第11話 初デート 前編
日曜日の朝十一時、市内で一番にぎやかな駅前で古谷さんと待ち合わせ。
私服姿での撮影は同好会でやっているので、古谷さんの私服を見たことはある。
でもそれはあくまでも衣装。出かける時に着るものとは気分がなんか違う。
どんな服で来るのかな、やっぱり清楚系かな? いや、案外結構大胆だったりして。
普段はスカートを膝丈にしているが、私服ではミニを好んで穿いていたりするかも。
そういうギャップが見られるかもしれないと思うと、胸がときめく。
早く駅に着かないかなと、電車の中で歩き出したい衝動に駆られた。
待ち合わせの駅は新幹線も止まる駅なだけあって、人通りが多い。
去年まで俺が住んでいた場所は、ここの数分の一しか住民がいないような地方都市だったので、見渡す限りに人がいる光景には、まだ結構ビビってしまう。
人混みをかき分けながら構内を出て、ペデストリアンデッキに出る。でかい歩道橋にしか見えないのだが、ペデストリアンデッキなんておしゃれな名前があるなんて、やっぱでかい駅は違うなぁ。
デッキにある大きな木。そこはここの象徴的な場所になっていて、今日の合流場所になっている。
そこに行く前に一旦トイレに行き、髪型をチェックする。
入学式の三十分もかけてセットしたが、姉貴に三秒で崩された。
今回はそれのリベンジ。
三十分どころか四十五分もかけてセットしてきた。きっと古谷さんにも好評なはずだ。
「駅前にすげー美人な子いたな」
鏡の前で前髪の微調整をしていると、そんな話し声が聞こえてきた。
「撮影で東京から来た芸能人とかかな? 普通に地元の子だったらナンパしたいんだけどなぁ」
「ムリだろ。すっごい気合入った服だったから、絶対デートでしょ」
「だろうなぁ。でもワンチャン、逆ナン待ちって可能性も?」
「ないない。そういう期待を込めて声をかけたのか、玉砕してるやついたじゃん」
「いたなぁ。すっげえしつこいやつ……声をかけられた方が困るよな、あれだと」
もしかして、それって古谷さんの話か?
古谷さんは特別美人だが、美人=古谷さんってわけじゃないのはわかっている。俺とは無関係の人かもしれないが、ひょっとしたらうちの彼女がナンパされて困っているかもしれない。
だとすると、前髪なんていじっている場合じゃない。
髪が崩れることを気にせず、人込みの全力ですり抜け、待ち合わせ場所に向かって走った。
★★★
「ねえ、なんでこんなに頼んでるのに、ダメなの? オレ、すごい誠意見せてるじゃん。土下座までしてさ。なのにさっきから無視して。いくらだって美人だからって、そういうのは良くないと思うんだけど」
待ち合わせ場所に近づくと、男の声が聞こえてきた。
声は荒く、怒っているのが伝わってくる。
その反対側にいるのは古谷さんだった。
男から一メートルほど離れた場所に立っていて、眉をひそめている。
「あの、どうして私が非難されなければいけないんですか? 私はただ……」
「あ、やっと話してくれた。そうそう、もっとお話ししようよ。そしたらオレも怒らないからさ。いやぁ、びっくりしちゃったよ。話しかけてもガン無視してくるからさ」
「無視していると、周りの人に迷惑になるからしかたなく話すことにしただけです。ということで、もう十分でしょう?」
ぶっきらぼうに男の誘いを断る要塞姫――という話を聞いたことがある。
俺にはそんな態度はこれっぽっちも見せないけれど、なるほどこういうことか。
「もっと話そうよ。どっか落ち着く場所で。そうだ、近くにいいホテルがあるんだけど」
ナンパで誘うならまずお茶じゃないのか?
いきなりホテルって、こいつの頭どうなってんだ。
男の首元からはタトゥーが見えており、目がどろどろに濁っている。
関わってはいけない人種なのは間違いない。
普通なら方向転換して逃げるところだが、古谷さんを一秒でも早く助けたいので、全速力で駆け寄る。
「お待たせ」
男と古谷さんの間に割って入り壁になる。
「あ?」
男は、俺の顔をじろじろ見ながら、ガンを飛ばしてくる。
こんな男に古谷さんは何分絡まれていたんだろう? 俺がなかなか来ないから動けないでいたわけで、のんきにトイレで髪型を直していた自分に腹が立ってくる。
「今ちょっとこっちでお話してるからさ、あっち行ってくれる? こういうのは先着順だろ?」
男がグイッと顔を近づけてくる。息が臭い。排水口のような臭いがする。
顔を背けたいし、なんなら何メートルも遠ざかりたい。
だが、少しでも後ろに下がる態度を見せれば、こういうやつはきっと調子に乗る。
気持ちを強く持ち、男を睨み返す。
「先着順なら俺に権利があります。この子は俺の彼女なんで」
「は? お前じゃ釣り合わねぇだろ」
「あなたはよっぽどマシだと思いますが?」
「なに言ってやがる。オレは十年前じゃ、この辺の中学で一番ケンカ強いって評判で――」
「なら、もういい年じゃないですか。昔の武勇伝じゃなくて、今の自慢でもしてくださいよ。仕事何やってるんですか?」
「仕事……仕事なんざなんだっていいだろ。てめぇ、働いていれば偉いと思ってんのかよ」
「全然偉くないですよ、働いてやっと普通でしょ?」
「………………」
男の目からみるみる力がなくなっていくのが見て取れた。
偶然にも俺は彼の一番弱い部分を突いたのではないだろうか?
