荷物持ちしかしてない小野寺くんなんて、足を引っ張ることさえできなかったんだから。それまで活躍してたから、古谷は十分貢献してるよ」
……実際そうだけど、もう少し俺にも配慮してくれないかな?
「まぁ一日猶予をもらえたから良かったけど、それでなにができるの? 君たち、出会った直後に告白して付き合い始めて、それから全然進展してないじゃん」
「少しはしてますよ……手を繋げるようになりましたし……」
「おっそ! マラソンの最初に全力疾走して、途中から歩くやつみたいじゃん。そのペースじゃ、明日になってもなにも変わらないでしょ」
ひどい言われようだが、的確と言わざるを得ない。
「…………こうなったら、合宿しかありません」
合宿?
「小野寺さん、今日うちに泊まりに来てください。明日の練習をしましょう!」
「と、泊まり?」
泊まりって、古谷さんの家で一晩過ごすってこと?
「あのね、古谷。長距離走は、一定のペースを守るのがコツなわけ。全力疾走と歩きを繰り返すのは愚策……いや、面白いからそれでいいか。よし、小野寺くん、合宿してこい!」
いや、そんな流れでお泊りを決められても………………。
「一応、大丈夫かどうか親に訊いてみますね………………大丈夫だそうです」
「あ、うん……俺も家に連絡しておく」
電話した結果、母さんは「あら~」と嬉しさと冷やかしが半々に混ざった歓声を上げ、了承してくれた。
ということで、なんかあれよあれよと話がまとまったしまった。




