第二話 消えた契約書
部屋を出た彼女は愛用している上着を着て、革袋をポケットに入れてから玄関を出る。
「いってらっしゃいませ、ラナお嬢様」
「行ってきます、ジョシュアさん!」
ジョシュアに見送られ、元気よく走り出すラナ。
正式な依頼ではないとはいえ、自分が直接かかわる初めての案件だ。
(お父様にちゃんと引き継ぐためにも、しっかり調査しなくちゃ!)
そう張り切っていると
―ドスン!
「おわっ!?」
「きゃあ!?」
突然何かにぶつかり、ラナは尻もちをつく。
「ってて……前向いて走れよ!」
「す、すみません! ……ってなんだクルスか」
ぶつかって痛くなった鼻を押さえながら前を見ると、そこにはラナの知り合いがいた。
金髪で少し垂れ目、背は自分より少し高いくらいで、身なりはちゃんとしているが、顔に小さな傷が絶えない少年、クルスが立っている。
「他人にぶつかっておいて、なんだはないだろ? お転婆お嬢様」
「お転婆とは失礼ね! 元気があると言って欲しいわ!」
「子供以外が元気があるって言われるの、褒め言葉なのか?」
呆れながら言いつつ、クルスと呼ばれた少年は手を差し出す。
「じゃあちゃんとした褒め言葉を考えなさいよ。幼馴染でしょ? あなた」
ラナは苦情を言った後、頬を膨らませながら手を取った。
「褒め言葉ねぇ……思いついたら伝えるよ」
鼻で笑いながらゆっくりと引っ張り、よろけたラナを抱き留めながらクルスはそう言う。
「そんなんだから女性に人気がないのね」
「いってぇな! 叩くか悪口を言うかどっちかにしろよ」
ラナは間があった後で、クルスの胸を押して離れる。
「そうだ。どうせクルス暇でしょ?」
「は?」
「だったら手伝いなさいよ。お小遣いをあげても良いわよ?」
「ただの事務処理係にお小遣いをもらうほど、金に困ってねーよ。それはそれとして手伝うとしたら何を手伝うんだ?」
「あんたは首都の南口近くにある、マルオ法律事務所の本物の事務処理係じゃない」
「相変わらず口の減らないやつだな。で、何をする気なんだよ」
「ふっふーん、教えてあげましょう! 実は私、これから案件の事前調査に行くのよ」
「何の案件だ?」
クルスにそう問われ、依頼人を隠した状態で、古い規定が入った契約書について、その理由などを調べるとだけ教えた。
「それはいつのだ?」
「一か月前ですって」
ラナの言葉を聞き、クルスは腕を組んで考え込む。
少し間を置いてから
「わかった。俺も手伝うよ」
そう答えた。
「なんで急に手伝う気になったの?」
「こんな難しそうな案件、お前ひとりで調べたら絶対失敗するからだよ」
「どういう意味よ」
「意味なんてどうでもいい。とにかくこれは失敗したら、ライオおじさんの面子が丸つぶれだ。小さい頃から世話になってるおじさんに、辛い思いをさせられない」
一人なら絶対に失敗すると断定するような言葉を聞き、ラナは怒りの前蹴りを炸裂させる。
が、クルスは慣れているのか、あっさりと腕を交差させてガードした。
「……これをお転婆じゃないとしたら、なんていうんだ」
「女傑かしら」
「それで嬉しいなら呼んでやる……やめろって!」
ラナの怒りが静まるまで攻防を繰り広げ、落ち着いた後で問題の商会へと向かう。
「いらっしゃいませ、アオイ商会へようこそ。どんな武器がご入用ですか?」
「こんにちは、私はフィールデン法律事務所のラナ・フィールデンと申します。今日は最近の法改正について、どのような対策をされているか、参考にさせていただけないかと伺いました」
「少々お待ちくださいませ」
店員の女性はそう言うと、すぐに奥へ移動した。
二人はその間、店の中を見て回る。
「お客さんが多いな」
「南口からすぐだしね」
見た限りでは安物を置くような店ではなく、品質にもこだわった商品が多いように見えた。
「お待たせしました。私はアオイ商会の契約担当、アウンスと申します。契約の対策についてお知りになりたいとか」
眼鏡をかけた気真面目そうな、細面で髪をオールバックにした男性が、見て回る二人の前に現れ声をかけてくる。
「はい、突然押しかけて申し訳ありません。私はラナ・フィールデン、こちらはクルスです」
「クルスです。マルオ法律事務所に所属しています。お世話になります」
「よろしく。可能な限りお力になりますよ。ライオさんは私にとって先生の一人ですからね。どうぞ奥へ」
アウンスは二人を店の奥にある応接間に案内し、少し待っていてほしいと告げて部屋を一旦出る。
しばらくすると、アウンスはお茶と資料を持って、部屋に戻ってきた。
そしてテーブルにそれらを置くと向かい合う位置に座る。
「法改正後の契約に関するもののみですが、ご覧になってください」
「拝見します」
資料には、金額と契約者の名前の部分を隠すように、紙が貼られていた。
見るとすべての書類の右隅には、日付と担当者のサイン、そして管理番号が記されている。
「さすが大きい商会ですね。こうしておけばいざという時、番号を見ればすぐに何かわかる」
「いえ、これは先人たちの残してくれた知恵です。また作成した書類に双方がサインをしてそれぞれ保管する、というのが習わしです」
アウンスの話を聞いてラナは、オルの書類も残っているに違いないと思った。
そう考えるに至り、多くある書類の端をめくっていく。
管理番号を探した結果、オルの書類と同じ番号が書かれている紙にたどり着いた。
「あった……でもこれは……」
「なんだこれは」
ラナの見ている書類をクルスものぞき込む。
そう、そこにあったのは、取引記録だった。
言わば契約をしたという書類であって、契約書ではない。
「あの、この書類なんですが、契約書はどこに?」
「え? あれ、なんでその契約書だけ……ちょっと待っててくださいね」
アウンスはあちこち探したが、結局書類は見つからなかった。
ラナが改めて確認しても、オルの契約書だけがない。
「管理しているのはアウンスさんではないのでしょうか」
「いつもは私なのですが、繁忙期で保管を担当する者を雇っていたんです。彼ならどこにあるかわかるかも」
「その方はどちらに?」
「ようやく落ち着いたので、商人ギルドに戻ったと聞いております。契約書類を触らせたのも、元々ギルドに所属する者だったからです」
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次回の更新は9月28日19時19分頃を予定しています。