それで意気消沈してくれた。
チャンスだ。今のうちに逃げてしまおう。
「行こう」
古谷さんの背中を押し、急いでこの場から立ち去ろうとする。
「待て、てめぇ! 言うだけ言って逃げるつもりか!」
まずい、男が逆ギレしてしまった。
こういうタイプは、脅しじゃなく本当に暴力を振るいかねない。
俺がこいつに勝てるだろうか? ……難しい気がする。
でも、ここで謝るわけにはいかない。
謝らなければいけないことはなにもしていない。
俺はただ自分の彼女を守ろうとしただけ。
詫びるべき理由なんて一切ない。
絶対に謝るもんか。
ぼこぼこに殴られてもいい。
俺が殴られてる間に古谷さんは逃げられるから、そしたら恋人を守り抜いた俺の勝利だ。
覚悟を決め、拳を握りしめた時、遠くからホイッスルの音が聞こえて来た。
「そこ、なにやってる!」
数人の警官だった。
警官たちはこっちに向かって走って来る。
「やべっ」
なにかやましいことでもあるのか、息の臭い男は俺のことなど忘れて、一目散に逃げだした。
それから警官に事情を訊かれ、「絡まれていました。助けていただいてありがとうございました」とお礼を言うと、警官はそれで納得してくれた。
警官を見て逃げ出したガラの悪い男と、デート中の高校生――俺たちの方が悪い人間だとは、さすがに思われなかったようだ。
「気を付けるんだよ」
警官にそう言われ、俺たちはその場を離れた。
ペデストリアンデッキから降りて、下のバス停に移動した。
バス待ちの人はいるが、デッキよりはずっと空いている。ちょうどベンチが空いていたので、二人で並んでそこに座る。
「ふぅ………………」
ようやく緊張が解け、体が震えだした。
別に殴り合ったわけじゃない。
変なおっさんと口ゲンカしただけだ。どちらかと言えば、俺の方が相手に刺さることを言っただろう。
あの瞬間、俺は自分がヒーローになったような気になっていて、頭は恐怖を感じていなかった。一種の興奮状態だった。
でも、体は恐怖を感じ取っていた。
あそこで警官が来てくれなかったら、もしかしたら結構な惨事になっていたかもしれない。
今さらになってそのことの意味がわかり、体のあちこちが震えだした。
「ごめん、もうちょっとここで休んでいい?」
「はい……怖かったですよね」
「あの時は古谷さんを助けたいって夢中だったけど、今になってこのざまだよ。情けないなぁ」
時間が経てば恐怖は収まるというわけではないらしく、震えはさらに強くなってきた。
手の指など、何本あるかわからないほどに震えている。
古谷さんは、そんな俺の手をそっと握ってくれた。
温かくて柔らかなその手に包まれていると、なんだか安心できて、指の震えが収まった。
「ありがとう、落ち着いてきた」
「お礼を言うのはこちらです。小野寺さんが来てくれて、とても心強かったです。自分だけではどうしようもできず、警察の方が来るまで生きた心地がしなかったでしょう」
「あいつを堂々と無視しているように見えたけど」
「怖くて固まっていたんですよ。同じ学校の男子と話すのさえ苦手なのに、さっきの人は学校にはいないような……その……アウトローっぽい人でしたし」
「たしかに、あんなのは学校にはいないね」
「そんなのに立ち向かえるなんて、小野寺さんは立派です。全然情けなくなんてありません」
そう言ってもらえたら、傷ついていた自尊心が少し癒された気がした。
「せっかくのデートなのに、いきなり気分が害されてしまいましたね。小野寺さんがあまり乗り気でないようでしたら、今日は予定を変更してもう帰りましょうか」
「俺は大丈夫。古谷さんこそ大丈夫?」
「私は大丈夫です。とても頼りになる彼氏が一緒にいてくれますから」
「俺もだよ。こうして優しく手を握ってくれる彼女がいるから」
「はい、では、行きましょう」
ベンチから立ち上がり、歩き出す。
その時、古谷さんは握っていた俺の手を離した。
すかさず、俺はその手を掴んで、指を絡めた。
「えっと……」
「あ、いや……せっかくだから」
今日の目標の一つに、“手を繋ぐ”というのがある。
絶好のチャンスだったし、なんなら今を逃すと今日はもうムリな気さえした。
だから“せっかく”なのだが……いくらなんでも正直すぎるだろ。もうちょっとカッコイイ言い方はなかったものか。
「そうですね、せっかくの初デートですから、手を繋ぎましょう」
だが、俺のちょっと情けない言い方を古谷さんは笑わなかった。
薄く頬を赤らめ、手をギュッと握り返してきた。
そうして俺たちは、恋人繋ぎで歩き出した。




