第五話 二人の距離
「あら、誰かしら」
ラナとオルの奥さんが共に夕食の支度をし、皆で夕食を囲んだ。
そのあとも何事もなく、洗い物をしていた時、母屋の戸を叩く音がする。
「もう鍛冶場は締まってるから、訪ねてくるならここしかないが、こんな遅い時間に何の用だ?」
オルは椅子から立ち上がり扉を開けようとする。
慌ててラナとクルスは近くに行き、声は聞こえるが相手から見えない位置に立った。
「はい、何の用でしょうか」
オルもそれを確認して二人を見て頷き、扉を開けてそう言う。
「夜分遅くに恐れ入ります。アオイ商会の集金担当の者です。補填金を受け取りに参りました」
顔が見えないし声もぼそぼそしているが、アオイ商会の者だと名乗ったのは聞こえた。
それを聞いてクルスはラナの後ろを指さす。
裏口がそこにはあり、そこから出ようということだと理解してラナもゆっくり移動する。
オルの奥さんはクルスに万が一に備えて木剣を渡し、それを受け取りながらクルスはラナに続いた。
オルは中を見ると奥さんが両手を前にして横へ広げている。
話を引き延ばせということかと理解し、
「補填というが、本当にうちの商品に重大な不備や不良があったんですかね」
「どういうことですか?」
すぐに払わずに引き延ばすことにした。
「俺はその実物をまだ見てないんでね。見せてくださいよ。今見せてもらえないと困る。なんだったら今からアオイ商会に行ってもいい」
「今は夜ですから店は閉店していますし、倉庫も開いてないので」
「じゃあ補填は払えないですね」
「なっ!?」
オルの家を訪ねてきた人物は驚いて後ろを見る。
そこには先ほどまでいなかった、ラナとクルスがいた。
「ご丁寧に顔が見えないようにしてくるなんて、怪しさ満点だな」
「何かの勘違いかもしれないので、アオイ商会まで一緒に行きましょう。私たちはアウンスさんと顔見知りですし、夜遅くでも対応していただけますから」
「く、くそっ!」
「おいおい本気かよ」
相手は母屋の扉を閉め、一歩引くとローブの下から剣を抜き、ラナたちに切っ先を向けてきた。
「無駄なことはおよしなさい。仕事でミスしたなら謝ればいいじゃないですか!」
「ラナ、そういうことじゃない。もう違うんだよ」
「でも、私たちが色々聞いて回ったから驚かせたのかもしれないじゃない」
「うるせえ! お前たちが出てこなければ、俺は金をもらってこの町を出たのに、こんなことになっちまった。近づけば斬る! 俺を黙って見逃せ!」
フードを取って現れたのは、昼間に商人ギルドで会ったオリルだった。
「オリルさん!? 落ち着いて!」
「ラナ下がってろ!」
「クルス!? 危ないから駄目よ!」
「ぐちゃぐちゃうるせぇ! そこをどけ!」
クルスはラナを突き飛ばして後ろへ逃がし、木剣を構える。
「木剣如きで何を!」
「クルス!」
上段に構えながら間合いを詰めるオリルに対し、
「シッ!」
冷静にクルスは鳩尾めがけて素早く木剣を突き出した。
「い、いてぇえええいてぇよぉおお!」
命中すると同時にオリルは剣を投げ捨て、お腹を押さえながら倒れ転げまわる。
「オルおじさん! 紐貸して紐! この人を逃がさないために縛り上げないと!」
「クルス、俺もやるぞ!」
クルスとオルは協力して胴体を縛り上げた後で、手首を縛った。
「契約の際、オルおじさんとの契約に旧式の契約書を意図的に使い、そのまま署名させ、さらにはアオイ商会側に残るはずだった契約書が無くなった。この件にあなたが関与している。認めて頂けますか?」
「な、なぜそう思うんだ」
「だってそうじゃなきゃ補填金なんて取りに来ないでしょ? 誰も旧式の書面なんてあると思ってないし」
「う、うう……その通りだよ。職人なんて契約書を細かく確認しない。これまでの経験で知ってたから旧式を使ってもばれないと思ったんだ。アオイ商会は忙しいからすぐには確認しない。だから契約書の控えを持ち出して燃やして消した。それに金をもらったらその足で逃げる予定だった」
