第三話 商人ギルドへ
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
ラナの問いに、アウンスは少し間があった後で頷き、
「オリルという者です。良ければ私からの代理ということで、確認してきていただけますか? まだ新書式に変更が終わってないものもあり、私も商会長の父も動き辛い状況でして」
許可を出しつつ近くの机に移動し、短い手紙を書いてラナへ渡した。
「感謝いたします。わかり次第報告に上がります」
「お待ちしております。よろしくお願いします」
ラナとクルスはお茶を飲み干すと立ち上がり、一礼してから部屋を出る。
その足で商人ギルドへ向かい、受付でオリルに会って話が聞きたい、アオイ商会のアウンスの紹介だと伝えた。
「私がオリルですが何の用でしょうか」
出てきたのは、ふくよかで目つきの鋭い男性だった。
ラナたちは自己紹介をした後で、アオイ商会の契約書が一通不明で、どこに置いたか覚えがないかと聞いたところ、
「わかりませんね。仕事はちゃんとしたから戻ったわけですし」
けんもほろろに言われる。
「契約書は商人にとって、命の次に大切なのではないですか?」
「商人には命の次に大切なものは多いのでね」
ラナの問いに対し鼻で笑って答えた。
どうしたものかと一瞬迷ったラナの横から、
「その言い方、実に商人らしいですね。ですが、ギルドの一員として派遣されたのであれば、命の次に大切なのは依頼主ですよね? 契約書が紛失していたとなれば、大問題になる気がします。当時保管業務を担っていたのにそれでいいんですか?」
と助け船を出す。
「そ、それは……」
「別に我々はあなたを責めに来たわけではないんですよ。ね、ラナ先生」
「せ、先生!? こんな若い子が!?」
クルスがラナへパスしたところ、オリルは驚きの声をあげる。
この国の法律家の平均年齢を考えると、ラナは若い方だったので、驚くのも無理はない。
「改めてお訊ねしますが、書類が見つからない件について、解決にご協力いただけませんか?」
「え、いや、それは……」
明らかに態度がおかしいが、ラナに驚いているのかそうでないのか、いまいち二人は確証が持てないでいると
「君、協力したまえよ。ギルドの者として派遣されて問題を起こした可能性があるのに、その態度はギルド員としてふさわしくないと思うがね」
「げっ」
低くよく通る声に驚き振り返るとそこには、背が百八十センチくらい、肩まである長い金髪をなびかせた、切れ長の目で高い鼻の人物がいた。
豪華な装飾の施されたマント、丁寧に仕立てられたシャツにスラックス。
身に着けているものすべてに高度な技巧が凝らされており、貴族にしか見えなかった。
「げっ、とは何かね、そこの君」
「え、あ、も、申し訳ありません」
「よろしい。で、お嬢さん、あなたのお名前は?」
「わ、私はラナ・フィールデンと申します」
ラナはそう言ってスカートの両端を持ち、足を交差させてしゃがみながら頭を下げる。
「素晴らしいね。彼女の礼儀作法を学びたまえよ、そこの君」
「申し訳ございません」
「あの、クルスが以前どこかで、何か失礼なことをしましたでしょうか」
ラナは妙に貴族の人がクルスに突っかかるので、気になり聞いてみた。
「ん? ああ気にしないでくれ。知り合いに似た嫌な顔をしていたものでね。それよりあなたがラナ嬢か。聡明な顔をしていらっしゃる」
貴族の人はラナに近づき顎に触れようとしたところで、クルスが間に割って入る。
「おや、恋人かな」
「貴族だからって市井の者に、それも名乗ってもいない相手の顔に触れるなんて、失礼ではないですか?」
クルスが指摘すると、貴族の人はにやりと笑う。
(なんだかクルスの反応を楽しんでるみたいに見える……誰なんだろうこの人)
「フフン、確かにその通りだ。失礼した、ラナ嬢。私の名前はクラウズ、クラウズ・シュテンと申します。以後お見知りおきを」
そう言って貴族の人ことクラウズはひざまずき、ラナの手を取りその手にキスをした。
「なっ!?」
「何かなそこの君。ご婦人にご挨拶したことの何が不満なのかな?」
顔はつーんとしているが、明らかに煽ってるなとラナは感じている。
(クルスを助けた方が良いかしら。でも面白そうだから放っておこうかな)
「な、なぜ皇太子殿下がこんなところに?」
ラナの後ろにいたオリルが声をあげ、ラナは驚きの声をあげた。
(そう言えばシュテンって苗字は、王族の方じゃない!)
