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新人法律家と消えた契約書  作者: 白河ことは


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第一話 初めての依頼

「ラナお嬢様、お客様です」


 ここはシュテン国の首都にある、フィールデン法律事務所。


六十代くらいの執事と思しき男性が、大きなテーブルで書き物に没頭する少女に声をかける。


「え、ジョシュアさん、私にお客様?」


 ラナと呼ばれた少女は、手を止めて顔をあげると、栗色のくせ毛を手で整えながらそう訊ねる。


「はい」

「誰かしら……えっと、でも今日は事務処理を終わらせるために、お友達と約束はしてないのだけど……」


「鍛冶屋のオル様が、契約に関して相談したいことがある、と」

「え、私? お父様は?」


 ラナは驚く。


彼女は今年、シュテン国の王国司法試験に受かったばかりだ。


父の事務所であるフィールデン法律事務所に、最近働き始めたところである。


故に初めてのことばかりで上手くいかず、休みだというのに事務処理をしているという状況だった。


「現在シュテン城にて、商人ギルドの法律顧問の一人として、国王様との会議に出ておられます。どうやらオル様は急ぎとのこと」

「うーん……私はまだ王国司法試験に通ったばかりの、駆け出しなんだけどな」


「王国司法試験に合格すること自体、並大抵の努力では成しえません。ラナお嬢様は合格し、お父様の部下として働いておられます。ただ実務経験がないだけです」


 ジョシュアはラナの自信なさげな言葉を一蹴するように、胸を張りながらそう強く言った。


(困ったな……ジョシュアさんは第二のお父様、って感じで言い出したら聞かないんだよね)


 他の誰かに言われたら何と言われても断るのだが、父とジョシュアは断る難易度が高いと知っている。


父もいない。


依頼者を待たせるのも失礼だ。


「……わかりました。お父様へつなげるために、ご用件だけお聞きします」

「応接間の方へお通ししております」


 ジョシュアは笑顔でそう言って応接間を手で示す。


ため息をつきながらラナは椅子から立ち上がり、応接間へ移動する。


「あ、ど、どうも! ってラナ坊かよ……」


 応接間に入ると、ソファには筋骨隆々で毛むくじゃら、革の大きな前掛けをした、スキンヘッドで三十代半ばくらいの男性が座っていた。


最初は泣きそうな顔をしながら手を組んでいたのに、ラナだとわかると手を解き、くたびれたという感じでソファに寄りかかる。


(ったく……小さい頃から顔見知りだからって失礼ね! でもまぁお父様と比べられたら仕方ないわよね)


ラナの父であるライオ・フィールデンは、シュテン国でも指折りの弁護士であり、町の人々のために日々働く、彼女にとっても自慢の父だった。


誰からも好かれ頼りにされる父のところには、毎日依頼者が絶えない。


とはいえ外出時は所長不在の札をかけているのにな、と思いつつ、オルの不安を取り除くため、


「ラナ坊で悪かったですね! で、オルおじさん、契約のことで相談があるって聞いたけど、どんな感じなの? 一応お父さんにもちゃんと報告するから安心してちょうだい」


 そう伝えると彼はすぐに目を輝かせて上機嫌になる。


「そ、そうか!? じゃあさっそくだけどよ、これを見てくれ」


 筒を取り出すとその頭を引っ張り、中から紙を一枚取り出して渡してくる。


契約書を見ていくと、確かにさっと見た段階ではおかしいところはない。


右端には契約日と担当者のサイン、そして管理番号が記されていた。


ただ引っ掛かるところがラナにはあった。


「オルおじさん、この契約はいつ結んだの?」

「一か月前だ。今日納品したら、いくつか不良品があるって言われてよ。また別のを納品してほしいって。不良品交換のための再納品まで棚が空くから、その分補填をしてくれって言われたんだ……」


 しょんぼりしながら言うオルの返答を聞き、ラナは右手を書類から離して顎に当て、首を傾ける。


彼女が気になったのは、その書類に記されていた一文だった。


―取引の際、納入品に不備や不良があった場合、納入者が同等品への交換の他に補填を行う。


という旧条文から


―取引の際、納入品に不備や不良があった場合、同等品への交換を行うこと。また重大な不備や不良があった場合にのみ、損害の補填を行うこと。重大な不備や不良がない限り、納入者への追加補填を求めることを禁ずる。


へ一か月と十日前に、納入者が過度に不利にならないよう、改正されていた。


(商人がこの改正を知らないなんて、不自然だわ)


商人にとって信用と情報は、お金と同じくらい大事なもの、そう父から聞かされていた。


特に国王が変わって以降、法改正が相次いでおり、商人たちもその動向には敏感になっている。


(ただ、今の段階で商人が悪いとは言えない)


「相手からなるべく早く補填の金をって言われてよ。どうしたらいいかな。親父さんいつ戻ってくる?」


 時間がないというオルの言葉を聞き、ラナは決意する。


(きっと話を聞けばお父様も調査に入るはず。ならその調査を私が始めておいて、それを報告すればいいじゃない! お父様の役に立つわ!)


ラナは勢いよくソファから立ち上がった。


「な、なんだよラナ坊」

「オルおじさん、今すぐ補填は払わないでちょうだい! 私が事前調査してくるから家に帰って待ってて!」


 そう言ってラナは部屋を出る。

お読みいただきありがとうございます。


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