観念したのか、オリルはうつ伏せのまますべて白状した。
オルの奥さんが急いで自警団を呼びに行き、駆け付けた自警団員にオリルを引き渡す。
そしてラナとクルスも事情聴取を受けるため、自警団詰め所まで共に移動する。
「まったくお前たちときたら……。昔から探偵ごっこみたいなことが好きだな。法律家になれば少しは控えるかと思ったのに」
「ごめんねゴート兄さん」
事情を聴いていた自警団長のゴート・ガードは、ラナたちより七歳年上で二人の兄貴分的存在であった。
「お手柄はお手柄だけど、あまり無茶しないようにな。あとはこっちでやっておくから」
ゴートはそう言って立ち上がり、部屋の扉を開けて出るようラナを促す。
「ラナ」
詰め所入り口まで行くと、クルスが待っていた。
「クルス」
ラナはそれ以上の言葉が出てこなかった。
事件は解決できたが、クルスがいなければどうなっていたかわからない。
彼の言う通り、間違いなく危なかった。
そんな危険な状況で、クルスはラナをかばうために迷うことなく前に出て、真剣を持つ相手に一歩も引かず、木剣を使い一撃で倒してみせた。
その背中を思い出し、ラナの胸にはこれまで感じたことのない、例えようのない感情がうっすらとにじんでいた。
帰り道も二人は黙ったまま並んで歩く。
「ラナ!」
「お父様!」
何と言えばいいのかわからないまま、家に着いてしまう。
無言に耐えられないのを誤魔化すように、家の前にいた父に駆け寄った。
「じゃあ」
小さく言ったクルスの声を聞き、
「クルス!」
そう大きな声で呼び止めた。
彼は振り返りラナを見る。
言葉はやはり出てこない。
「あ、ありがとうね」
「お、おう」
互いにそれくらいの言葉しか出てこず、この日は別れた。
◇
「じゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃいませ、お嬢様」
―ドスン!
「おわっ!?」
「きゃあ!?」
突然何かにぶつかり、ラナは尻もちをつく。
「ってて……前向いて走れよ!」
「す、すみません! ……って、あ」
前にも似たようなことがあったなと思いつつ、ラナが前を見るとそこにはやはりクルスがいた。
二人は事件のあった夜から数日会わずにいた。
いつもなら文句を言うのに言葉が出てこない。
「あ、あー痛いな。骨が折れたかも」
クルスは沈黙に耐え切れず、ふざけてしまう。
それに対してラナは、あの夜とは違う感情に支配された。
「人の気も知らないで!」
ラナはクルスに飛び掛かり、彼の両頬を両手で引っ張る。
「ふへ~ひゃめて~」
そう言いながらもされるがままのクルス。
「またやってんのかラナ坊とクルス」
「仲がいいのは分かるけど、家でやりなさいよ」
周りの人たちにはやし立てられ、二人は慌てて離れる。
まだよくわからない感情がラナの中にはあった。
でも距離を置いてもそれが変わらないことは、ここ数日で理解した。
きっとすぐにはわからない。
だから今はいつも通りでいこう。
クルスがさっきしてくれたように、いつも通りの二人で。
そうラナは決めて立ち上がる。
「クルス、なんかおごってよ」
「なんだよそれ」
「もうお給料出たんじゃないの? たまにはかわいい私に貢いでも罰は当たらないわよ」
「言うじゃないか。まぁこないだの事件解決のご褒美に何かおごってやらんでもない」
「ホント!? じゃあ気が変わらないうちに、ミオパーラーに行って特別デラックスパフェを食べましょう!」
「……加減ってものを知らんのか、お前は」
「早く早く!」
「手を引っ張るな!」
いつもとは違い、ラナはクルスの手をわざと握って走り出す。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
全5話、これにて完結です。
ラナとクルスの事件と恋を楽しんでいただけましたら嬉しいです。
気に入っていただけましたら、感想や評価をいただけると今後の作品づくりの励みになります。
また次の物語でもお会いできましたら幸いです。




