第12話 初デート 中編
駅から百メートルも離れていないビルに入った。
多くのファッションブランドが入っていて、高校生でも買えるくらいの値段の店もたくさんある。
……という話をクラスの友人たちに聞いた。
その話通り、ビルの中には俺たちと同じくらいの男女が結構いた。
特にこのフロアは若者向けの店が集まっていて、客は大体中高生、働いている人も高校生から大学生くらいまで。
だが、心なしか、なんかオシャレな人が多い。
俺たちと同じくらいなのに、なんかすごく華やかというか。
古谷さんは、そんなこと気にしないという感じで、俺の手を握ったまま一番近くにある男性用の店に入った。
「いらっしゃいませ」
絶対この人もモテるだろうな、というイケメンの店員が声をかけてきた。
店員は、頭から足までをちらっと見た。
古谷さんと付き合うようになって、こういう視線は何度も経験した。
全然釣り合っていないな、と侮蔑するような視線。
いや、この店員の視線は、どこか違う。
俺を軽く見るような意味合いがないわけではないが、それほど強くない。
「彼氏さんをワンランク上にしちゃうような服をお探しですか?」
ああ、そうか。この人は、俺を客として値踏みしたのだ。
ただの冷やかしか、本気で服を買いに来た客か、古谷さんと俺の外見を比べて判断したのだ。
それで本気の客だと判断したから、こうしてすり寄って来た。
現金な人だが、悪意はないので別にいいか。
「彼に似合う服を探しています。誰から見てもカッコイイと思われるような服はありますか?」
「もちろんありますよ。彼氏さんくらいの体型だと、この辺とかおすすめですね」
店員さんはいくつか見繕い、カゴに入れた。
「試着室はあちらです」
「はい……でも、全部ズボンに見えるんですが?」
「ファッションはまず下から固めるもの。下が決まれば上も決まります」
そういうものなのか? 詳しくないから知らないが、店員がそう言うならきっとそうなんだろう。
で試着室に入りまずは一本目を穿く。
うん、なかなかカッコイイ気がする。でも、結構キツイ。
ダイエットした方がいいのか、それともこれが小さめなのか。
「小野寺さん、どうですか?」
「穿いてみたけど」
試着室のカーテンを開ける。
「どうかな?」
「とても似合ってますよ!」
「そうかな。でも、少しキツくて」
「そのデザインだと、次に大きいやつって本当に大きいやつしか残ってないんですよね」
と、店員が言い、「うん、見立て通り似合ってますよ」と頷く。
プロの目から見ても似合ってるなら、これでいいかもしれない。我慢できないキツさじゃないし。
値段的にも手頃ってことで、候補の上位に入れておこう。
「それがいいとすると、上着はこの辺はどうですかね」
店員がジャケットをいくつか持ってくる。
それらを試すと、古谷さんはそのたびに「カッコイイ!」と言ってくれる。
「小野寺さんは何を着ても最高に似合いますね」
「そ、そうかな?」
ちょっと褒められすぎな気がしないでもないが、悪い気はしない。
気に入った上着を別カゴにキープしておく。
「彼氏さん、それに合う帽子とか持ってます?」
「帽子? そういえばあんまりないかも」
「この辺とかいいですよ。いろんな服に合わせやすいデザインなんで、一つ持っておくだけでコーディネートの幅が広がりますよ」
店員が持ってきた帽子をかぶる。
出来上がった自分の姿を鏡に映す。店に来る前とはワンランクどころかツーランクは上がったような気がする。
「じゃあこの組み合わせは組み合わせで一旦置いておくとして、次のを穿いてみてください」
そう言えば、ズボンはいくつも用意していたんだった。
まだ一本目。
もしかしたら、もっと気に入るのがあるかもしれない。
「まぁ! そっちもとても似合いますね!」
「このジャケットなんかどうですかね。帽子はこれで」
ズボンを履いた姿を見せると、古谷さんが褒めて、店員がジャケットと帽子を持ってくる。
そのパターンが何回か続いた。
気がつけば買う候補が山のように積み重なっている。
当たり前だが、二万円の予算じゃ全然足りない。
「私に出させてください! 小野寺さんの良さを引き出すための服なら、いくら出しても惜しくありません」
古谷さんが財布を取り出す。ちらっと見えたが、中に結構な額が入っているっぽい。
だからって、まさか奢ってもらうわけにはいかない。
古谷さんに少しでも釣り合うようになるために来たのに、それを奢ってもらうんじゃ本末転倒だ。
「一度ゆっくり考えよう。一旦外に出て、頭を落ちつけよう」
「そ、そうですね。よく考えたら、まだ一件目でした。ここで全部決めてしまうことはありません。というわけで、お手伝いいただいたのに申し訳ないのですが……」
古谷さんは、候補の入った服を店員に返そうとした。
店員はさぞイヤな顔をするかと思いきや、意外にもにこっと笑った。
「ええ、いいですよ。他の店もゆっくり見て来て下さい。これは取り置きしておきますから、帰りにでもまた寄ってください」
また来るなんて一言も言っていないのだが、店員は俺たちがまた来ると確信したようにそう言った。
これ以上ここにいると、なんか悪い気がして買ってしまいそうなので、そそくさと離れる。
別の店に入る前に、気持ちを落ち着けるために自販機コーナーに行き、一息つく。
「最初は親切そうに見えたけど、よく考えるとかなりの強敵だった気がする」
「ええ……下から始まって、流れるように次のアイテムを渡してきます。きっとあれはそういうテクニックなんでしょうね」
「一人だったら間違いなく流されて、あそこで買ってた」