初めて王族を見るなと思いつつ、慌てて一歩下がってラナは再度頭を下げる。
「申し訳ございません、すぐに気づかず失礼いたしました」
「別に君は何も失礼なことはしてないよ。失礼なことをしてるとしたら、私の前にいる男二人だ」
「「申し訳ございません」」
「ああ良いよ謝ってくれなくて。私はもう気にしないから」
クラウズはそう言って、特にクルスに対し犬を追い払うように手を振る。
「まさか会議が終わったついでに、商人ギルドの視察に来てたら、ラナ嬢にお会いできた。私の日頃の行いの良さかなこれは」
顎に手を当てながら目をつぶり頷くクラウズ。
クルスはそれをジト目で見ていたが、視線を向けられると笑顔になった。
「ラナ嬢、話に割り込んですまなかったね。大事な用で来たのだから進めてくれ。私は置物だとでも思ってもらえればいいから」
そう言ってクラウズは少し離れた位置に移動する。
皇太子を置物のように思えるわけがない、と他の者たちは思っていた。
とはいえ話を戻さないわけにもいかないので、ラナは改めて聞くことにした。
「アオイ商会は取引成立後、作成した書類に双方がサインをして、それぞれが保管するというのが習わしだそうですね」
「そうかもな」
「かも?」
「具体的には覚えていない」
「ならばあなたは何のお仕事をされていたのでしょうか」
「だから保管だよ」
「どうやって何を保管したんですか?」
「言われたことをその通りにしただけで、俺が何をしたかとかないよ」
「では誰に言われたのですか?」
「アウンスさんだよ」
「何を渡されたんですか?」
「書類」
「何の書類ですか?」
「知らないよ」
皇太子がいることで最初より改善されたが、それでも前進しなかった。
恐らくこれ以上問いかけても、知らない、わからない、が繰り返されるだけだろう。
(有用な情報は得られないならまだしも、こちらが難癖をつけているように見え、アウンスさんに迷惑が掛かっては不味いわ)
ラナはそう考え、ここは一旦引いて相手の具体的な出方を見ることにした。
何しろ具体的な書類名は言わないまでも、アオイ商会から言われて調べに来た、ということは伝わっている。
ここを逃げ切れたとしても、何かしているのだとすれば、それをできれば終わらせたいはずだ。
何より補填に関しては請求期限が定められており、期限を過ぎると受けられない。
(旧式の契約書を仕立て上げる犯人であれば、それも認識しているはず。ならば無理にこの人に質問しなくとも、オルおじさんのところでのんびり待てばいい。ここは切り上げて帰ろう)
そう考え、話を終わらせることにした。
「わかりました。ありがとうございます」
「ラナ!」
あっさり終わらせたラナに対し、クルスは非難の声をあげたが、ラナが彼に視線を向けてじっと見ると押し黙った。
対して問われていたオリルは、ほっとしたのか余裕の表情になる。
「じゃあ俺の疑いは晴れたんだな」
「さぁ」
「さぁってなんだよ」
「あなたは知らない、わからないとしか言っていないので、私はそれをアウンスさんに伝えるだけです。では失礼します」
ラナが冷静に告げるとオリルは一瞬睨んだものの、すぐにはっとなり踵を返してギルドの奥へ消えた。
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次回の更新は9月29日19時19分頃を予定しています。




