第四話 誰が動くか
「あんなあっさり引いた理由は何だよラナ」
商人ギルドを出るとクルスがラナに食って掛かる。
「落ち着きなさいよ。あの人がもし仮に旧式の契約書を作って、アウンスさんのところの控えも消したなら、私たちが来ただけでプレッシャーになるでしょ? あんなにわかりやすく協力を拒否したんだもの。思慮深い人ではないわ」
「だったらボロを出させても……」
「そこの君、少しは考えたまえよ。あんなところで証拠もないのに追及すれば、どちらが悪者か、火を見るよりも明らかだ。悪徳自警団にでもなるつもりかね?」
「くっ……」
あとから出てきたクラウズがクルスにそう言うと、彼は悔しそうに歯噛みした。
「それに彼はまだ勤務中だから自由に動きづらい。私たちが引き上げても、精神的な余裕は時間が過ぎるごとに減っていく」
ラナの言葉を聞いてクルスは急いでギルドへ戻り、そしてすぐに戻ってきた。
「ギルド員たちは夕方で勤務を終えるってさ。食事も食堂で取るから、普通は出ないって」
「ごくろうだね君。まぁこの辺りには食事するところもないし、普通は出ないが、あまりのんびりしない方が良い」
「そうですね、そうします。クラウズ殿下、とても助かりましたわ。感謝を申し上げます」
「いえ、私は何もしていませんよ。本当にただの置物だっただけです。それよりこの後、続けるおつもりなら気を付けてくださいね。必ず彼のような男性をお供につけてください。我々に頼っていただいてもいいのですが……」
「いえ、まだ何もわかっていませんから。わかった時には頼らせていただきますね」
「本当に聡明な方だ。君、しっかり彼女を守りたまえよ? 敢えて言うが、彼女なら男が放っておかない。私も含めてね」
クラウズはそう言いながらラナへウインクをする。
(殿下と聞くと硬いイメージがあったけど、こういう冗談もできる人なのね)
雲の上の存在である彼に対し、どこか身近な感じを受けて微笑むラナ。
「ご忠告感謝します殿下。お早くお帰りください。臣下の者たちが参っております故」
ラナとクラウズの真ん中に位置するクルスは、手を動かして二人の視線を遮る。
「本当に子供だな君は。幼馴染だからといって、君が有利だとは限らないぞ? そんなグズグズ……」
「あーそうですねー!」
クラウズの言葉を誤魔化すように、クルスは大きな声を出して遮る。
ラナは幼馴染だと何が有利になるのか聞こうとしたところ、
「殿下、お迎えに上がりました」
剣を佩き銀の鎧を着た、数人の者たちが現れた。
「ああ、騎士団の皆、迎えに来てくれてありがとう。じゃあ私はこれで。二人とも、あまり危険な真似はしないようにね。特に君、イノシシのような気概は結構だが、彼女を危険にさらさないように」
「はーい」
「フン、あまり遅くまで出歩くなよ? ではラナ嬢、またお会いしましょう」
(風のように現れ風のように去っていったわね)
クラウズが去ったことでほっとしつつ、ラナはクルスを見る。
「とても不思議な人ね、クラウズ殿下って」
「フン、変わり者なだけさ」
「あら、なんで怒ってるのよ。もしかして焼きもちでも焼いたの?」
「んなわけねーだろ」
「それもそうか。私に焼きもちを焼いてもしょうがないもんね。わかるわ」
「……勝手にわかった気になるなよ」
「わかるわよ幼馴染だし」
「全然わかってねーよ。それよりこれからどうする?」
「ああそうね。私はアウンスさんに報告した後、オルおじさんの家に張り込むわ」
「そこまでやるのかよ」
「もう乗り掛かった舟だしさ、解決しないと汗かいたまま寝るみたいで気持ち悪いのよね」
「……それは気持ち悪いな。じゃあ俺も張り込むよ」
「え、良いわよ。殿下も言ってたようにお家に帰りなさいな」
「お前こそだよ。俺が襲われるより、お前が襲われる可能性の方があるだろ」
「なんでよ」
「知らねーよ自分で考えろ!」
「何よなんで怒ってるのよ。待ちなさいよ!」
アオイ商会へ着くまで、二人は昔こんなことしたとかされたとか、互いに気に入らないことを言い合いながら歩いた。
「おかえりなさい二人とも。どうでしたか?」
アオイ商会に着くと店員にアウンスを呼んでもらった。
そしてラナが詳細を報告する。
「ありがとうございました。とても助かりました」
「いえ、まだ何も解決していません」
「それでも問題が見つかったことには感謝していますし、この先も協力できることがあれば遠慮なく言ってください。可能な限りお力になりますから。それと緊急であれば何時でも店に来てください。夜でも警備の者がいますし、二階に私は住んでいますから」
「ありがとうございます!」
二人は礼を言ってアオイ商会を出て、そのままオルの鍛冶場へと向かった。
「おうラナ坊! あれ、クルスもいるのか、どうした?」
オルは二人を見ると、不思議そうな顔をして言った。
ラナはオルにこれまでのことをわかりやすく説明する。
「な、まさかそんなことになってるとは……」
「だからね、おじさん。私たちここに期日まで張り込みたいんだけど、部屋を貸してくれない?」
「そりゃ構わねぇけど事前調査じゃねーのか?」
「もうそれどころじゃないのよ。相手が動くなら数日以内だし」
「わ、わかったよ。そういうことなら頼むわ。部屋なら好きなところ使ってくれ。母ちゃん、来てくれ!」
「何ようるさいわね! あら! ラナちゃん! それにクルスも! 久しぶりねぇ! 元気してた!?」
オルと似たような体形の、賑やかで元気な彼の奥さんに対し、ラナはもう一度オルにした説明をした。
「頼んだのはこっちなんだから、好きに使ってちょうだい! ごはんとかも用意するから、自分の家だと思ってのんびりしてて!」
「母ちゃん、のんびりするために部屋にいるんじゃねぇからよ」
そう言ってオルと奥さんは声をあげて笑う。
その後、二人は鍛冶場の二階の部屋を借りることにした。
二階からであれば、相手に気づかれず鍛冶場の入り口を確認できる。
オルと奥さんに対し、ラナは補填の話をしに来た者がいれば、声をかけてほしいと頼んである。
「相変わらず二人は仲が良いわね」
「そうだな。おばさんも元気でよかった」
「なかなか全員のところに顔は出せないもんね」
「事件があってよかったというべきか」
「そうね。でもオルおじさんとおばさんの関係って素敵よね。年をとってもあんな感じでいられるって」
「そ、そうだな……俺たちも」
「二人とも、お茶とお菓子持ってきたわよ!」
クルスが言いかけた時、タイミングよくオルの奥さんが入ってきた。
「ありがとうおばさん! クルス、どうしたの?」
「な、なんでもない……」
項垂れるクルスを放置し、ラナとオルの奥さんは世間話に花を咲かせつつ、補填の話をしに来る者が現れるのを待った。
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次回の更新は9月30日19時19分頃を予定しています。




