第13話 初デート 後編
それから最初の店で服を買い、せっかくなのでそれに着替えて、デートを続けることにした。
買い物に随分時間を使ってしまい、時刻は二時半過ぎ。
タイミングを逃しているが、食事をすることにした。
駅前のファストフード店でハンバーガーを食べた。店内には、同じようにデートしている高校生くらいの男女や、部活帰りの集団などが目立つ。
その人たちが、たまにこちらに視線を向けてくる。
古谷さんを見ているのは間違いない。隣にいる俺はどう思われているだろうか?
なんであんなやつが……と相変わらず思われているのか?
それとも、買ったばかりの服に身を包んだことで、そこそこ釣り合っているように見られているだろうか?
いや、そういうのを考えるのはやめよう。
釣り合っていないんじゃないかと考えて不安になり、背を丸めれば、そう見られてしまう。
堂々とするんだ。
俺たちはベストカップルなのだと。まずは、俺たち自身が自信を持って思うべきだ。
自分自身がお似合いだと思っていないようなら、誰が見てもお似合いに見えるはずがない。
中身に見合った自信しか持てないのでは、いつまで経っても堂々とできない。
まず自信を持って、それに見合うだけの中身を後からつけていくんだ。
そうすれば、いつかはきっと、自分で納得できるような中身と自信を兼ね備えた人間になれるはずだ。
★★★
「これからどうしましょう?」
店を出て、次の予定を考える。
解散するにはまだ早い。もう少しどこか行きたいところだ。
だが、どこにデートでどこに行けばいいのだろう?
定番ならば、映画やカラオケとかだろうか?
この駅前なら、そういう施設はたくさんあるので、無難にそういうのに誘ってみるか。
「カラオケですか……」
だが、古谷さんは、あまり乗り気ではない様子。
「歌はあまり得意ではないので、ちょっと自信がないですね。小野寺さんが私と行きたいと言ってくださるのならがんばりますか、できれば今日はない方がいいです。事前に言っておいてくだされば。練習しておきますので」
「そんなに気負わなくてもいいよ」
「いえ、みっともない姿は見せたくありませんので。最高の私を小野寺さんに見せるための努力をさせてください」
そこまで言ってもらったのなら、ダメと言えるはずはない。
ちょっと真面目すぎる気がするが、これが古谷さんなのだ。
古谷さんが努力して成長していく姿を見たい、という気持ちはあるが、完璧な姿だけを見せたいという気持ちもわかる。
だから、ここは彼女の望むようにさせよう。
「でも、ちょっと意外だったな」
「何かですか?」
「古谷さんにも苦手なものってあるんだ。美人で、成績が良くて、料理も上手で、運動も結構得意。なんでも完璧だと思ってた」
「何もしないで何でも完璧な人間になんていませんよ。私は、みんなよりちょっとがんばってるだけです。苦手なことだっていろいろありますし。小野寺さん以外の男性と話すのとか、いまだに苦手ですし」
それはむしろ苦手なままでもいいかもしれない……とちらっと思ってしまった。
そうしたら、いつまでも俺だけの古谷さんでいてくれるだろう。
いやいや、そういう考えは良くないな。
古谷さんがどんなイケメンとも気楽に話せるようになっても、それでも「小野寺さんが一番です」って言ってもらえるような男に、俺がなればいいだけだ。
「というわけでカラオケは、今日のところはなしで。もし他に行きたい場所がないのでしたら、私に案があるのですがどうでしょう?」
★★★
駅前からバスに乗って移動すること十五分。
小さな山の上の公園に着いた。小さいのは山であって、公園はでかい。
駐車場だけで、一千台くらいは停められそうな広さがある。もちろん、公園本体はさらにでかい。
「この公園は、何か有名なの?」
「地元じゃ知らぬ者はいない公園ですよ」
へぇ、まぁ駅からバスで一本、市内中心部の横にある山だから、有名にもなるか。
見晴らしが良くて、市内が一望できるしな。
それにしてもでかい街だ……見渡す限りビルが並んでいる。
あ、いや、遠くの方は結構田んぼが広がってるな。俺たちが普段生活してるところは都会だが、その外側って案外地方感あるな。
しかし、なんでこんなところに、こんな立派な公園が?