「私なんて、小野寺さんが止めてくれなかったら、有り金全部使っていたかもしれません」
「前にいたところは田舎だったから、ああいうやり手の店員はいなかった。都会は恐ろしい」
「私も普段はネットで服を買うので、ああいうのは初めてです」
「次からはなるべく店員に乗せられないようにしよう」
「そうですね、警戒心を持っていきましょう」
気持ちを落ち着けた後、次の店に入った。
やっぱり店員が話しかけてきたけれど、さっきの店の店員ほど話し上手ではなく、俺たちが警戒していたこともあって、うまく切り抜けることができた。
それから何件も見て回ったが、これといった服は見つからなかった。
悪くはないのだが、何かが足りないような気がする。
「結局、あの店で買うことになりそうですね……」
「うん。悔しいけど、あの店が一番良かった気がする」
話術がうまく、良いと思わせられたのではないと思いたい。
「さすがに全部はムリだから、予算を考えて、その中で点数がなるべく多くなるように組み合わせを再構成してもらおうかな」
「それいいですね。二万円でしたっけ? 全部あそこで使いますか?」
「いや、他にも買いたいものがあって」
「わかりました。では、まずはそっちから買って、残ったお金であの店で買いましょう」
そういうことになり、俺たちは新たな店に⼊った。
「あれ、ここでいいんですか?」
古谷さんが首を傾げる。
「男性用の店ではありませんけど」
「うん、ここでいいんだよ」
この店は、女性用のアクセサリーショップ。
それほど立派な物ではないが、学生でも手を出しやすくて、見た目は一応それっぽいアクセサリーを取り扱っている。
「古谷さんに何かプレゼントしようと思って」
「で、でも、今日は小野寺さんの服を買いに来たわけで……」
「そうだけど、初デートの記念に。どうかな? いらないならムリにとは言わないけど」
「ほしいです! すごくほしいです!」
古谷さんはくわっと目を開いて、必死なほどにアピールしてくる。
そんなにも望んでくれたことが嬉しくて、でもちょっと必死すぎて、思わず笑ってしまった。
「なぜ笑うのですか?」
「ううん、別に。かわいいなって思って」
「そ……そういうことをさらっと言うのは少しズルいです。ちょっと心配になってきました」
「なにが?」
「小野寺さんがカッコよくなるのは嬉しいですが、カッコよくなりすぎて女子から人気が出すぎてしまわないかと」
「それは心配しすぎじゃないかな」
「いいえ、心配です。他の女性とお話しするなとは言いません。私だって、不本意ですが、いろいろな男性に声をかけられることはありますので。ですが、あなたの彼女は私です。それは絶対に忘れないでくださいね」
これは嫉妬されているってことか?
まだ他の誰かにモテたわけでもないのに、モテるかもって想像だけで嫉妬してくれてるのか?
うちの彼女、最高すぎるだろ。
このままここで愛の言葉を叫んでしまいたくなる。
でも、店の中だからそれは迷惑だな。静かにしないと。
あれ、なんか視線を感じるぞ。
他の客たちが、何か温かい目で俺たちを見ているような……今のやり取り、全部聞かれてた?
「……ちょっと居たたまれない気になって来た」
「……私もです」
「そろそろどれにするか考えようか」
「ですね」
他の客たちの視線から逃げるように、店の奥へと移動する。
そこはブレスレットのコーナーだった。
「良さそうなのが結構あるね。どれがいい?」
「小野寺さんはどれがいいですか?」
難しい質問だ。
古谷さんが身に着ければ、どんな物でもそれっぽく見えてしまいそうだ。だから、どれが似合うかを考えるのは、逆に難しくなってしまう。
「小野寺さんが選んでくれた物なら、どれでも歓迎します」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……じゃあ、これ?」
ピンク色の細身のブレスレットを手に取る。
値段はそれほどではないが、ちゃんと金属製で、質感も思いのほかしっかりしている。
せっかくプレゼントするので、飾るのではなくちゃんと使ってほしい。
一方で、初デートの記念が使っているうちにボロボロになっていくのは見たくない。
このブレスレットなら、耐久性は問題なさそうだ。
その分、デザイン的には同価格帯の物より少し落ちる気がするが、そこは古谷さんの魅力でカバーできる。
「はい、これにしましょう」
古谷さんはそのブレスレットを大切そうに握りしめた。
★★★
レジで会計を済ませ店を出ると、古谷さんは包みをすぐに開けた。
中からブレスレットを取り出し、俺に渡して来た。
「えっと?」
「私に手首に付けてください」
と、左手を差し出して来た。
周囲には人が少なからずいるので、少し恥ずかしい。でも、ここまでお膳立てされて、場所を変えようとは言えない。
ブレスレットを受け取り、古谷さんの腕に通す。
ただそれだけのことなのに、なぜか心臓がばくばくと高鳴る。
たぶん、俺の顔は今、すごい真っ赤になっている。鼻息だけは荒くしないようにしなければ。
「どうかな?」
「はい。とてもしっくりきます。このまま一生付けていられそうです」
「大人になって、ちゃんと稼げるようになったらもっと立派なのをプレゼントするよ」
「その時までデートの時は必ずこれを付けます。そして、新しいのをもらったら、これはお部屋に飾ることにします」
後から考えると、なんかすごく恥ずかしい話をしたような気がする。
でも、この時の俺たちはそこまで深く考えず、当たり前のこととして将来の話をしていた。
そして、手を握って、最初の店に戻った。