「城跡なんですよ」
俺の疑問を先回りし、古谷さんが答えてくれた。
「城跡? 江戸時代に城があったの? あれ、でも城って県庁の横じゃなかったっけ?」
地元民ではない俺でもそれくらいは知っている。
ここの城跡には、小学校の遠足で県を超えて来たことがあるからだ。
「戦国時代の城ですよ。江戸時代にはもう取り壊されていたそうです。それほど大きな城ではなく、砦みたいなものだったそうですが。ここの城をめぐって起きた戦いは、この辺では有名なんです」
そう言って、古谷さんは歩き出した。
向かったのは、公園の端っこ。
街が一番見える場所で、そこには銅像が立っていた。
城跡にある銅像と言えば、普通は騎馬武者だと思うのだが、ここのは一組の男女の銅像だった。
どちらも甲冑を着ており、男は刀を、女は薙刀を持っている。
「なんか珍しい銅像だね」
「要塞姫の銅像です」
「要塞姫?」
それは古谷さんのあだ名だ。
誰も落とせない美少女と、いうことで付いたあだ名らしい。
「そのあだ名はあまり好きではないのですが……元ネタがこの銅像の女性ですね」
「どういう人だったの?」
「この土地を治めていた大名の娘です。ある時、隣国から攻め込まれ、病気の当主に換わって指揮を執ったそうです。ここにあった城を拠点に半年ほど籠城し、ついに敵をあきらめさせ、国を守り抜いたと言われています。それ以降、彼女は生涯で何度も籠城の指揮を執り、そのすべてで城を守り抜いたそうです」
「籠城の名人だったわけだ」
「それでついたあだ名が要塞姫、というわけです。そのような方と同じあだ名で呼ばれるのは、私としては大変おこがましいのですが……」
古谷さんは小さくため息を吐いた。
「ははっ、たしかにちょっと大仰だね」
「ええ」
「隣にいる男の人は?」
「この城での籠城戦で彼女の右腕として活躍した家臣で、後に結婚しています。この二人の長男が、江戸時代を通じてこの土地を治めた藩の初代藩主となります」
なるほど、ここに連れて来た理由がわかった。
「ここも恋愛関係のパワースポットなわけだ?」
「はい。恋愛成就、家内安全、武運長久――いろいろなパワースポット扱いになっています。学校から少し遠いので今まで撮影場所にはなっていませんでしたが、弓月先輩は近いうちに必ずここで撮影したいと言うでしょう。その前に二人で来ておきたかったんです。要塞姫の聖地ですし……それで……」
そこまではスラスラとしゃべっていたのに、急に古谷さんの声のトーンが落ちた。
それから、もじもじとし始める。
「いえ、たいしたことではないのですが、縁がないわけでもない場所なので、もし時間があったら今日はここに来て、手を繋ぎたいなぁ……と思っていたんです。すでに手を繋いでいますので、どうしたものかと思ってしまいました」
思えば、今日一日、ほとんどずっと手を繋いでいたような気がする。
最初は緊張したけど、今やすっかり慣れて何とも思わなくなった――ウソ。まだまだ緊張する。それほどひどくしているわけではないが、手汗は大丈夫か? とかはずっと気になっている。
「手をつなぐのはもうクリアしているので、さらにちょっと先のこととか考えたんですが……ハグとか。でも、手を握ってるだけなのにこんなにドキドキしてるのに、ハグなんてしたら、興奮しすぎて耐えられなくなりそうと言うか……」
「興奮」
「あ、いえ、興奮と言うと少し違うかもしれません。とにかく、今の私には、手を繋ぐ以上の行為は負荷がかかりすぎるのです。で、ですので、その……じれったいかとは思いますが、まだじっくりお付き合いいただければな、と思っていまして……はい」
俺の手を握る古谷さんの力が少し弱くなる。同時に、ややしゅんと頭を下げる。
ああ、そういうことか。
一ヶ月近くかかっても手を繋げていないことを俺が気にしていたのと同じように、古谷さんも気にしていたのだ。
もしかしたら、俺以上に気にしていたのかもしれない。
中学時代の友人とこの前連絡を取ったのだが、彼女ができたと言っているやつが一人いた。
どのくらい進んでいるのかと訊いてみたら、俺たちとは比べ物にならないくらい先のことをしていた。
彼のところも付き合い始めて一ヶ月くらいらしいが、同じ一ヶ月でも進展にここまでの差があるのか……とかなりショックを受けた。
彼らが特に早い可能性もあるが、俺たちが特に遅いのはたぶん間違いない。
それで、そろそろ手くらい握らないと……という思いに駆られたのは否定できない。
古谷さんにも同じようなことがあったのかもしれない。
だから勇気を出して手を握ろうと思ったが、でもそれ以上のことは、まだまだ踏ん切りがつかない。
やっぱり似てるなぁ、俺たち。
「古谷さん」
「はい、なんでしょう?」
「実は、手を繋ぐくらいでありえないくらいドキドキしてるのは俺も同じで……ハグとか……その……き、キスとか……そういうのを今したら、心臓が持たないんじゃないかって思うんだ」
「き……」
古谷さんが顔を真っ赤にする。
キスという単語を口にするのも恥ずかしいのかもしれない。
「だから、ゆっくり、ゆっくり行きましょう」
「そ、そうですね。私たちのペースで……そう、私たちのペース。小野寺さんも私と同じ考えだったことに、とても安心しています。手も繋げない頃から、私たちは二人三脚みたいに歩幅が合っていたってことですから」
そう言ってから、古谷さんはぷいっと顔をそむけた。
「どうしたの?」
「いえ……なんか今のは、すごく恥ずかしいことを言った気がします。今日一で顔が赤くなってる気がしますので、できればこっちを見ないでいただけると……」
そう言った古谷さんの横顔があまりにかわいくて、しばらく見続けた。




